第18話 それぞれの考え
賑やかな昼食を終えて、一息吐いた頃。
思い思いの姿勢で過ごしていると、信一が俺の方を見て「また桃真の話に戻るけどさ」と唐突に切り出した。
「莉音ちゃんとはただ『別れた』ってだけじゃなくて、やっぱちゃんと何されて別れたかって話は皆に言った方がいいんじゃねえの?」
いつになく、信一は神妙だった。
さっきの俺の話に腑に落ちないというか、何かを懸念しているというような、そんな表情だ。俺は訊き返した。
「え、何で?」
「だって、明らかにこの一件では桃真が被害者じゃないか。ただ『別れた』『振られた』だけだったらどっちも悪いか、振られた側が悪いイメージを持たれかねないだろ? でも、実際お前は何か悪いことをしたわけじゃない。何でそんな浮気尻軽女をお前が庇ってやんなきゃいけねーのかなって。俺はなんか納得できない」
信一の言い分もわかる気はした。
別に莉音を庇うつもりはないのだけれど、人によっては、そう受け取られる可能性もある。
「まあ……信一の気持ちもわかるし、俺もそう思わなくもないんだけどさ。でも、莉音にだってこれからがあるわけで。そんな印象下げるようなこと言っても、俺にいいことあんのかなって。実際、俺の何かが気に食わなくて浮気に発展したってのは間違いないんだろうし。それなら……『別れた』でいいんじゃねえの?」
これが俺の本音だった。
対外的に、どっちがいいか悪いかの話は、当人間ではあまり関係はない。
きっと莉音にとっては『浮気をされるような男だった桃真が悪い』のだろうし、俺からすれば『浮気をする方が悪い』となる。どちら側にとっても自分が良くて相手が悪いのだ。
まだ莉音としか付き合ったことがない俺が言うのも何だけど、きっと恋愛関係に於ける別れ話というのは、そういうことなのではないだろうか。
俺は続けた。
「それに、『浮気が本気になった』ってことはさ、これから保住の野郎と付き合うんだろ?︎だったら、何も言わないでそれぞれ別に生きりゃいいんじゃねーのって、俺は思うかな。もうお互い関わることないだろうし。つか、その状況で元カレが振られた理由をぎゃーぎゃー喚いてるのってさ、なんかダサくねーか?」
ダサいというか、余計にあいつらに会話のネタを提供してしまうのが癪なだけな気もする。
俺がぎゃーぎゃ喚いていたら、絶対にふたりして嘲笑していちゃつくネタにでもされるだろうし。そんなの、想像しただけで苛立ってくる。
ただ、どうやらそうとは受け取られなかったようで、皆感心したよう顔をしていた。詩依など、どこか惚けたようにぽかんと俺を見つめている。何でだ?
「うわ、何だよそれ。かっこいいかよ」
信一がそう呟くと、かるびが信一の肩に手を置いた。
「松野……これが、カノジョができる男とそうでない男の差よ」
「うるせえよ! おめーも彼氏いねーだろうがよ!」
何でか喧嘩を始めるふたり。
こいつらは仲が良いのか悪いのかどっちなんだ。相性は良さげな気もするけど。
「桃真の言いたいことはわかったけどさ」
信一はまた表情を神妙なものに戻して、続けた。
「でも、言わないことのデメリットもあると思うんだよな」
「デメリット?」
「そう。それが……詩依ちゃんだ」
信一が、詩依の方に顔を向けた。
いきなり自分の名前が出てくるとは思っておらず、詩依は困ったように「え、私?」と自分を指差していた。
「ああ。桃真と莉音ちゃんが別れた話については、まあ桃真の言う通りそれで終わったことにしていい。でも、その振られた次の日から桃真が詩依ちゃんと一緒にいるってのは、傍から見てて見え方が悪いっつーかさ。詩依ちゃんと仲良くしたいから莉音ちゃんと別れたんじゃないかって思う奴も、当然出てくるわけで」
「それ、あんたじゃん」
かるびが一言挟んだ。
「そうだけど!」と一部認めてから、信一は反論した。
「でも、詩依ちゃんと桃真が実は幼馴染だったって知らなかったら、そう見えるだろ。何より、詩依ちゃんのキャラがそうさせる。普段男子と話さないのに桃真とだけ仲良くしてたら、むしろ詩依ちゃんが莉音ちゃんから桃真を取ったんじゃないかって思われ兼ねない。もしそうなったら、被害者のはずの桃真が加害者になるし、詩依ちゃんも悪者になってしまう。で、一番悪いはずの浮気女が何故か被害者ヅラできるってならないか?」
「……なるほど」
信一の言い分には唸らされた。そういう考え方もあるのか。
俺と莉音については当事者間のことだからいいじゃんと思っていたけれど、ここで俺たちの破局が詩依にも飛び火してしまうわけだ。
詩依もそれを理解したのか、気まずそうに俯いた。
信一は続けた。
「そういう観点もあるからこそ、俺はちゃんと莉音ちゃんの浮気とか保住先輩についても言った方がいいって思ったんだよ。決して、ただ振った側に嫌がらせしたいとか、復讐したいとか、そんなみみっちいことが理由じゃないぞ!?」
「最後の一言のせいで、全部信ぴょう性なくなってんだよな」
「それなー」
俺のツッコミにかるびがうんうんと頷く。
そこでまた信一をからかう流れにいくかと思いきや、かるびは小さく笑って肩を竦めた。
「まー……松野の言ってることもわかるよ。実は、今回こうやってイツメンになろうって言ったの、そこの対策でもあるんだよね」
「……? どういうこと?」
詩依も聞いていなかったらしく、首を傾げた。
「あたしはさ、前からちょっと色々聞いてて……もしかしたら柏木さんが浮気しててふたりが別れることは有り得るって思ってたからさ。朝、しーちゃんと三浦くんを見て、『これはまずいかも』って思ったんだよね。松野が言ったみたいに、しーちゃんと三浦くんが悪者にされるかもって思ったのはあたしも同じだったから。そんで、こうやって声を掛けたってわけ。四人なら、話しててもそんなに気にならないでしょ?」
かるびが少しどや顔を見せた。
これには信一も驚いたようで、唖然としている。
「かるび、お前……もしかして、天才か?」
「ふっふっふ、これからは天才かるびちゃんと呼びなさい」
「かるびって自認してるじゃん」
「……あっ」
そこで、四人の間に笑いが起こった。
さっきまでのシリアスの雰囲気も、いつの間にか笑いに変わってしまって。友達っていいなと思わされた瞬間だ。
詩依、いい友達を持ってたんだな。ちょっと安心した。小学生の頃はあんまり同性の友達がいなかったから、俺がずっと一緒にいたというのもあったんだけど。
もしかすると、以前から詩依はかるびに相談していたのだろうか? 俺とまた話したいとか、そういうことも含めて。
だったら、何だかもったいないことをしていたな。もっと早くに、こうして詩依と学校生活を送れていたのかもしれないのに。
「……ごめんね。私が考えなしで、朝誘っちゃって」
詩依はそう言って、困り顔で笑った。
「バカ。俺のこと心配してくれてたじゃんか。全然考えなしじゃないだろ。実際、詩依のお陰ですっげー朝も助かったからさ……むしろ、謝るのはこっちだよ。迷惑かけて悪かった」
「そんな、全然! 私は……何も迷惑だなんて思ってないから」
どこか照れ臭そうに、詩依が目を細めた。
そう言ってくれるなら俺も嬉しい。
信一の言うように、見方によってはあらぬ疑いが詩依にもかかる可能性もあるわけで。それなのに、こうして言ってくれるのが、本当に有り難かった。
「かるびもこう言ってくれてることだし、一旦様子見ってことでいいんじゃないか? 実際俺から莉音のことをあんま悪くも言いたくはないからさ。もうこのまま、関わらなきゃいいって思ってるし。あいつはあいつで保住と付き合って、俺は俺で楽しく生きる。それで収まるんなら、多分それが一番綺麗だろ」
俺はそう結論付けた。
今のところは、それで問題ないはずだ。莉音が何か言い始めたり、或いは実際問題として詩依に迷惑が掛かってきたら、またその時考えればいい。
俺がそう言うと、かるびが「なるほどねー」と感心したような、どこかからかうような笑みを浮かべた。
「何だよ?」
「いや、しーちゃんが何で三浦くんのことを──」
「ミサちゃん!」
かるびが何か言おうとしたところで詩依がいきなりかるびの口を押え、そこで昼休み終了の予鈴が鳴った。
何だ? 何で詩依がここまで慌てるんだろう? こんなに焦ったところ、これまで見たことがないんだけど。
意味がわからず信一の方を見てみると、信一はどこか呆れた様子でやれやれと肩を竦めたのだった。
……あれ? もしかして、俺だけ何か見過ごしてる?