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恋人をNTRれて絶望していたら、清楚可憐な幼馴染がやたらと俺を構ってくる。  作者: 九条蓮
第二部

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第44話 元カノ襲来

 ……もう無理。死ぬ。

 俺の体力は、午後を迎える前に限界を迎えていた。もう既にぶっ倒れそうだ。

 開会式を終えてから、一〇〇m走、四〇〇mリレー、綱引き……次々に自分の出番がやってきて、息をつく間もない。ひとつの種目が終わってすぐに次の種目へ、ということもあった。

 運動部でもない俺にとって、これだけ立て続けに全力疾走を繰り返すのはかなり堪える。特に四〇〇mリレー。これは最悪だった。

 どうして一〇〇m走のすぐ後に四〇〇mリレーなんだ。明らかに種目のスケジュールをミスっている。クラスの順位もビリではなかったけれど、後ろの方から数えた方が早かったくらいだ。

 一〇〇mと四〇〇mリレーで脚力にダメージを与えた後は、綱引きで腕力にもしっかりと負荷を与えられた。

 その後に待っていたのは障害物競走。障害物競走では平均台を落ちずに渡れたものの、網くぐりの途中で膝を擦りむいた。これも地味に痛い。どうにかゴールした時、肺の奥が焼けるようで、声も出せなかった。

 それから玉入れに二人三脚。クラスの士気は高まっているが、俺の内側では何かがすり減っていく。

 綱引きでしっかりと腕力が落ちた後に玉入れで上に玉を投げ続けるのはしんどかったし、一〇〇mと四〇〇mリレー、障害物競走で疲れ切った脚力で二人三脚は鬼過ぎる。擦りむいた膝も痛いし、最後の直線ではパートナーのテンポに合わせることしかできなかった。転ばなかったのが幸いだったが、ゴールした時にはふくらはぎが痙攣しそうだった。

 こんな状況でも頑張れたのは、詩依やかるび、信一が応援に駆けつけてくれたからだ。詩依の前で情けないところなんて見せられるか、と何とか踏ん張った。

 これが、午前中にあった種目。これだけ種目を(こな)したというのに、まだスケジュールが残っているのが信じられなかった。

 午後にはムカデ競争と大縄跳びが控えていて、どちらもクラス全員参加。変に手を抜くわけにもいかない種目であるが故に、余計にしんどい。


「ちょっと飲み物買ってくるわ」


 俺は詩依たちにそう告げると、テントを離れて自販機のある昇降口へと向かった。

 さすがにもう疲れた。冷たい飲み物をがぶ飲みでもしないとやってられない。ポカリ三本くらい一気飲みしようか。


「あっつ……」


 生ぬるい風が頬を撫でて、ぱたぱたと胸元に風を送った。

 まだ昼を迎えたばかりだというのに、グラウンドの照り返しで全身が焼けるように熱い。梅雨が迫ってきているせいか、湿気も強かった。

 そんなこんなでようやく辿り着いた自販機の前。財布から小銭を取り出してボタンを押し、スポーツドリンクのペットボトルを手に取った。

 冷たさが掌に伝わる。それだけで、少しだけ救われた気がした。

 けれど、そのキャップを開く直前──


「やほ、桃真。元気?」


 背後から名前を呼ばれ、身体が一気に強張った。

 名前を呼ばれることそれ自体で別にそうはなったりしない。

 問題なのは……その声だった。

 聞き間違えるはずがない声。先月まで、毎日のように聞いていた声。

 どうして? なんで今さら?

 そんな疑念が次々と頭に浮かびつつ……振り返る。

 そこには──案の定──ピンクブロンドの髪とやや釣り目で整った顔立ちが印象的な女子が立っていた。

 柏木莉音。俺の、元恋人で……浮気をして俺を捨てた女。

 その姿を目にした瞬間、胃の奥がきゅっと縮む。

 まさか向こうから話しかけてくるとは思ってもいなかった。

 緑の体操着に身を包んだ彼女は、何も変わらないように見えた。

 相変わらずの綺麗な顔立ち、半袖の体操着が若干窮屈そうだと感じさせる胸元に、きゅっとくびれた腰。

 その表情はどこか余裕を感じさせているけども、その瞳の奥には今までと違う色を感じた。強がっているような、何かを探るような。そんな光を帯びている。


「久しぶり。元気してた?」


 まるで何事もなかったかのように、久しぶりに会った友達と話すみたいにして、莉音は言った。


「……ぼちぼちってところかな」


 俺はなるべく平静を装ってそう返しつつ、キャップを開いた。

 声が普段より低くなってしまったような気がしたけれど、それは仕方ない。あんな別れ方をして平然と話し掛けてくる相手に、警戒するなって言う方が無理だ。


「なんかさ~桃真、今年の体育祭めっちゃ張り切ってない? なんかいつ見ても出てるからびっくりしちゃった。桃真ってそういうキャラだっけ?」


 本当にまるで、昔みたいに話してくる。

 恋人だったあの頃、いや、クラスメイトだった頃みたいな声音。

 嫌でも、楽しかった時間を思い出してしまう。


「……まあ、成り行きで」


 そう答えつつ、スポーツドリンクを口に含んで喉を潤した。

 口の中がカラカラなのは、決してただ走って喉が渇いているというだけが理由ではないのだろう。


「成り行き、ねえ……? あ、わかった。雪村詩依ちゃんでしょ。あの子にイイトコ見せたいの?」


 莉音が悪戯っぽい笑みを浮かべて訊いてきた。

 でも、それは自然と浮かんだ笑みではなくて、顔に貼り付けたような笑み。

 それが訊きたかったのだろうか? 莉音の狙いが一切わからない。

 ただ、どれだけ向こうが以前みたいに話してくれたところで、以前みたいな心地良さも楽しさもなくて。

 俺の中には気まずさと苛立ち、それから自尊心を潰されたという黒い感情が徐々に胸のうちを覆っていく。早くこの場を立ち去りたかった。


「そういうわけじゃねーよ。詩依は何も関係ない」


 少しだけ嘘を吐いた。

 詩依が無関係ではない。むしろ、彼女と仲が良いことが発端となって嫉妬を浴びてこうなったのだけれど……それを莉音に話してやる義理はなかった。


「へえ、呼び捨てなんだ? そういえば向こうも名前で呼んでたもんね。付き合ってるとか?」

「……そういうンじゃねーよ」


 何なんだ、こいつは。何が目的で話し掛けてきてるのか、さっぱりわからない。

 今さら俺が詩依をなんと呼んでいて、詩依が俺をどう呼ぶのかなんてお前に関係ないだろうが。


「つか、馴れ馴れしく話し掛けてくんなよ。もう終わった関係だろ」


 俺はうんざりだという顔で言った。

 だめだ。きっと普段ならここまで突き放すような物言いはしないはずだけど、相手が莉音だということ、それからゴールデンウイーク明けのあの雨の日を思い出してしまうと、どうしてもこんな言い方になってしまう。

 しかし──


「……別に、嫌いになったわけじゃないよ」


 莉音は俯いて、小さくそう呟いた。


「は?」


 言った言葉の意図がわからず、俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。

 本当に何を言ってるんだ、こいつは。

 好きとか嫌いとか、もう俺たちはそういう次元の関係じゃないだろうが。


「なんていうかさ、あの子、有名過ぎるでしょ。今回の体育祭のことも、ほんとはあの子のせいでいっぱい種目出ることになったんじゃないの? クラスの男子の嫉妬買ったりしてさ」


 莉音は微苦笑を浮かべた。

 当たっている箇所もあったけれど、同意はしない。確かに男子の嫉妬を買って嵌められたけれど、最終的に出ることを決めたのは俺だ。『あの子のせい』なわけではない。


「桃真には……あの子よりあたしの方が似合ってると思うけどな」


 冗談っぽく笑って、元恋人はそんなことを言う。

 笑ってはいるけども、その目は笑っていなくて。余裕がありそうな表情を作っているけれど、その奥からは不安と怯えが微かに垣間見えた。


「今更何言ってんだか。あんなことしといて、似合うも糞もないだろ」


 なるべく苛立ちが見えないように、普段通りの口調で返した。

 すると、莉音が「あんなこと?」と首を傾げる。


「あんなことって、浮気のこと?」

「他に何があるんだよ」

「それは確かにあたしが悪いけどさ……でもさ、それってそっちも同じじゃん?」

「あ?」


 この女の思考回路は一体どうなってるんだ?

 もう、本当に意味がわからない。

 俺がいつどこで『そっちも同じ』だと言われるようなことをしていたというのだろうか。

 散々俺との予定をドタキャンしておいて、保住の野郎とお楽しみになっていたお前とどこに同じ要素がある?

 もしかして、俺と莉音は別次元で生きているのか? そう思わされるくらい、認識が違っていた。


「同じって、何がだよ。お前と一緒にされるようなことした覚えはねーぞ」

「だって、あたしと付き合ってる時から雪村詩依と仲良くしてたんでしょ? じゃなきゃ、あたしと別れた次の日からふたりで仲良く登校したりしなくない? それならさ、もうお相子じゃん」


 不平不満を追求するように、まるで正当な権利で落としどころだと言わんばかりに莉音が言う。

 本当に生きている世界も時間軸も世界線も違うのではないかというくらい、認知が歪んでいる。

 俺と詩依の関係のどこに『お相子』の要素が含まれているというのだろう?

 本当に意味がわからない。何言ってんだこいつ。

 抑えつけていた苛立ちが怒りに変わって、そんなドス黒い感情が胸中を支配していく。

 お前みたいな女が、詩依のことをどうこう言ってんじゃねえよ──そう怒鳴りつけてやろうかと思った刹那。


『その……いきなり勝手なことして、ごめん。何だか、あんまりあの人と桃真くんを会わせたくなくて』


 その言葉とともに、ふと恥ずかしそうにしている詩依が頭に浮かんだ。

 ……そうだ。

 こんな風に、俺が黒い感情に支配されないように、あいつはちゃんと態度で示してくれていたじゃないか。

 耳まで真っ赤になるくらい恥ずかしかったくせに、勇気を出して俺の手を取って、莉音から引き離してくれた。

 今、俺が生きているのは詩依を始めとした、信一やかるび達との楽しい時間。元恋人(こいつ)との時間、ではない。

 こんな奴に、俺の思考や感情が持っていかれることそのものがバカバカしいのだ。

 それを詩依が教えてくれた。毎日一緒に過ごすことで、彼女が俺を気に掛けてくれることで、俺はようやく想い出せたのだ。

 誰と一緒にいることが楽しくて、幸せなのかを。

 それは、自分の前から立ち去った人のことを引きずるんじゃない。今目の前にいる人との時間を大切にすることが、今の自分を救うことになって……それから、周囲の人間も幸せにできるんだって、気付けた。

 俺は冷静になって大きく息を吐くと、柔らかく笑ってこう言ってやった。


「勝手に言ってろ、ばーか」


 それから、こんな言葉を紡いでいく。


「つか、そういや保住パイセン、野球部とマネージャーと付き合ってるんだってな。お前も浮気されたの?」

「──ッ!?」


 莉音が、息を呑んだ。

 先ほどまで作っていた悪戯っぽい笑みが、一瞬にして消えていた。


「まあ、それならご愁傷さん。()()()()()()()()()()()()、お悔やみ申し上げるよ」


 そこまで言ってから、俺は踵を返した。

 これが正しい返し方だったのかはわからない。

 ただ、最後に少し見た莉音は……とても、傷ついた表情を見せていた。

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