第17話 屋上に響く悲鳴
「はー、なるほどねー! お前ら、ご近所さんの幼馴染だったのかァ」
信一が感心した様子で俺と詩依を見比べつつ、弁当を箸で突いた。
昼休み──俺と詩依は、かるびと信一に連れられ、屋上で昼食を取っていた。かるび曰く、今日から俺たち四人はイツメンになるらしく、こうしてお昼や休み時間をともに過ごすことになるようだ。なんでそれが決定事項なんだと思ったが、詩依と上手く学校内でも話すためにはそれも仕方ないかと折れた。
朝の口ぶりからして、かるびはある程度詩依から事情を聞いていそうだったので──そもそも俺のことをかるびに話していたというのも驚きなのだが──信一はというと、俺と詩依のことも、そして莉音のことも全く知らない。わけがわからないままここにいるのも可哀想だと思ったので、今俺と詩依の関係についてはあらかた説明した。
本当は休み時間からせがまれていたのだが、教室で多くの人間が聞き耳を立てる中事情を説明するのも嫌だったので、昼休みまで待ってもらったのだ。
信一が訊いた。
「幼馴染で昔仲良かったならその距離感にも納得だな。で、何でまたいきなり話すようになったんだよ? 中学ん時から話してなかったんだろ?」
「あー……えっと」
俺が苦い笑みを浮かべて詩依をちらりと見ると、彼女も気まずそうにしていた。
あまり言いたくないが、詩依の口から説明させるわけにもいかないだろう。
「それも、俺と莉音が別れたことと関係してて……かくかくしかじか」
「んー、なるほどぉ……って、わかるか! ちゃんと説明しろよ」
「ちっ。ったく、漫画みたいにわかれよな。物わかりの悪い野郎だ」
「いや、むしろそれでわかったら俺が凄すぎないか!?」
信一のツッコミにもっともだと頷きつつ、小さく溜め息を吐く。
まあ、事情を話すなら避けては通れないことだ。
結局、俺は「他の人には言わないでほしいんだけど」と前置いた上で、莉音と保住についても話すことにした。話すといっても、俺の知っていることなんて、先月からどうやら保住と莉音は関係があったらしく、俺との約束は全てすっぽかしてふたりはお楽しみだったことくらいなんだけど。
そんな中で昨日、俺はラブホ街に向かうふたりを見つけてしまって……浮気がバレた莉音は、開き直って俺をその場で振り、ふたりでホテルに入っていった。
事実として言えば、本当にそれだけ。それ以上でもそれ以下でもない。あれだけ傷ついていたのに、こんなにあっさり説明できてしまうのも辛かった。
「そんな……酷い。あんまりだよ」
話を聞き終えると、詩依はまるで自分が振られたみたいに辛そうに眉を顰めていた。何だか、今にも泣きだしてしまいそうだ。
そういえば、詩依も何となく事情を察していただけで、その詳細については昨日話していなかった。思っていたより酷い状況だったので、ショックを受けているようだ。
信一とかるびの反応も同様で、その流れには愕然としていた。
「桃真。お前……マジかよ。それはさすがに辛すぎるだろ」
「きっつ。そのままホテル入ってくとかどういう神経してるわけ? 冗談でも脳が破壊されるやつとか言えないわよ」
言ってるだろ、というツッコミは俺の喉元で何とか留めた。
今はツッコミを入れる気分ではない。
「その脳が破壊されるってのもあながち間違いじゃなくてさ。マジで何も考えられなくなって、どうやって帰ったのかも覚えてないんだよな」
俺は苦い笑みを浮かべた。
恋人や配偶者が寝取られることは、人間が生物として感じうる最大限のストレスなのだと思う。部活で試合に負けたり、何かに失敗したり……俺だって悔しい思いは過去にしたことがあるけれど、そのどれとも比べ物にならないショックだった。もう二度と経験したくない。
「そんで……俺がそんな感じでメンタル死んでた時、詩依が声を掛けてくれたんだ。実際こうやってまともに戻れたのって、詩依のお陰でさ。だから、ほんと感謝してる」
詩依の方を見てしっかりと伝える。
飯や着替え、風呂のお礼は伝えていたけれど、このことに関しては言っていなかった。
ふたりきりだと余計に恥ずかしいので、こうして周りに誰かがいると、言いやすい。それに、説明も客観的にできたように思う。これも皆のお陰だろうか。
「……私は何もしてないよ」
詩依は少しはにかんで、首を小さく横に振った。
何もしてないわけがない。至れり尽くせりだった。
かるびはそんな詩依を見て「ほお」と笑みを浮かべると、「しーちゃん、やるじゃん~」と肘でツンツンと突いていた。
「もう、そういうのはいいってば」
詩依は顔を赤くして俯き、そう弱々しくかるびに言い返す。しかし、かるびのニヤニヤは収まらなかった。
一方の信一はというと、結構ショックを受けていた。詩依との幼馴染関係が修復したという話よりも、莉音の浮気の方が衝撃としては大きかったらしい。
実際、詩依やかるびは莉音と話したことはないので他人そのものだが、信一にとってはそうではない。莉音が教室に遊びにきた時、俺を挟んで彼女とも話したことがあった。
「いや、マジかー。莉音ちゃん、そういうことする子だと思ってなかったんだけどな~……普通に良いカップルだと思ってたのに」
信一が大きく溜め息を吐いてぽそりと言うと、さっきまでとは打って変わって、詩依の表情が眉をハの字にして視線を落とした。どこかしょんぼりしているように見えなくもない。
何でお前がそんな顔するんだよ、と思っていると……その直後。隣の信一が、悲鳴を上げた。
「──いってえええええっ!」
かるびの持っていた爪楊枝が、信一の太ももにブッ刺さっていたのだ。
「は!? え!? 刺さってるんだけど!? なんで!? なんで刺されたの、俺!?」
「あんたがデリカシーないこと言うからでしょうが!」
「はい!? 俺今そんな変なこと言ってなくない!?」
「うっさい! 黙れ!」
かるびはもう一度信一の太ももに爪楊枝を突き立てた。
信一の悲鳴が屋上に響き渡って……俺と詩依は顔を見合わせると、そこで思わず笑ってしまった。
……なるほど。かるびの提案は、案外悪くない。辛いことも、こうして友達と笑い合っていれば、薄らぐから。
今この瞬間、俺は詩依と信一、そしてかるびに救われていた。
 





