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恋人をNTRれて絶望していたら、清楚可憐な幼馴染がやたらと俺を構ってくる。  作者: 九条蓮
第二部

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第56話 癒しとほんの少しの成長と。

 ひとり、特別棟から昇降口までの道のりを歩く。

 何とも言えないもの悲しさとやりきれなさだけが胸の中で渦巻いていて、どうこの感情を処理すればいいのかわからない。

 最後の莉音……いや、()()の笑顔を思い出すと、どうしても胸の奥がずきりと痛んだ。


『ばいばい、()()


 そう言った直後、彼女の笑顔はくしゃっと崩れて。俺が建物の角を曲がってから、ひと際大きな泣き声が後ろから聞こえた。

 ちゃんと過去の清算はできたはず。変に拗れたり喧嘩に発展したりすることもなく、誤解も解けた。数か月遅れてしまったけれど、お互いのこれからを応援し合う形でしっかりとちゃんとした〝別れ話〟ができたはず。

 それなのに、俺の心は全然晴れやかじゃなくて。別れたことも、さっきの話の結末も、何もかもが満足がいくはずのものなのに、全然すっきりしなかった。

 あれだけ悲痛な話し合いをしていたのに、校舎も、この世界もあまりにいつも通りに進んでいて、それがどうも納得できない。

 いつもなら廊下を賑わせる笑い声や誰かの足音も、今は断続的に響く程度。まるで学校全体が一瞬だけ深呼吸をしているような、そんな空気感が漂っていて、余計に自分の胸の痛みを強く自覚してしまう。

 昇降口へ向かう途中、教室に残って自習をしている人や、職員室前で答案のことで教員に詰め寄っている生徒、中庭のベンチでスマホを覗き込んでいる女子たちが目に入った。校庭の方からは、ホイッスルの音と掛け声。早速部活動を再開した運動部が、いつも通りの練習を始めているらしい。期末テストが終わったその日から、何事もなかったかのように日常は再開していた。

 それがどうにも信じられない。

 俺の中では、ついさっきまで心を抉るようなやり取りがあって、未だ胸の奥に重たい靄のような感情が澱んでいるというのに……世界はあまりにも淡々としていて、普段通りに進んでいる。それが妙に白々しく思えてならなかった。

 ってか、何でこんなにセンチメンタルになってるんだ。まずいだろ、それは。

 俺は大きく深呼吸して、そう自分に叱咤激励した。

 明日の花火大会で、俺は詩依に告白する。こんな気分のままでは、差支えが出てしまう。気分を切り替えねば。

 でも、ひとりでいるとどうしてもさっきのやり取りを思い出してしまって。何とも言えないやりきれない気持ちになってしまった。

 どうしたもんかな、と思って昇降口の下駄箱の前までいくと、そこにはひとりの女生徒が立っていた。

 詩依だ。


「あっ……」


 詩依は俺に気付くと、小さく声を漏らした。

 俺を見て、不安と安堵のどちらもが入り交じっているような表情をしている。


「俺のこと、待ってたのか?」

「……うん。迷惑、だったかな?」

「そんなわけないだろ」


 俺は詩依に笑いかけて、肩を竦めてみせる。

 先に帰ると言ったのに、結局待っていてくれたらしい。そんなことしなくていいのにと思う反面、彼女の姿を見て安堵している自分もいた。

 何故だろう? さっきまでもの悲しくて辛かったのに、詩依を見た瞬間、張り詰めていたもの、それから柏木の涙によって色々なものがしこりとして残っていたものが、一気にその緊張が解きほぐされていったのだ。

 今の俺にとって、きっと……詩依がそれだけ大切で、心の拠り所みたいな存在なのだろう。


「大丈夫、だった……?」


 心配そうに、おずおずと詩依が訊いてきた。

 やっぱり詩依は俺が柏木と会うことを察していたのだろう。

 俺は軽く笑ってみせてから、ちょっとだけ冗談っぽく返した。


「大丈夫だよ。あっ……もしかして、復縁すると思った?」

「ち、ちがッ。そうじゃなくて──」

「わかってるよ。心配してくれてたんだよな」


 そう言ってやると、詩依は少し顔を赤らめて、不服そうに俯いた。

 可愛い。本当に、こいつは可愛い。

 こうしていつも俺のことを気に掛けてくれていて、ひとりで待っていてくれて。きっと彼女は自覚していいないのだろうけど、今この瞬間に詩依がいてくれるだけで、どれだけ俺の気持ちが楽になっているのか。その影響は計り知れない。

 俺は柏木と顔を合わせるたびに、いつも黒い感情に呑まれそうになっていた。体育祭の時も、職員室の前で偶然鉢合わせた時も、たったそれだけのことで頭の中が嫌な方向に引きずられていたのを覚えている。

 詩依は、そんな俺の不安定さを心配していた。だから体育祭では、ふたりで休憩しようと提案してくれて、膝枕までしてくれたのだ。

 きっと今日も、俺が同じような感情に呑まれないかを気にして、こうして待っていてくれたのだと思う。

 でも、決して詳しい内容まで聞こうとはしてこない。あくまでも、俺の心配をするに留まっている。

 本当に……どれだけできた子なのだろう。

 改めて、そう思わされた。


「……待っててくれて、ありがとな。すっげー助かってる」


 素直にそう伝えておく。

 すると、詩依は何かに驚いたように目を丸くして、まじまじと俺を見つめた。


「何だよ?」

「……ううん。何だかちょっと、雰囲気が変わった気がして」

「何だそれ。何も変わってねーよ。てか、小一時間で変わるわけないだろ」

「そうかな……?」


 詩依は上目遣いでじっと見つめて、ほんの少しだけ小首を傾げた。

 その仕草が、妙に愛おしい。何だかその可愛さに思わず胸の中の奥後きゅっと締め付けられた感覚になってしまった。

 そこで、ふとさっき、元恋人から言われた言葉が脳裏を過る。


『雪村さんにはちゃんとスキンシップしなよ?』

『女の子はさ、ちゃんと言葉とか行動で伝えてくれなきゃわからないんだから』


 そうだ。俺はいつも、こういう感覚を抱いても、それを相手に伝えることなどしなかったし、自分の中にそっと抱え込むだけだった。

 でも、それで不安にさせてしまうなら、俺も変わらないといけないのだと思う。

 待っていてくれたことのお礼や嬉しさ、それから今抱いている愛おしさだとか、そういったものを伝えたくて……俺は、そっと詩依の頭を撫でた。

 優しく、髪が崩れない程度に。ほんの少しだけ、ぽんぽんと撫でる。

 詩依は一瞬ぽかんとしてから、はっとして顔を真っ赤に染めた。

 俯いてから不貞腐れたように、ぼそりと返す。


「……桃真くん、やっぱりちょっと変わったよ」

「嫌だったか?」

「そうじゃないけど……」

「じゃあ、もっと撫でてほしい?」


 訊いてみると、詩依は恥ずかしそうに小さく頷いた。詩依に頭撫でられたい欲求があったとは、意外だ。

 でも、ここは昇降口。また誰かに見られると面倒なので、あんまりやりすぎはよくない。俺は彼女の頭から手を離し、下駄箱から靴を取った。


「続きはスト6で俺に勝ったらな」

「えぇぇ……」


 詩依が、残念そうに俺の手を見つめていた。もっと撫でてほしかったらしい。


「わかった……じゃあ、桃真くんのこと、またボコボコにする」


 唇を尖らせて、詩依が言う。

 ボコボコにされたら、たぶんご褒美は頭を撫でるではなく頭ぐりぐり攻撃に変更される気がするけど……それは大丈夫なのだろうか。


「程ほどで頼む。てかさ、帰り、どっか飯でも食ってかないか? 待たせたお詫びになんか奢るよ」

「え、いいの?」

「おう。せっかくだし、ふたりで期末の打ち上げしようぜ」

「やったっ。実は私、お腹ぺこぺこなの」


 俺の提案に、詩依が嬉しそうに顔を綻ばせる。

 それから俺たちは、他愛ない会話をしながら近くのファミレスへと向かった。

 ファミレスでも、特に変わった話はしていない。テストのことだったり、ゲームのことだったり、夏休みの予定のことだったり。そんな、誰とでもするような話。

 でも、俺たちの距離は……いつもよりほんの少しだけ、近くなっていた。

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