第39話 変わったふたりの意味
一旦VSモードで落ち着きを取り戻した詩依は、またランクマッチモードで快勝を重ねた。
ダイヤクラス★★★からスタートしたはずなのに、既にダイヤクラス★★★★。快進撃だ。
俺の接待バトルが上手くいった証だろう。我ながら、上手い負け方だった──というのはただの強がりで、詩依も上手のでちょっとだけわざとミスをすれば普通に負けてしまうのだ。
少し休憩しようかというタイミングで、詩依のスマホが鳴った。
「あっ……ごめん。そろそろかも」
詩依が時計を見て、申し訳なさそうに言った。
時刻は十九時。そろそろおばさんが帰ってくる時間帯だ。
「もうこんな時間か。じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
「うん。ごめんね」
「いや、むしろ夕飯ご馳走になってるの俺だし。ありがとな。お陰様で、健康的に生きれてる」
「もう、大袈裟だよ」
俺の軽口に、詩依がくすくす笑った。
こうして笑う詩依を見ていると、本当に不思議な気持ちになる。
ほんの数週間前まで、俺たちはお互いどう話せばいいのかさえわからなかった。昔は毎日遊ぶくらい親しかったのに、五年の月日を経てどう接すればいいのかわからなくて。ふたりきりになればそれだけで緊張していた。
それが、今ではこんな感じだ。まだ緊張する時もあるけど、だいぶ自然体になった気がする。
まるで小学生の頃のように……とも少し違うわけで。高校生の俺たちには、高校生なりの距離感ができている。昔の方が距離は近かったはずなのに、今は別の意味で近くなっていた。いや、違うか。あの時よりもっと近づきたいと思ってしまっているのだと思う。
「夕飯のリクエスト、あったら教えてね。桃真くんの好きな料理、作れるようになりたいから」
「いや、詩依の作るものは何でも美味いから。何でも食べるよ」
「ほんとに……?」
「マジマジ」
「やったっ」
詩依は少しはにかんで顔を綻ばせると、可愛らしく控えめなガッツポーズを取った。
このやり取りからわかるように……実は、俺と詩依のふたりきりの食事会も、継続している。いや、むしろ最近は当たり前になっていた。
母さんのパートが休みの日は詩依がうちに来て三人で夕食を食べて、母さんがパートの日は……あの雨の日みたいに、詩依の部屋でご馳走になっている。
このことについては、雪村のおばさんも知っている。というか、俺も詩依も言っていないのに、何故かバレていたのだ。
犯人はおそらくうちの母親だろう。俺の何気ない所作から普段詩依と食べていることがバレてしまったようで、その情報を詩依のお母さんに共有されてしまっていた。ただ、親同士的に、お互いの子供の食費をチャラにできているということで、何だか合意が取れているらしい。
あの鋭すぎる母親には困ったものだった。
ちなみにその鋭すぎる母からは、『雪村さんも黙認はしてるけど、ちゃんと順序は踏まなきゃダメよ?』と謎に釘を刺されている。
何の順序だ。いや、何となくわかるけど、年頃の息子が反応に困るようなことを言うのはやめてくれ。そんなものをお互い意識してしまうと、途端に話せなくなってしまいそうだ。
五年のブランクがある幼馴染は、色々と複雑なのである。
「来月中にはマスターランクいけそうじゃないか?」
俺は立ち上がって、自らのスクールバッグを肩に掛けた。
「なれるかな……?」
「なれるなれる。強さだけでいうと、普通にもうマスタークラスだと思うよ。……温まらなければ、だけど」
「だって……負けると悔しいし」
詩依は唇を尖らせて、拗ねたように視線を落とした。
格ゲーマー魂を持ってしまったこの清楚可憐な幼馴染は、負けが込むと一気に温まってしまってコマンドミスや判断を誤ることが出てくる。俺とやる時は温まらないのでめちゃくちゃ強いのだけれど、ランクマッチになると途端に頭に湯気が上ってしまうのが詩依の弱点だ。
まあ、その気持ちも痛いほどわかるのだけれど。ランクマだと自分の苦手なキャラや使用キャラの相性などもあって技術以上の差が出ることが多々ある。変な苦手意識とかを持ってしまうと、それだけで動きが悪くなるし、負けると余計に腹が立って温まってしまうのだ。俺もしょっちゅうそれで勝てる戦いを落としている。
玄関まで見送りにきたところで、詩依が思い出したように言った。
「あっ、そうそう。桃真くん」
「ん?」
靴を履きながら、振り返る。
「この前、中間テストの打ち上げ断っちゃったじゃない? それの埋め合わせと一緒にミサちゃんの誕生日会もしたいなって思うんだけど……」
「おー、ちょうどいいんじゃないか?」
そうだった。打ち上げの埋め合わせについては信一からも口うるさく言われていたのだ。
どうせかるびの誕生日会も打ち上げも〝イツメン〟で行われるんだし、メンツが変わらないならまとめてしまっても問題ないだろう。
「それで、場所をどうしようかなって。うち、お母さんが七時頃には帰ってきちゃうから」
「あー、そっか。じゃあ、またうち使う?」
「いいの?」
「ああ。全然問題ないよ。ケーキ食いながら、皆で遊べばいいんじゃないか?」
母さんがパートの日は夜遅くまで俺ひとりだ。多少騒いだって問題はない。
まあ、下の階の人に迷惑を掛けるような騒音はよくないが、さすがに高校生にもなって飛び跳ねるような遊びはしないだろう。
……たぶん。
かるびと信一は些か精神年齢が低いので、ちょっと心配ではある。
「じゃあ、頑張って美味しいケーキ作るね?」
「え!? 詩依、ケーキも作れんの?」
「うん。あんまり美味しくないかもだけど」
少し自信無さげに詩依が頬を掻いた。
本人はこう謙遜しているが、あれだけ料理を上手く作れているなら、お菓子作りだって期待できそうだ。
「楽しみにしてるよ。じゃあ、俺もなんか皆で遊べそうなの考えとくか。四人だし、麻雀とかどうだ?」
「ルールがわからないよ……」
「そりゃ残念」
せっかく四人いるのに、勿体ない。
まあ、何か別のものを考えておこう。かるびはあまりゲームが得意ではなさそうだし、操作性がないゲームだったりカードゲーム系の方が良いかもしれない。
「じゃあ、えっと。また明日、下で」
「うん」
詩依は頷いて、いつものように小指を差し出した。
俺も小指を出して……ちょんとまるで小鳥がキスするみたいにして、指先がそっと合わせる。
「……おやすみ」
「おやすみ、桃真くん。えへへ」
恥ずかしそうに詩依が笑って、小首を傾げた。
そのあまりの可愛らしさに脳が沸騰しそうになるのを何とか堪えながら、玄関口から出て──玄関扉の前でしゃがみ込む。
……可愛すぎだろお前えええええッ!
と叫び出したい衝動は何とか喉元で堪え、ぐっと飲み込んだ。
この美少女の無自覚な笑顔を毎日浴びて平気だった幼少期の俺、どんなメンタルしてたんだ。高校生の俺は心臓が持たないんだけど。若いって羨ましい。
「はあ……ったくよ」
俺は溜め息を吐いて、先程重ね合わせた自分の小指をじっと見つめた。
変わったことと言えば、これ。
本当の意味で〝再会〟したあの日を境に、小指合わせの意味が少し変わった。
以前の意図は『言いたいことがある時にする意思表示』。
俺はそう認識していたのだけれど……今では、何か伝えたいことがなかったとしても、さっきみたいな感じで詩依がするようになった。
大体帰る時とか別れる時にするのだけれど、その真意は『おやすみ』とも『ばいばい』とも違う。
きっと、意味なんてない。あるとしたら、それはきっと『親愛』だとか、そういう言葉にするのが難しい感情なのではないのだろうか。
でも、それって殆ど恋人同士が軽くするキスみたいなもので……。
──プシュウ……。
考え始めたら頭から湯気が出た。
だめだ。深く考えたらきっと、脳の回路が壊れてしまう。
「あ~~~~……めっちゃ、苦しいなぁ」
胸を抑えつけながら、立ち上がる。
苦しいのにこそばいような、痒いような。居ても立っても居られなくなる。
詩依のやつめ。
困ったことを習慣にしてくれたものである。




