第21話 ピンクブロンドの髪が、ちらりと見える。
「おー、きたきた」
「おはよー。しーちゃん、三浦くん」
学校の近くの交差点で、ふたりのクラスメイトが俺たちに手を振った。
イツメン(?)の信一とかるびだ。
昨日みたいに、俺たちがふたりで登校すると色々面倒なことが起こりかねない──そう判断したかるびが、登校前に待ち合わせしようと提案してくれた。
別々に登校すれば済む話だが、詩依は──きっと、これからも一緒に登校するつもりなのだろう。せっかく彼女がそう思ってくれているのであれば、その気持ちを無碍にはしたくない。であれば当然、その対策も必要だった。
ちなみに、俺たちはそれぞれ通学手段が違う。遅延などで毎日四人が揃うのは難しいかもしれないが、とにかく俺と詩依がふたりきりにさえならなければいいんじゃないか、とかるびは言った。誰かが間に合わなくても、最悪は俺と詩依とかるびか信一の三人集まればそのまま登校しようという話になっている。
そうすれば、仲の良いクラスメイト同士で登校しているという体裁を保てる……という目論見だ。
体裁というか、まあ実際にそうなりそうな気はするけども。昨日も四人で遅くまでLIMEのグループチャットでしょうもないことをずっと話していたくらいだし、実際に息は合っている。
「てかさー、昨日松野が送ってきた動画、くっそ怖かったんだけど!」
四人で校門を目指していると、かるびが信一に対して早速怒りをあらわにした。
昨日、夜に信一が『面白い動画を見つけた』と送ってきた縦長ショート動画があったのだが、それがジャンプスケア系のホラー動画だったのだ。俺も見たけれど、思わずびくっとなってしまった。
「面白かっただろ?」
「面白くない! てか普通に悲鳴上げて親から心配されたし!」
今日も元気に信一とかるびが抗争を繰り広げている。
ただ、暫く見ていると、もうこれは抗争と見せかけたじゃれ合いなのではないかと思えてきた。こいつらはこれできっと、これが最適なコミュニケーションの取り方なのだろう。コミュニケーション方法はそれぞれだが、俺と詩依よりも難しそうだ。
俺は隣の幼馴染に訊いた。
「そういや詩依はあの動画見た?」
「ううん。私、怖いの苦手だから……」
「あー、そういえばそうだったな。昔、怖い映画見た後寝れなくなったって言ってたもんな」
「それはッ……昔の話だし」
「ほんとかよ」
拗ねた様子の幼馴染をからかいながら、四人で通学路を歩く。
学校が近づいてきて生徒も増えてきたので、周囲にも軽く気を配っているが、俺たちに送られてくる視線は昨日ほどではなかった。
もちろん全くのゼロではなくて、ちらちらと見ている生徒はいる。でも、昨日みたいにあからさまな視線を浴びたり、『え、なにあれ』『何であのふたりが』みたいな空気になることはなかった。あくまでも、存在を認識されているというような雰囲気だ。
これまでの『雪村詩依』からすれば、この状況でも十分異常事態といえるだろう。詩依が男子と一緒にいることそれ自体が珍しいので、注目を集めてしまうのは仕方なかった。
でも、それが男女ふたりなのと、四人組では大きく印象が変わるようで……四人組であれば、昨日ほど悪目立ちはしないらしい。
周囲の雰囲気に、俺は思わず安堵の息を吐いた。
よかった。毎朝あんな風に色んな生徒から物珍しそうに見られるのは、正直気分が良いものではない。
ただ、男側のもう一方は、そうではなかったようだ。
「うええ……めちゃくちゃ見られてるじゃねーか。昨日も同じクラスの連中から質問攻めだったのに、こりゃまた今日は他のクラスの連中からも色々言われそうだ」
胃を擦りながら、信一がぼやいた。
あの後知ったことなのだが、俺たちと一緒に昼休みを過ごしたせいで、信一は信一で『何でお前が雪村詩依と一緒なんだ』と色々問い詰められたそうだ。
「いいじゃない。どうせこれまで注目されてこなかった人生なんだし、人から気に掛けられるだけ幸せでしょ?」
かるびの毒舌が光った。彼女は基本毒舌なのだが、相手が信一だとその火力が一・五倍ほど上がる。
かるびと信一は今年から同じクラスになったそうなのだが、割と気が合うらしく先月からこんなノリでいつも話していた。俺だったらちょっと頬が引き攣りそうなことでも平気で信一はボケたりツッコミを入れたりしているので、案外こいつも懐が広いのかもしれない。
いや、懐が広いからこうやって俺たちに付き合ってくれてるのかな。ふざけてはいるけれど、良い奴だ。
「こういう注目のされ方は嬉しくねーよ。しかも俺、あくまでもカモフラージュだからな?」
「カモフラージュなのはあたしも同じよ? まあ、あたしは別に他の人から恨まれるようなことはないけどね」
信一とかるびがじろりと俺たちを見つめた。
そう言われてしまうと胸が痛む。ふたりからすればいい迷惑だ。俺たちが変に浮かないように、スケープゴートみたいな役割を担わせてしまっているのだから。
「なんか、ほんと申し訳ない」
「ごめんね……?」
俺と詩依の肩が、一気に狭くなる。
頭が上がらない。しかし、信一とかるびは敢えてそんな風に振舞っていたのか、俺たちの反応を見て、一転してからかうような笑みを浮かべていた。
「いいってことよ! そん代わり、一緒に楽しいことしようぜ」
「今年は修学旅行もあるしねー。受験とか考えると、精一杯楽しめそうなのって今年ぐらいじゃん? どっか遊びにいったりとかもしようよ」
そう言ってもらえると、本当に助かる。
俺も詩依も、良い友達を持ったものだ──きっと、そんなことをお互い思いあったのだろう。俺と詩依は顔を見合わせ、互いに小さく笑った。
校門をくぐると、ふと空気が変わったような気がした。
まだ他愛ない話を続けながらも、俺たちは自然と足元へと意識を向け、昇降口に入っていく。ガチャ、と靴箱の扉を開ける音が続き、みんなそれぞれの上履きに履き替え始めた。
上履きのかかとをトンと鳴らして立ち上がったタイミングで、詩依の口から小さく「あっ」と小さく声が漏れた。振り返ると、彼女は何かに気づいたような表情で、口元には僅かに困ったような笑みを浮かべている。
「どうした?」
「私、そういえば今日日直だった……職員室、寄ってくね」
「あー、そっか。じゃあ──」
また後で、と言い掛けたところで、信一が俺の背中をどんと突き出した。
「……痛ってぇ。何だよ?」
「お姫様にひとりで行かせる気か? 荷物があるかもしれないだろ。一緒に行ってやれよ」
信一は俺に向けて小さくウィンクしてから、詩依の方を顎でしゃくった。かるびも同調するように、うむうむと頷く。
詩依は姫呼ばわりされたことが恥ずかしかったのか、もじもじと視線を伏せていた。
「……わかったよ」
俺は小さく溜め息を吐いて、詩依の隣に並んだ。
別に手伝うのは全然構わないんだけど、ここでふたりになったら四人で登校した意味がなくなるんじゃないだろうか? とはいえ、昇降口とか校門ほど人がいるわけじゃないし、まあいいか。
並んで歩く彼女の足音が、いつもより少しだけ近くに感じられた。廊下はまだ生徒がまばらで、話し声もどこか遠い。それなのに、隣に詩依がいるというだけで、心のどこかが妙に落ち着かない。
ほんの少し前までは、同じ廊下でただすれ違うだけの関係だったのに、今こうして詩依と並んで歩いている。なんだか、不思議な気持ちだった。
「……ごめんね。何だか、付き合わせちゃって」
詩依が申し訳なさそうに言った。
「いいっていいって。今日の一限目、いつもプリントとか冊子多いからな。手伝うくらい別に──」
そんな会話を交わしながら、廊下の角を曲がった時だった。
目の前にそれが現れて……息が詰まった感覚に襲われる。
そりゃ同じ学校に通ってんだから、当然こういうこともあるよな……そんなと諦めと気まずさみたいな感情が、一気に襲い掛かってきた。
ちょうど、相手も日直か何かで職員室を訪れていたのだろう。
ピンクブロンドの髪が目の前に現れて──即座に、それが誰だかわかってしまう。
莉音と、ばったりと鉢合わせてしまったのだ。




