第24話︎︎ 目撃談
「なんかさ、お前ら若干雰囲気変わってないか?」
昼休みのことだった。
今日も昨日に引き続き、イツメンの四人で昼食を取っていると、信一が唐突にそう訊いてきた。
彼の言うお前らとは、もちろん俺と詩依のことだ。
「え……?」
「そうか?」
詩依と顔を見合わせてしまった。
特に何か意識していることはない。昨日と同じ屋上で、昨日と同じ配置で座っているだけだ。詩依は俺の隣に座って、信一が俺の正面、かるびが詩依の正面に座り、それぞれの弁当を突いている。
「あ! それあたしも思ってたー! ふたり、昨日より距離近くない?」
かるびも信一に乗っかった。
距離、近いか? と思って詩依との間を見てみると、確かに昨日より拳ひとつ分くらい間が狭まっている気がした。
それに詩依も気付いて、慌てて少し離れようとする。
「あー、しーちゃんごめん! 別に照れさせようと思ったわけじゃないから、そのままでいいよ」
離れようとしたところで、かるびから制止されていた。
詩依はどう動いていいかわからず、もじもじとしながらも、結局居心地悪そうに元の位置に戻った。
いざこうして近づいていることを自覚してしまうと、何だかちょっと恥ずかしい。
「な、なんかごめん……」
詩依も同じだったらしく、ちらりとこちらを見て小声で謝った。
「い、いや、全然。お構いなく」
俺も何だかむずむずとした感覚に襲われながら、少しそっけなく返す。
そこでふと正面を見ると、何だかふたりが鼻の穴を大きくしてニヤニヤしていた。
「……何だよ」
「いやぁ……いいもん見せてもらってるなあって。なあ?」
「うんうん。これが〝てえてえ〟ってやつよねぇ?」
何だこいつら。めちゃくちゃムカつく。一回殴ってやろうか。
とはいえ……実際、朝の莉音との一件があってから、俺と詩依の間にあった空気が少し変わったのは事実だ。
朝、詩依がああして莉音の前から俺を連れ去ってくれたことを切っ掛けに、たぶん俺の中でも明確に変わったことがあって。
ここ数日の詩依とのやり取りは、俺の中では幼馴染のやり直しと初恋への回帰みたいなものが混同されていた。どちらかというと、記憶の中にあったものを掘り起こしているような、じわじわと昔あったものが浮かび上がってきているような感覚だった。
でも、今朝の一件を通して……俺は、あの場で詩依を抱き締めたいくらい愛おしいと思ってしまっていて。その感情を自覚してから、過去のものを掘り起こしている状態から、今の感情へと昇華されたような気がする。詩依がどうかはわからないので、俺だけ突っ走るわけにもいかないけれど。
だからとりあえず、茶化すのはやめてくれそこのふたり。頼むから。今晩詩依はうちに夕飯を食べにくるわけで、変に気まずくなりたくない。話題の方向性を変えるべく、俺は切り出した。
「あー、えっと……ちょっとそのことと関係してるかもしれないんだけど、ふたりに話しておいたほうがいいことがあって。実は朝、職員室に行く時にばったり莉音に会ったんだ」
「は!?」
「え!?」
さすがに俺の言葉にはふたりも驚いたようで、ぽとんとおかずをお箸から弁当箱に落としていた。
そう、信一とかるびにはまだ朝のことを話していなかったのだ。短い休み時間に教室で話すわけにもいかないし、どのみち昼休みに話すつもりだった。一応、俺と莉音の別れが切っ掛けでこの〝イツメン〟も結成されているので、彼らには事情を話しておくのが筋だろう。
俺は今朝起こったことを簡潔にふたりに説明した。とはいえ、手を繋いだとかそういうことまでは触れていない。詩依のお陰で助かった、とだけ遠回しに伝えておいた。
説明しているさ中、詩依はどこかそわそわした様子で俯いていた。朝みたいにまた耳が赤くなっていたことには触れないでおこう。俺も色々勘違いしてしまいそうだし。
「はーっ。あの後そんなことがあったのかよ? 朝から一触即発じゃねーか」
「しーちゃん、かっこよ! やる時はやる女だねぇ」
どこか他人事の様子で、信一とかるびがそれぞれ感心して言った。
確かに他人事ではあるのだけれど、こいつらが俺に詩依の日直を手伝えと嗾けたから起きたことでもある。もうちょっと責任を感じてくれ。
ただ、純粋に驚いているかるびに対して、信一は「なるほどねえ……」とどこか納得している様子でもあった。
「どうかした……?」
詩依が、不安げに信一に訊いた。
今日の一件で一番勇気を出したのは詩依だ。色々と思うところがあるのかもしれない。
信一もそれを察したのか、すぐに平謝りをしていた。
「あーっ、ごめんごめん。詩依ちゃんがそんな不安がることじゃないんだ。ただ、実は俺、莉音ちゃんのクラスの奴と仲が良くてさ。そいつからちらっと話聞いてたから、妙に納得できたんだ」
「納得って?」
かるびが重ねて訊いた。
「今日、莉音ちゃんめちゃくちゃ機嫌悪そうって若干朝クラスで話題になったみたいなんだよな。実際さっき廊下ですれ違ったんだけど、まあ怖い顔してたよ。一応莉音ちゃんからしたら俺は元カレの友達だから、気まずかったのかもしれないけどな」
「……そうだったのか」
そういえば、去り際に莉音はどこか悔しそうに唇を噛んでいた。
結局顔を見合わせたのは一瞬だけで、特に俺たちの間にやり取りはなかったのだけれど。何でそんなに不機嫌になったのだろう? 詩依が俺と手を繋いだから?
……いやいや、何で今更手を繋いだくらいでどうこう思われなきゃいけないんだ。もう別れたわけだし、本気の相手が別にいるなら、浮気して振った元カレについてどうこう考える必要もないだろう。
「三浦くん」
かるびがどこか咎めるような顔でこちらをじっと見つめていた。
「同情なんてしちゃダメだよ? 最低なことしたのは、向こうなんだからね?」
「わかってるって」
俺は手をひらひらとさせて、そんな気は全くないと示す。
優しいのか、それとも『詩依の勇気を無駄にすんなよ』と言いたいのかわからないけれど、かるびはかるびで心配してくれているらしい。本当に友達想いだ。
「そ? ならいいけど。なんか三浦くんってそういう変なとこ優しい気がするからさー。情に絆されて、みたいなのちょっと心配なんだよね」
「さすがにあの別れ方してそうはならねーよ」
俺はそう言い切って、唐揚げを口の中に放り込んだ。
実際に、俺が莉音を同情する余地はない。というか……正直、もう関わりたくないというのが本音だった。
男女の仲を抜きにしても、あんな風に裏切る人間を今後信用できるとも思えない。俺は俺で、莉音は莉音でそれぞれ別の人生を生きればいいはずだ。
そう思っていると、ふと視線を感じた。
顔を上げると、隣の詩依が心配そうに俺を見つめていた。今朝、俺が莉音を前にしてどうなったのかを見ているからこそ、心配してくれているのだろう。
「……大丈夫だよ」
俺は少しおどけて肩を竦めてみせると、詩依も頬を緩めた。
「そっか……ならよかった」
「ああ」
お前のお陰でな、と心の中で付け足した。
ふたりきりなら言えたけれど、さすがに友達がいる前だと恥ずかしい。
「あっ。ねえ、桃真くん。私のお弁当、少し食べる?」
詩依は空気を変えるように声を明るくして、自分の弁当箱を俺の方に差し出した。
言われてみれば、俺の弁当にもうおかずがない。しまった、米を食べるペース配分をミスってしまった。
母さんの作る弁当、米を詰め込み過ぎてていつもちょっとおかずが足りないんだよな。まあ、米が高騰する中でたくさん食わせてくれるのは有り難いんだけど。
「お、いいの? サンキュー」
「どれでも好きなの食べていいよ?」
「じゃあ、だし巻き卵を……」
「ふふっ、どうぞ。他にもほしいのあったら言ってね?」
詩依が小さく笑って、だし巻き卵を俺の弁当箱に入れてくれた。
あー、なんかこういうのも懐かしいな。詩依は昔から小食で、食べきれない分はいつもこうして俺が代わりに食べていたのだ。
昔のことを思い返していると……
「はあ……てえてえ。てえてえなあ、松野」
「これはまさしくてえてえだ……」
前のふたりがそんなことを言っているのが聞こえたが、気付かないふりをしておいた。




