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恋人をNTRれて絶望していたら、清楚可憐な幼馴染がやたらと俺を構ってくる。  作者: 九条蓮
第二部

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第50話 決意

 結局、それから信一ともすぐに分かれた。

 家にひとり帰っている途中、先ほどのかるびの言葉が脳裏に蘇る。


『しーちゃん、今年のバレンタインで()()()()()()()()()をひとつだけ作ってきてたよ』

『結局、しーちゃんがまごついてる間にどっかの女がしゃしゃり出てきたせいで、渡せなかったみたいだけどね?』


 かるびの言い方から察すると、詩依は今年のバレンタインで、俺にお菓子を渡すつもりだった。でも、()()()()()()()に莉音が出てきてしまい、俺に告白とともにチョコを渡してしまった……そういうことなのか?


「待て待て……今年のバレンタイン、どんな感じだっけ?」


 記憶を掘り起こしてみる。

 バレンタインデーからまだ四か月ほどしか経っていないはずなのに、今年に入ってから色々あり過ぎて、随分と昔のことのように思えた。

 バレンタイン当日は委員会で帰りが少し遅くなり、帰ろうとしたところで……昇降口で、莉音が待っていた。手に、お洒落な紙袋を持って。


『三浦ってさ、好きな人とかいるの?』


 彼女は第一声で、そう訊いてきた。

 俺は『いや……』と曖昧に答えた気がする。


『それなら……あたしと付き合ってみない?』


 どこか強気で自信がありそうな雰囲気の物言いだけど、その表情には緊張が滲み出ていて。嬉しいよりも驚きが先行してしまって、呆気に取られたのを覚えている。

 俺にとって柏木莉音とは、クラスでよく話す女子程度の感覚だった。

 少し派手でスタイルも良く、男子からの人気もあって、クラスの中でも目立つ存在。そんな彼女から好意を持たれているとは微塵も思ってもおらず、ただただ唖然としていた。


『それとも……あたしのこと、苦手だった?』


 そう莉音から訊かれて、俺は首を横に振った。

 苦手だとか嫌いだとかわかるほど彼女のことを知らなかった、というのが本音だ。


『じゃあ、お試しで付き合ってみてよ。あたし、三浦とは気が合うと思うんだよね』


 そんな軽い告白。今にして思えば、こうして少し砕けた感じで告白してきたのは、彼女なりの照れ隠しだったのかもしれない。

 この時、脳裏に幼馴染の姿が頭を過らなかったかといえば、嘘になる。でも、それはもう風化してしまった初恋で、今更どうしようもないもの。そう諦めてしまっている自分もいて……俺は、莉音の提案を受け入れてしまった。

 初恋をいつまでも引きずって身分違いの恋に苦しむくらいなら、こうして素直に気持ちを伝えてくれる子と付き合った方がいいんじゃないかって。過去にけじめをつけるために、前を向かないといけないんじゃないかって。俺が莉音の告白を受け入れたのは、そんな狙いがあった。

 でも……もし、その光景を詩依が見ていたとすれば?

 それも、()()()()()()()()()を持って。


「……最低かよ」


 俺は、今の今まで何も知らなかった。あの時の俺たちの関係性から鑑みて、詩依のそんな気持ちに気付けという方が無理だ。

 でも、彼女との時が再開して以降のやり取りを思い出してみれば、あまりにそれは残酷な光景だと思えた。

 一体詩依は、どんな気持ちであの雨の日、俺に傘を差し出してくれたというのだろうか。

 想像するだけで、胸が痛くなる。


「ただいま……」


 陰鬱な気持ちで玄関扉を潜ると、母さんがおにぎり煎餅を食べながら「おかえりー」と返した。

 そこで、ふと思い出す。

 母さんは、俺と詩依が疎遠になってからも雪村家に出入りしていた。母さんも、もしかすると何か知っているのではないだろうか。


「母さん」

「んー?」

「今年の冬、詩依ん家行ってた?」

「今年の冬って? 一月とか二月ってこと?」


 俺は無言で頷く。

 正直、勘の良すぎる母親にこういった質問をすること自体危険ではあった。でも、今は背に腹は変えられない。

 母さんは横目でちらっと俺を見ると、案の定何かを察したように小さく嘆息した。


「行ってたわよ。そのぐらいの時期になると、()()詩依ちゃんがたくさんお菓子を作っててね。家族だけじゃ食べきれないから食べに来てって、よくお呼ばれしてご馳走になったものよ」

「毎年……?」

「ええ、毎年」


 今年の話を聞きたかったのに、気になる単語が出てきた。しかも、やたらと意味深に強調していやがる。

 まるで、それが毎年恒例の行事だったということを暗に示しているかのようだ。

 母さんは俺の方を見ないで続けた。


「もう五年くらいになるかしら? 詩依ちゃん、()()の練習だって言って、お菓子作りの勉強を始めてね。その時からご馳走になってるのよ。もちろん、最初は美味しいって言えるほどのものじゃなかったんだけど……でも、どんどん美味しくなっていってたわ。頑張り屋さんなあの子らしいわね」

「……!?」


 待て。待ってくれ。

 その言葉から推測すると、とんでもない事実が見えてきてしまう。


『嫌われ、たんじゃないか、って。不安、だった、のに。中学も、高校に入ってからも……もっと、一緒にいたかったのに……ッ!』


 本当の意味で俺たちが再会を果たした日、詩依はこう言ってくれていた。

 彼女が俺とまた一緒に過ごしたいと思ってくれていたことは既に明白だ。でも、その事実がバレンタインの話と結びつくと、別の意味を持ち始める。


()()って……何の練習?」

「……もう気付いてるくせに」


 母さんはわざとらしく溜め息を吐いた。

 その口調には、呆れと僅かなあたたかさが混じっていた。

 胸の奥が、じんわりと熱を持つ。


「毎年気合入れて作ってたのだけは渡せなくて持って帰ってきてたんですって。渡す勇気がでなかったって言って。今年は……誰かに先を越されて、大層落ち込んでいたそうよ」


 やっぱり、当たってしまった。

 詩依は疎遠になり始めた頃からずっと、バレンタインを切っ掛けにまた話そうとしようとしてくれていたのだ。

 でも、俺から嫌われているのかもしれないと不安になって、結局前に踏み出せなくて……今年も、躊躇ってしまった。そこに、莉音が現れた。


「何で言ってくれなかったんだよ……」

「言えるわけないでしょ?」


 母さんが少し苛立った様子でこちらを睨みつけてきた。


「カノジョができて浮かれて帰ってきてるのだってあたしは知ってるのに。そこに水差せっていうの?」

「違う、もっと前からだよ! 知ってたんだろ?」

「詩依ちゃんの気持ちはね? でも、あんたの方はさっぱりわからなかった。だって、詩依ちゃんの話を振ったって、いつも流してたじゃない」

「それ、は……ッ」


 ぐうの音も出なかった。

 興味がなくて流していたわけじゃない。あいつを意識したくなくて、敢えて流すようにしていた。

 まさか、それがこんなところに響いていたなんて……。


「だったら、どうしようもないわよ。先月みたいに、あんたもわかりやすく態度に出してくれてたらあたし()だって手を回せたかもしれないけど」


 そこまで言ってから、母さんは「あっ」と口を押えた。

 それから、横目で気まずそうにこちらの表情を確認してくる。

 あたし()? ()?ってどういうことなんだ。

 俺の訝しむような顔を見て、母さんは観念したように溜め息を吐いた。


「……雪村さんともね、話してたのよ。見守ろうって。そりゃあ親同士仲も良いし、見知った仲だからね? あたしらとしてはくっついてくれた方が嬉しいけど……でも、それを親がどうこうしようとするのもおかしな話だし」


 言葉の端々から、母さんたちの中にも複雑な想いがあったのが伝わってくる。

 それでも、踏み込みすぎることを避けていたことに、妙な優しさを感じた。


「まあ、今のあんたを見てれば、その方がよかったのかもしれないとも思うけどさ」


 母さんは手を止めず、おにぎり煎餅をぽりっと噛んだ。


「でもね、こういうのって、縁とかタイミングなのよ。どれだけ好き合っていてもタイミングが合わなければくっつかないし、どれだけ熱々カップルでもタイミング次第で別れることもあるわけ。それを外野がどうこうしようと思っても、無理なのよ」


 母さんや雪村のおばさんが、今になってやけに()()()なのかがわかった気がした。

 自分がパートのない日は詩依を交えて夕食を食べようとしたり、詩依の家でふたりきりでご飯を食べることをおばさんも黙認していたり。おかしなところがあるとは思っていた。

 要するに、ふたりとも今がそのタイミングだと踏んだ、或いはそういった気配が出てきた時は協力してあげようと口裏を合わせていたのかもしれない。


「……悪い。そうだよな」


 俺はそう言い残すと、自室の扉を潜った。

 自室に入ると、ローテーブルが真っ先に目に入った。

 中間考査の打ち上げ兼かるびの誕生日会をここでした時、俺がこの部屋で一切れ残っていたケーキを食べて美味いと言っていると、突然詩依は涙した。

 その理由が、こうだった。


『私の、せい、だから。私が、ダメだった、だけだから』


 あの時はさっぱりわからなかった。

 どうして俺がケーキを食べたことと、詩依がダメだったことが関係があるのか。それで泣いてしまうのか。


『桃真くんにケーキ食べてもらえて、嬉しかったから。それで、泣いちゃったの』


 それから、この言葉の意味も。全く関係性が見えなかったこの二つの言葉と涙の意味が、ここにきてようやくわかった。

 どちらも本音だったのだ。

 ずっとお菓子作りの練習をしてきて、それはきっと俺にバレンタインデーのお菓子を渡すために練習してきたもので。そうした彼女の五年にも及ぶお菓子作りの努力が実った瞬間だった。

 でも、同時に、その時が訪れたのもまた、母さん曰く、縁やタイミングでしかなくて。そんな二重の感情が篭っていたのが、あの時に見せた涙だったのかもしれない。


『しーちゃんからすれば、もうかなり頑張ってるんだから。そろそろオトコ見せなさい』

『ここまでお膳立てされてんだ。さすがに、お前もオトコ見せるよな?』


 かるびと信一も、きっと俺と詩依どっちもの気持ちを察していて。それでいて、無理なく押し付けるでもなく、無理矢理くっつけるでもなく見守っていてくれた。

 そんなふたりが俺だけをわざわざ呼び出したのは……『お前、そろそろいい加減にしろよ』という激励に他ならない。


『桃真くんは……私の大切な人、だから』


 体育祭の日、詩依はこう言ってくれた。

 かるびや信一は他のクジを引いていたのではないかと言っていたけれど、そしてもしかするとそうなのかもしれないけれど、こう言ってくれたのは事実で。

 そして、俺にとっても詩依は、ずっと大切な人だった。

 ずっと頭の片隅にいて、自分の人生とは無関係の存在にもできなくて。

 他の誰かと付き合ったことで、俺は改めてそんな自分と向き合うことになった。


「はぁぁぁ……オトコ、見せなきゃだよなぁ」


 机の上に置かれたカラフルな紙切れを手に取って、ベランダに出た。

 来月半ばにある花火大会のチラシ。どうやって誘おうかずっと躊躇していて、切り出せなかったのだけれど……これでようやく決心がついた。

 スマホでLIEMを起動してから、通話ボタンをタップ。

 胸がどきどきと高鳴ってしまう。

 誰かに電話を掛けるのでこんなに緊張したのなんて、人生で初めてだ。

 それから間もなくして……詩依が、電話に出た。電話の向こうの彼女は、やけに困惑していた。


『え、桃真くん!? ど、どうしたの……?』

「……悪い。今って、通話大丈夫だった?」

『えっと……うん。さっき帰ったとこだから。通話って、珍しいね』


 上の階で、ガラガラっとベランダの窓が開く音がした。

 部屋の位置的に、詩依だろうか。なんだか、行動パターンが同じでちょっと嬉しくなってしまった。

 俺は小さく深呼吸をしてから、勇気を出して。早速こう切り出した。


「あのさ、詩依。来月の花火大会なんだけど──」

実はなろうは「しった激励」の漢字がダメっぽいのでそこだけカクヨム版と異なります。

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