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第15話 「は? 意味わかんないんだけど」(莉音回)

 全てあたしが原因だというのはわかっていた。

 保住先輩の口車に乗せられて、うっかり流されてシてしまって。桃真を影で裏切り続けていたくせに、何故か取り繕おうとしていて。それがバレて、やっぱり傷付けてしまった。

 あたしから好きになって、あたしから告白して、桃真はそれに応えてくれて、大事にしてくれていたのに……結局あたしは何がしたかったのだろう?

 この数週間、ずっとそんな風に自問自答していた。

 あの時、流されてしまった自分を引っ叩いてやりたい。そう思う自分がいるくせに……保住先輩に呼び出されると、ほいほいと付いて行ってしまう自分もいて。罪悪感は、どんどん蓄積していった。

 こうなってしまった今だからわかるけど、あたしはきっと、問題を後回しにしたかっただけなんだと思う。

 桃真を裏切ってしまった罪悪感を、彼に悟られたくなくて。彼との約束をドタキャンして、楽な方に、気持ちいい方に逃げていた。

 ヤっている間は、何も考えなくて済むから。あの男の性欲に呑まれているだけで、そこに身を委ねていれば、勝手に気持ちよくしてくれるから。

 そうやって募る罪悪感から目を背けて、問題をずっと後回しにしていた。

 もともと保住先輩とだってこうなるつもりはなかったし、あたしにはその気もなかった。というか、知り合ったのだってほんとについ最近だ。

 共通の知り合いに野球部のマネージャーの子がいて、その子と話している時に間に入ってきたのが保住先輩。先輩が野球部のエースだというのはその子から聞いていたから、名前と顔だけは前から知ってる、くらいの認識だった。

 そこで先輩から連絡先を聞かれて、少しずつ連絡をするようになって。

 それから「お前彼氏いるんだ? 彼氏とはどうなの?」と訊かれて、桃真とのことも話し出した。

 身近な男子に桃真とのことを相談するのは嫌だったから、ある意味少しあたしたちとは遠い存在の男性に相談できる、くらいの感覚で話していたのだけれど……それが間違いだった。

 ただ、あたしにも悩みがあったのは事実で。

 桃真は確かに優しくて大切にしてくれていたのだけれど、その優しさが果たして恋人に向ける優しさなのか、誰にでも向けている優しさなのかの区別が、ちょっとあたしにはつかなかったのだ。

 女として見られていないんじゃないか、という何となくの不安と焦り。付き合って二か月経ってもまだキスが数回程度で、手だって数えるくらいしか繋いだことがなかった。それもあたしからせがんでようやく実現したといった感じだ。スタイルにはそこそこ自信があったのだけれど、ボディタッチをしてくる気配さえない。

 でも、一年生の時はそこまででもなかった。クラスも同じだったし、よく会っていたし。まあこんなもんだよね、くらいの感覚。それでいいと思っていた。

 でも、二年に進級してから、その焦りと不安が明確な形となって、あたしの中に現れた。

 二年になってからは桃真とはクラスが別々になったので、あたしはよく桃真のクラスまで遊びに行っていた。

 そんなある日のこと。ふと、廊下から教室の中を覗いてみると──桃真が、目だけである女子を追っていたのだ。

 彼と同じクラスの女子・雪村詩依(ゆきむらしより)

 雪村詩依を知らない人は、たぶんこの学校にはいない。あたしは話したこともないし、関わりもなかったけれど、それでも名前とその存在くらいは知っていた。

 黒髪清楚と絵に描いたような美少女で、如何にも男子が好きそうな女の子。タイプは全然違うけど、初めて見た時はあたしだって可愛いと思ってしまったくらいだ。それでいて基本男子とは話さなくて、理想的な処女性みたいなものを守っている。何人もの男子が告白して玉砕したって聞いたし、一年の頃知り合いの男子も密かに振られていたそうだ。

 とはいえ、接点はないし、これからも関わることもないと思っていたのに……桃真がその子を目で追っていた。その事実が、ただただショックだった。

 もちろん、こんなことは桃真には言えない。せいぜい、「ああいう子が好きなの?」と冗談めかしに訊いてみた程度だ。彼は「まさか」と彼は笑って否定していたけれど、でも、どこか無理をして誤魔化しているようにも思えてしまった。

 ただの被害妄想だ、気にする必要なんてないと自分に言い聞かせていたけれど、やっぱり心の奥底でモヤモヤは残っていて。ちょうどその前後で保住先輩と知り合って連絡を取り合っていたので、つい彼氏について訊かれた時に愚痴ってしまった。

 それが、誤ちの始まりだ。

 最初はテキスト上でのやり取りだったのに、そのうち通話になって、愚痴を聞いてもらうという名目で直接会おうという話になって。マネージャーの子もいるというから遊びに行ったのに、実はそれが嘘でふたりきりになってしまって、その後はなし崩しで押し倒されてしまった。

 でも……単純に、自分が求められて嬉しかったというのもあったのだと思う。桃真から女として好きだと思われているのかがわからなくて、それに加えて雪村詩依のこともあって……あたしは女としての自信を失っていたから。あたしの失いつつあった自信を、保住先輩の欲望が満たしてくれた。あたしが先輩の誘いを断れなかったのは、きっとそれもある。

 そこからは……ずっと、彼にされるまま。あたしは快楽に身を任せて、現実から目を背け続けた。

 目が覚めたのは、昨日。傷ついた桃真を見た時だった。

 その傷ついた表情から、彼があたしを大事にしてくれていたっていうのが痛い程伝わってきた。本当に大切にしていないと、本当に大切な人から裏切られないと、あんな顔にはならないから。

 自分の犯した過ちの大きさに、その時初めて気付いた。あたしは、あたしの人生で初めてできた彼氏に、こんな顔をさせてしまうようなことをしていたんだって。一番綺麗な恋愛だったはずなのに、あたしが泥を塗って最低な終わらせ方をしてしまったんだって。一時の不安や焦りで全て台無しにしてしまったんだって、やっと気付いた。

『浮気が本気になった』というのも、咄嗟に思いついたことを言っただけ。そう言えば、あの状況でもまだ彼が傷付く度合いが少ないのではないか、と思ったのだ。実際、全然本気になんてなってない。お互いに、セフレ同然としか見ていないと思う。

 昨日、家に帰ってから何度も彼に謝ろうと思った。

 取り返しのつかないことをしてしまったのはわかっている。もう戻れないのもわかっていたけれど、それでもせめて謝りたかった。

 でも……散々他の男に気持ちよくさせてもらった後に、何をどう謝れるというのだろう? どんな誠実な謝罪の言葉もとんでもなく汚れた嘘にしか思えなくて、結局何も送れなかった。

 だから、今日は不安だった。

 桃真と顔を合わせた時、どうしようって。きっと傷ついてる。あたしのことを恨んでる。そんな桃真を前にした時、どんな顔をすればいいんだろうって。

 そう思っていたのに──。


「……は? なに、それ。意味わかんないんだけど」


 正門で一組の男女を見掛けた時、あたしの口からはそんな言葉が漏れていた。

 桃真が女と一緒に登校していたのだ。それだけなら、そこまで気にしなかったと思う。

 しかし、その女は……あの『雪村詩依』だったのだ。

 意味がわからなかった。全然話したこともないって言ってたのに。何であんなに仲良さそうに話しているのかがわからない。

 同じクラスだから偶然話したとか? でも、そんなことって有り得る?

 雪村詩依は、基本男子とはあまり話さなくて、どちらかというと苦手だと聞いていた。男子が用も無く話し掛けると、すぐに気まずそうに話を終わらされてしまうそうだ。どうやっても会話が続かないらしい。他の女子にも話を聞いてみたのだけれど、概ねその認識に間違いはなかった。

 でも、今目の前にいる雪村詩依は、全然そうではなかった。気まずそうどころか、むしろ楽しそうに笑っている。

 そして──同じ女だからこそ、彼を好きだったからこそ、一瞬でわかってしまった。

 雪村詩依は、おそらく桃真のことが好きだ。

 そして、それはきっと桃真も同じで……桃真が雪村詩依に見せている表情を、あたしは見たことがなかった。

 あんなに自然体で優しい顔を、あたしはされたことがない。


「なんだ……そっちも、同じなんじゃん」


 何かが壊れていく音がした。

 汚れているのがあたしだけだと思っていた。そうであってほしかった。桃真が綺麗でいてくれたら、ただあたしがクズだったで終わらせられる話なのだから。

 でも……じゃあ、ふたりとも汚かったら?

 あたしが汚れるまでは綺麗だと思っていたあの思い出さえも、最初から汚れてたってこと? あたしとの思い出も、嘘だったの? あたしがドキドキしてたのも、初めて手を繋いで帰った日はなかなか手を洗えなかったのも、キスをして舞い上がっていたのも、全部最初から汚れてたってこと……?

 ふざけないでよ。

 せめてあたしが汚れてた、あたしがクズだったで終わらせてよ。それなら、まだ救いがあったのに。せめてあたしの中の綺麗な思い出だけは、守れたのに。

 ねえ、桃真。いつからその女のこと好きだったの?

 いつからその女は桃真のことが好きだったの?

 あたしのこと、もしかしてずっと邪魔だった……?


「……ふざけんな」


 心の声が呪詛となって、口元から溢れた。

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