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恋人をNTRれて絶望していたら、清楚可憐な幼馴染がやたらと俺を構ってくる。  作者: 九条蓮
第二部

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第58話 花火会場にて

 道沿いの軒先には提灯が吊るされ、風に揺れながら、微かに夏の気配をまとった光を淡く漂わせている。歩道には屋台がずらりと並び、焼きそばやたこ焼きの香ばしい匂い、かき氷やりんご飴の甘い香りが風に乗って鼻をくすぐった。夕暮れの空は橙から群青へとグラデーションを描きながら、じわじわと夜へと変わりつつある。

 花火大会の会場では、浴衣を着た子どもたちが、金魚すくいや射的に歓声を上げていた。その声はひどく無邪気で、夏の喧騒の中に溶け込んでいく。

 その光景が、何となく懐かしかった。それもそのはずで──


「昔、一回だけふたりで来たことあるよな」

「……四年生の頃だっけ。懐かしいね」


 詩依が懐かしそうに目を細めて頷いた。

 そう。俺たちは一度だけこの花火大会にふたりで来たことがある。俺が今回この花火大会をデートに選んだ理由のひとつだ。

 それまで毎年、祭りや花火大会などはどちらかの親がついてくるというのが通例だった。しかし、その年だけは親の都合がつかず、ふたりだけの参加となったのだ。というか、俺たちが行きたいと駄々をこねた結果、花火が終わったらすぐに帰るという約束で参加させてもらったのだけれど。

 その時の俺は、詩依と花火大会に行けることがどれだけ凄いか、これっぽっちもわかっていなかった。本当に、勿体ないことをしていた。今では誘うだけでも一苦労だ。


「あっ。綿あめ、食べていい?」


 綿あめの屋台を見つけて、詩依が瞳を輝かせた。


「おう。てか今日は俺が出すよ」

「いいってば。ちょっと待っててね」


 詩依は嬉しそうにはにかむと、ちょうど列を切らして暇そうにしているおじさんに、綿あめをひとつ注文する。

 綿あめを手に、どこか満足そうな表情で彼女が戻ってきた。


「えへへ。買っちゃった」


 早速はふっと一口食べて、「おいしっ」と顔を綻ばせている。

 もうその表情が見れただけで俺は世界で一番幸せなんじゃないかと思わされた。


「桃真くんも食べる?」

「いや、俺はいいかな」

「昔からあんまり綿あめ好きじゃなかったよね」

「水分持っていかれるからな……あと、どっちかっていうとしょっぱいもん食べたい」


 あんまり屋台で甘いものを食べたくないというか、どっちかというと焼きそばとかフランクフルトとか、たこ焼きとか……そういうものをガッツリ食べたくなってしまう。

 そう答えると、「男の子だ」と詩依がくすくす笑っていた。そういう彼女は綿あめだとかりんご飴だとかチョコバナナだとか甘いものを選んでいたように思うので、完全に女の子のチョイス。お互いに好みがわかりやすい。

 ……さすがにチョコバナナだけは阻止しないとだけど。色々、問題が起きる。というか、周囲に見せたくない。この場にいる色々な野郎の妄想を掻き立てることになってしまう。

 そんなしょうもないことを考えながら詩依が美味しそうに綿あめを食べている様子を眺めていると、ふと当時の記憶が脳裏を過った。


「そういや、あの時綿あめ落として泣いてなかったっけ?」


 そうだ、思い出した。

 確かふたりで花火大会に来た時、詩依が転んだ拍子に買ったばかりの綿あめを地面に落としてしまって、一気にぐずついてしまった。それで俺は慌てて自分の小遣いを使って、もうひとつ買ってやったのだ。あの時の彼女の涙と、直後の笑顔は、なぜか強烈に記憶に残っている。


「そんなことまで思い出さなくていいよ……」


 詩依は目を丸くしたかと思えば、眉根を曲げて唇を尖らせた。恥ずかしさから、頬が少し赤い。

 でも、同時にどこか嬉しそうでもあって。そんな表情を見ているだけで、愛おしさが湧いて出てくる。

 まさか、あんな何気ない時間が今日に繋がっているなんてな。それを思うと、詩依との日常そのものが奇跡なのかもしれない。

 それから花火の時間まで、俺たちは並ぶ屋台をいくつか見て回った。たこ焼きを分け合って食べたり、詩依が興味を示したヨーヨー釣りを眺めたりしながら、ゆっくりと時間を過ごす。

 すれ違う男たちは、皆詩依に目を引かれていた。人が多い分、そして浴衣であることも相まってか、一緒に映画を観た時よりも注目度が高い。それが誇らしくもあり、同時にちょっとムカついてしまった。

 いや、お前らに見せるためのもんじゃないから。見ていいの、俺だけだから。

 そんな気持ちが強まってしまって……すっと彼女の肩を、自分の方に抱き寄せる。すると、男たちが悔しそうに舌打ちをした。

 それを見て、ちょっとだけ安心してしまう。

 彼らが悔しがるということは、俺たちはきっとカップルに見えているわけで。これからそうなってしまって問題ないのだと、太鼓判を押された気になったからだ。


「と、桃真くん……どうしたの?」


 自分の肩に添えられた俺の手を見て、詩依がちょっとどぎまぎした様子で訊いてくる。


「あ、わり。今アイス持ってた子供とぶつかりそうだったから」


 俺は咄嗟に誤魔化し、手を離した。

 なに、嘘じゃない。本当にアイスを持ったガキんちょが詩依の横を通り過ぎていっていたのだ。ぶつかりそうというほどではなかったけど。


「そうだったんだ。ありがとう」


 詩依は嫣然として微笑むと、ほんの少し小首を傾げた。

 ううん、そんな笑顔を見せられると、余計に他の男が見ててムカついたから、とは言えない。

 でも、まあ……実際注意して見ておいた方がいいよな。せっかくの浴衣を汚すわけにはいかないし。

 周囲を見ると、カップルだけでなく家族連れや友達同士の集まりなど、随分と人が増えてきている。それに従い、通りの混雑が激しくなっていた。

 肩が何度もぶつかりそうになり、足元を気にしながら歩くようになってきた頃、ふと疑問に思う。

 あれ……? 前に花火見た時って、こんなにごみごみしてたっけ?

 当時、周囲の人間を気にして花火を見たという記憶がない。たぶん周りに人なんていなかったはずだ──と思ったところで、思い出した。

 そうだ。俺たちは毎年、うちの親父から教えてもらった秘密のスポットで花火を見ていた。ここから少し離れた場所にある、神社の境内の裏手のちょっとした開けたスペースで。

 打ち上げ場所からは少し離れているけれど、高台になっている分、花火はよく見える。人も少なくて静かで、ちょうど良かったのだ。

 打ち上げ時刻まであと十五分。今なら、まだ間に合う。

 俺は立ち止まって、詩依の方を振り返った。


「なあ、詩依。あそこ行かないか?」

「あそこ?」

「昔、花火見た場所」


 言ってから、神社のある方を顎でしゃくった。

 それだけで、どこのことを言っているのか察したのだろう。詩依は少し驚いたように瞬きをしてから、すぐに嬉しそうに頷いた。


「……うん」


 それから、どちらともなく手を繋いで。

 俺たちは、神社を目指した。

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