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第22話 幼馴染VS元カノ?

 お互いがお互いの存在を認識したタイミングは、きっと同じだったのだと思う。

 たぶん、視界の隅に入ってしまえばお互いに存在を感知できるようになってしまっていて。それはもう習慣みたいになっていたから。

 俺は彼女のピンクブロンドの髪が視界に入った瞬間、そして彼女はきっと俺の服か足元を見た瞬間に、それが誰なのか気付いていて。お互いまるで急ブレーキをするかのように立ち止まって、身を引いていた。

 それから一瞬の沈黙の後、互いの視線が重なる。

 髪と同じ色の瞳が俺を見つめていて、その瞳と唇は僅かに震えていた。きっと、俺も同じような反応をしていたのだと思う。

 ──柏木莉音。

 俺の初めてできた恋人で、元カノジョ。

 バレンタインデーに告白してくれて、ホワイトデーに初めてキスをして。春休みもたくさん遊んで。二年に進級してからも、きっと仲良くやっていくのだと思っていて。凄く、大切にしていた人。

 そうした想い出が走馬灯のように蘇ってきて……脳裏の映像は、あの雨の日に至る。


『……ごめん。浮気した』

『それから……浮気が本気になっちゃった。だから、もう別れて』


 恋人から放たれた、衝撃の二言。

 それ以降は保住がベラベラと何か喋っていたけれど、結局莉音が言ったのはその二言だけだった。そのたった二言で、俺たちの三か月弱に及ぶ交際は完全な終焉を告げて。全てが、過去のものになってしまった。

 まあ……莉音はそれより前から浮気していたみたいだから、実際にはもっと早くに終わっていたのだろうけど。俺の主観では、ほんの数日前まで俺たちは恋人同士だったのだ。


「莉音……」

「……桃真」


 お互いが、お互いの名前を呼ぶ。

 呼び慣れた名前で、聞き慣れたはずの声だったのに。今ではその声も、名前も、随分と冷たく、色褪せたもののように感じてしまった。

 その桃色の瞳も、ピンクブロンドの髪も、薄い唇も、白い肌も、制服の上からでもわかるその豊満な身体も、全部、大切にしたいと思っていたのに……俺の知らないところで、俺さえも触れたことがないところも、好きなように他の男に嬲られていて。

 それを想像してしまうと、詩依のお陰で何とか保たれていた自尊心が、一気にぐらりと揺らいだ。考えないようにしていたことが、詩依のお陰で考えなくて済んでいたことが、一気に膨れ上がってくる。

 それに加えて、あの時保住の野郎が口にした、最低で忘れたくても忘れられない言葉までまた頭の中に蘇ってきて。困惑が嫌悪感からくる吐き気と裏切りからくる怒りへと姿を変え、それから形容しようのない黒い感情だけが、一気に腹と胸の中を満たしていく。

 口汚く罵ってやりたい──そんな黒い感情に呑まれそうになった時。


「桃真くん」


 隣から柔らかい声が聞こえてきて、はっと現実に戻される。

 隣に目を向けると、清楚華憐な幼馴染が俺に優しく微笑みかけていた。なんだかいつもと違って、少し大人っぽい笑み。

 彼女は小学生の頃みたいに俺の手を取って、そっと握り込んだ。


「行こ?」


 莉音になんか見向きもしないで。まるで目の前に誰も存在していないかのように、いや、そこにはもう誰もいないんだと訴えかけるようにして、詩依は俺だけを見て。いつもみたいに楚々として小首を傾げ、優しく俺の手を引いた。


「……ああ」


 俺は頷いて、詩依に手を引かれるがまま、莉音の横を通り抜けていく。

 その刹那、一瞬だけ莉音と目が合った。

 どうしてか彼女のピンク色の瞳は揺れていて。悔しそうに唇を噛んで、すぐに俺から目を逸らした。

 そこで手からあたたかな体温を感じて、慌てて手元を見る。

 詩依と、手を繋いでしまっていた。

 あっ……。

 驚いて顔を上げると、俺の少し前を歩く幼馴染の姿があった。長い黒髪の隙間から見える耳が、真っ赤になっている。

 でも、彼女は俺の手を引くのをやめなくて、廊下を曲がって莉音が見えなくなったところで、ようやく立ち止まった。


「はぁぁぁぁぁ……緊張したぁ」


 詩依は大きく溜め息を吐いてから、ほんの少しだけ名残惜しそうに、俺の手を離した。手を離した瞬間、鼓動の音だけがやけに耳に残る。

 視線を上げると、さっきは聖母みたいな大人びた微笑だと思った詩依の笑顔が、真っ赤っかになっていた。

 それを見て、どこか俺も安心する。さっきの彼女は何だか妙に大人っぽくて、微笑んでいるのに少し怒っているようにも見えたから。


「その……いきなり勝手なことして、ごめん。何だか、あんまりあの人と桃真くんを会わせたくなくて」


 申し訳なさそうに眉をハの字にして、詩依は俯いた。

 恥ずかしさを誤魔化すように、さっきまで俺と繋いでいた手を胸元に持ってきて、もう片方の手で包み込む。

 さっきの詩依の行動は、これまでの突発的な謎行動力とは少し違っていた。この反応を見る限り、きっと彼女なりに躊躇があって、でも勇気を振り絞ってした行動だったのだと思う。

 そのいじらしさに、俺の胸がきゅっと締め付けられた。

 詩依は……俺を、莉音との過去から守ろうとしてくれたのだ。


「いや、大丈夫。……むしろ、ありがとう」


 俺もそこでようやく緊張の糸が解けて、息を吐いた。

 気付けば、さっきまで俺の胸の内を支配していた黒い感情は消えていた。

 その代わりに、嬉しさや安堵といった気持ちが、胸の中を満たしていく。


「そっか。じゃあ……職員室、行こっか?」


 詩依はいつものあどけない笑顔を俺に向けて、小さく首を傾けた。

 俺は頷きつつ彼女の隣に並んで、ふとこう思う。

 ここが学校でよかった、と。

 もし学校じゃなかったら……たぶん、彼女を抱き締めてしまっていたと思う。

 それくらい嬉しくて。彼女が、愛おしかった。

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