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恋人をNTRれて絶望していたら、清楚可憐な幼馴染がやたらと俺を構ってくる。  作者: 九条蓮
第二部

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第42話 彼女の幼馴染として。

 結局、詩依の涙の意味についてはわからないままだった。

 あれから落ち着いた彼女はいつも通りだったし、帰り際に小指合わせもしていた。翌朝も普段通りだ。これでは、俺に深入りなどできるはずがない。


『桃真くんにケーキ食べてもらえて、嬉しかったから。それで、泣いちゃったの』


 詩依はこう言っていたものの、それが本当だとは思えない。

 昨日は明らかに悲しそうだったし、辛そうだった。それに何より、その直前にこうも言っていた。


『私の、せい、だから。私が、ダメだった、だけだから』


 この言葉と、ケーキを食べてもらえて嬉しかった、という話は矛盾している。

 ここには明らかな自責と後悔があった。ただ嬉しくて泣いた、というのも嘘ではないのかもしれないけれど、言い訳ではないだろうか。

 そんな風にも思えてしまった。

 おそらく俺に何かの原因があるのだろうな、というのは何となくわかっているのだけれど……彼女に話す気がない以上、深入りはできない。ここで無理に訊いたところで、良いことがあるようには思えなかった。また機会が訪れるのを待つしかないのだろう。

 それに、俺の方にそれどころではない状況が生じてしまった。

 ──体育祭。

 うちの高校の六月中盤のメインイベントが迫っていて、その出場種目を決めるLHR(ロングホームルーム)があったのだが……俺は黒板に記載された自身の名前の数に、唖然とせざるを得なかった。


 ・100m走

 ・400mリレー

 ・大縄跳び

 ・綱引き

 ・ムカデ競争

 ・障害物競走

 ・二人三脚

 ・玉入れ


 これらの種目全てに俺の名前が書かれていたのだ。

 ちなみに、俺が自分で名前を書いたものは、綱引き、玉入れだけ。ムカデ競争と大縄跳びはクラス全員の強制参加なので、四種目だけ出るはずだった。それが何故か、倍の数に膨れ上がっている。


「待て待て待て! 何で俺だけ八種目もあるんだよ!? 運動部より多いじゃねーか!」


 さすがにこれには抗議せざるを得ない。それに、俺が書いた記憶のない種目についてはどうなっているんだ。

 俺は何も承諾していないし、相談すらなかった。


「これは……罰だ、三浦」


 体育祭実行委員の男子が俺に言った。

 俺の名前もおそらくこいつが勝手に書いたのだろう。


「はあ? 罰ってなんのだよ。俺は何も悪いことしてねーだろ」


 当然、俺はそう反論した。

 罰せられるようなことなど何もしていない。


「そんなの決まっている……!」


 彼はチョークを持つ手を振るわせて、続けた。


「それは、貴様が……雪村さんと毎日楽しく一緒に過ごしているからだあああああ!」


 びしっとそのチョークを受けて、涙ながらに叫んだ。そして、それに呼応するようにクラスの男子が「うおおおお!」と同意の雄たけびを上げる。

 視界の隅で、いきなり自分の名前が出てきて驚いたのか、詩依がびくっと身体を震わせたのが見えた。

 いやいや、何なんだその謎の盛り上がりは。もちろん納得できるわけがなかった。


「はあ!? ふざけんな! 何で俺がそれだけの理由でこんなにしんどい目に遭わされなきゃいけねーんだよ!」

「それだけの理由、だと!?」


 俺に反論するように、他の男子がいきなりガタンと立ち上がった。


「三浦、お前舐めてんのか!? お前のいる場所はな、うちの高校全男子の憧れの場所なんだ! 『それだけの理由』なわけがないだろ! ちゃんと『それに足る理由』なんだよ!」

「そーだそーだ!」

「いいか、これはクラスの男子の総意なんだ! 既に打ち合わせ済みだ」


 さらに同意の声が上がって、体育祭実行委員会の男がそう締めくくる。

 何が総意だ。完全にハメているだけじゃないか。

 それに、俺が八種目も出ているせいで全員強制参加の種目にしか出場していない男子もちらほらいる。それはそれで問題がある気がするのだが……いや、それ込みで結託しているのか。

 文化祭と違って、体育祭を嫌っている奴は多い。運動が苦手な奴にとってはただの晒上げにしかならないからだ。うちのクラスには運動部が少なくて、それも今回の暴走に拍車を掛けている理由の一つだろう。

 そこでふと思う。


「待て! もし詩依と一緒にいるのが理由なら、俺だけじゃなくて信一も同じだろうが! 何で俺だけなんだよ!?」


 こいつらの理屈が『詩依と一緒にいる』ことなら、信一も同じく苦境に立たされなければいけないはず。しかし、信一の出場種目は四つと平均的だ。むしろ、お祭り大好き男にしては少ないまでもある。

 俺はそう反論して信一の方を見るが……信一は、申し訳なさそうに手をパチンと合わせて頭を下げた。


「……すまん、桃真。俺とお前では決定的に違うものがある」

「なんだよ?」

「それは、俺の口からは言えねえ……!」


 信一が悔しそうに呻くと、目をぎゅっと閉じた。

 実行委員の男が信一のところまでいって、彼の肩をぽんぽんと叩く。まるで、『いいんだ』とでも言いたげだ。


「俺が代わりにクラスの男子の言葉を代弁してやろう」


 実行委員の男が、もう一度チョークで俺を指差した。


「先月まで柏木莉音っていう可愛いカノジョがいて、それと別れた直後から皆のアイドル雪村さんと一緒に仲良くやってますだあ!? 許せるわけないだろ! ここが香港なら、お前はもう……死んでいる!」


 まさかの、ただの嫉妬とヤッカミが重なっただけだった。しかも何故か芝居掛かったセリフなのが余計に腹が立つ。

 ただ、こんなところで莉音との話が出てくるとは思っておらず、思わず俺の反応も遅れた。

 確かに、クラス替えがあった当初の四月前半、莉音は休み時間や昼休みなどによくこの教室に来て俺と過ごしていた。当然、俺と莉音が付き合っていたのは皆わかっていただろうし、ゴールデンウイークを境に莉音から詩依へと一緒に過ごす女子が変わっていれば、色々思うところがあるのもわかる。

 だが……その理解を得ようと思うと、莉音に振られた理由や、詩依が幼馴染で実は昔仲が良くて今もご近所さんであることまで触れなければならなくなるだろう。話した方が早いのかもしれないが、何でそんなプライベートなことまでこいつらに話さないといけないんだ。俺は芸能人でも何でもないのに。誰と別れて誰と仲良くするかなんて、そんなの俺の勝手だろう。もちろんそれは詩依だって同じだ。こいつらに説明してやる義務はない。


「あのさー、男子。さすがにそれは見っともなさ過ぎるんじゃない? こんなの三浦くんが可哀想でしょ」


 そこで助け舟を出してくれたのは、かるびだった。

 さすがはかるび。いい奴だ。

 詩依の方をちらっと見ると、彼女も心配そうにこちらを見つめていた。何かを言いたそうに、そわそわとしている。

 もしかすると、色々打ち明けて俺を守ろうとする気なのかもしれない。

 でも、それは得策じゃない。俺はともかく、詩依に迷惑が掛かってしまう。ただでさえたくさん助けられているのに、これ以上詩依に負担を掛けるわけにはいかなかった。

 それに……詩依が皆の人気者であることなんて、中学の頃からわかっていたことで。ここで逃げていて、あの雪村詩依の幼馴染なんてやっていられるはずがないのだ。


「いや、かるび。もういいよ。俺が全部出てやっから。ただ、順位は期待すんじゃねーぞ?」


 俺は腹を括って半ばヤケクソになりながら、そう言ってやった。

 もうどうにでもなれだ。どうせ運動部が少ないクラスなのだし、体育祭の総合順位自体、もともと期待できない。それなら皆の溜飲が下げることを優先した方が良さそうだ。ここで一度無茶をしておけば、こいつらだってもう文句を言えなくなるだろう。

 そこでちょうどチャイムが鳴って、LHR(ロングホームルーム)が閉幕した。

 ……くそ、最悪だ。本当に全部やることになった。これで今年度の体育祭は地獄確定。

 今年色々運がなさすぎるだろ、俺。


「あの……桃真くん」


 気を紛らわせるために廊下に出ると、詩依が俺を追いかけて来た。


「ほんとに大丈夫? やっぱり私、あんなの納得できないよ……」


 きゅっと眉根を寄せて、辛そうに言った。

 彼女がこうして不快感を露わにするのは、結構珍しい。もともと大人しくて引っ込み思案な性格だから皆の前では声を上げられなかったのだろうが、かるびと同じく色々思うところはあったようだ。


「大丈夫、任せとけって。勝てるかどうかは知らねーけど、どうとでもなるよ」


 俺は強がった笑みを浮かべてみせてから、肩を竦めた。

 まあ……あいつらの気持ちもわからないでもないし。もし俺があいつらの立場なら、きっと同じように嫉妬していた。


「それに……」

「それに?」

「……お前の幼馴染なら、こんくらいやっとかないとなって。そう思っただけだよ」


 ふざけた調子で言ったつもりだったのに、詩依は目を丸くして。それから「なあに、それ」と小さく笑った。

 その横顔は、どこか懐かしそうで。でも同時に、何だか嬉しそうでもあった。

 ああ、ちくしょう……可愛いな、ほんと。

 その笑顔の前に、何か言おうと思った言葉は喉の奥で溶けていって。代わりに、ふわりと胸の奥が温かくなる。

 そういえば、昔もこんなことがよくあった。小学生だったあの頃も、俺はこんな風に詩依に向かって、何も考えず自信満々に「任せろ」と言っていた気がする。

 そう思うと、少しだけ誇らしくて、ほんの少しだけ、照れ臭かった。

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