第33話 これはデートなのでは!?
映画を観終わった後、俺たちはモール内にあるミスドに移動すると、早速感想会に入った。しかし……前回Ⅰをふたりで見た後のような高揚感も興奮も、感動もなくて。若干の気まずさがそこにはあった。
予告の時点でわかっていたことではあるのだけれど、『カーテンの向こうで、君を見ていたⅡ』は前作のその後というわけではなく、完全な別作品だった。
同じアパート、同じカーテン、でも全然違う人物たちの物語。
主人公の青年は、ちょっと過去にいろいろなやらかしがあって、それで引っ越してきた。その部屋が、偶然にも〝あの少女〟が消えた、例の部屋。最初はただ、カーテンの隙間から視線を感じる──という、不気味な違和感だけだった。でも、ある晩、隣から届いた一冊の手帳をきっかけに、物語が動き始める。
中には、その少女の――いや、もしかすると、彼女を〝見ていた誰か〟の記憶が書き残されていて。前作じゃ語られなかった、もうひとつの〝約束〟が浮かび上がってくる……という感じだ。
でも、正直俺はあんまり入り込めなかった。あの手帳に書かれた言葉も、主人公が辿る感情も、どこか演出めいていて、リアルじゃないというか。それに、サイコスリラー要素も、視聴者から見れば既にネタバレしているわけで、もう怖くもなんともない。
前作の、あの静かで切ない感じが好きだったから余計にそう感じるのかもしれない。あれは言葉が少ない分、余白に感情を想像させられて、だからこそ刺さった。
今回は、視聴者を泣かせようという気持ちが前に出過ぎてたというか。最後、主人公が「その涙は誰のものだったのか、俺には最後までわからなかった」と呟くのだが、いや、お前がわかんねーならこっちもわかんねーよとツッコミを入れざるを得なかった。
まあでも、舞台設定は好きだったし、世界観とか雰囲気とか音楽は良かった。そういうのに救われていた作品ではある。根本のシナリオはダメダメだったけれど。
「ん~……俺はⅠの方が好きだったかなぁ」
ふたりでドーナツとドリンクを選んでテーブルに着くと、早速そう漏らした。
「それはほら……きっと、前のが面白過ぎたから」
詩依は苦い笑みを浮かべ、俺に同意した。
どうやら彼女も同じような感想を抱いたようだ。
というか、前回はあれだけ号泣していた彼女が、泣くどころか目も赤くなっていない。その時点で作品の出来はお察しなのだ。
「あ、でもあそこは感動したよ? ほら、最後にカーテンを開けなかったとこ」
こうしてフォローを入れるところが詩依の優しいところだ。実際、最後のシーンは確かに俺も少しぐっときた。
ぐっときたけれど、それはあくまでも前作が面白かったからこそぐっとくるのであって、仮に前作がなければあのシーンだって何も感じないだろう。
改めて考えてみても、完全にⅡは駄作だった。
制作陣もⅠを作った当初、Ⅱを作るなど考えてもいなかったのだろう。人気が出たからという理由だけで無理矢理続編を作ると、こういう事故が起きる。そういったところも含めて、色々考えさせられる作品だ。
そこからは感想会という名のダメ出し会だった。あそこはああした方が、とか、あれだと響かない、だとか。映画のことなんて何もわからないくせに、まるで批評家みたいにして色々と語り合って、「わかるわかる」と笑い合う。
確かに映画そのものはつまらかったけれど、こうして詩依と感想を言い合う時間は楽しくて。それを考えると、『カーテンの向こうで、君を見ていたⅡ』は俺たちにとっては『面白かった』部類に入るのかもしれない。
「なんか……こういうのって、いいよね」
ひとしきり感想を言い終えたところで、詩依が感慨深そうに目を細めた。その視線は、三杯目のお代わりをしたばかりのコーヒーに注がれている。
きっと、詩依も俺と同じような結論に思い至ったのだろう。
「まあ、な」
俺も同意して、小さく笑った。
つまらないものをつまらなかったと言い合えて、そのつまらなささえもエンタメに昇華できる。それはきっと、詩依と一緒だったからこそできたことだ。
今こういうことを考えるのはきっと詩依には失礼に当たるのだと思うけども……もし莉音とこの映画を見ていたら、こんな風に笑い合えなかった。つまんなかった、と不機嫌になった莉音を俺が気遣い、ご機嫌を取って、どことなく居心地の悪さだけが俺の中に残るだけだったように思う。
「あ、ねえ。桃真くん」
躊躇いを振り払うように、詩依はぱっと顔を上げた。
その青み掛かった瞳はどこか不安そうに揺れている。
「もし用事とかなかったら、お店、一緒に見て回らない……?」
おずおずと誘ってくる詩依に、思わず脳がショートしそうになった。
もちろん、俺の答えなど決まっている。
「いいよ。てか、今日の予定は映画しかないから、何でも付き合うよ」
「やったっ。実は、もうすぐミサちゃんの誕生日で……プレゼント買いたいなって」
詩依は安堵で顔を綻ばせて、胸の前でそっと両手を重ねた。
どうやら、かるびの誕生日が近いらしい。
「あ、マジか。じゃあ俺もなんか買った方がいいな」
かるびには世話になっているので、日頃の感謝も兼ねて何か贈らねば。
もし彼女が〝イツメン〟を結成してくれていなかったら、学校でも穏やかに過ごせていなかったかもしれない。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「うんっ」
俺が先に立ち上がると、詩依も元気に頷いて俺に続いた。互いのトレーを返却棚まで戻すと、モールへと繰り出ていく。
あれ……?
映画からのお買い物って、よくよく考えればこれ完全にデートじゃないか?




