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第11話 また、昔みたいに。

「えっと……じゃあ、帰るわ。風呂とか夕飯とか服とか、色々ありがとな」


 まだ水分を含んだままの制服とカバンを担いで、玄関口で靴を履く。

 詩依とは食事中から何となく気まずい空気になってしまって、食後に食器を一緒に洗っている間も、俺たちはどこかぎこちなかった。

 何とか間を持たせるためにもう一度スト6でもやろうかと思ったタイミングで詩依のスマホが鳴って、タイムリミット。どうやら、そろそろおばさんが帰ってくるそうだ。

 さすがにこの状態を見られるのは色々勘繰られるというか、おばさんに変な誤解や心配を生みかねないので、俺はお暇することにした。

 詩依は気にしなくていいと言ってくれたが、さすがにこっちが気にする。

 いくら幼馴染と雖も、娘が年頃の男とふたりきりで数時間過ごしていたと知ったら、おばさんだって色々思うところはあるだろう。何もないと言っても信じてもらえないかもしれないし、そうなったらうちの母親にも連絡がいって、もっと面倒なことが起こりかねない。

 今日、詩依には救われた。ここまで世話になって、迷惑を掛けるわけにもいかない。

 どうしてまた詩依と話すようになったとか、家に来ることになったとか、その説明を今求められるのも若干辛かった、というのもある。否応なしに、莉音との別れについても話さなければならなくなりそうだからだ。

 それを説明すると、やや不服そうではあったものの、詩依も納得してくれた。


「おじさんのジャージは、今日中に洗って明日にでも返すよ。今からなら、多分母さんが帰ってくるまでに乾燥機回せると思うし」


 時計をちらりと見て、言った。

 今は19時ちょうど。うちの母親のパートが終わるのが22時ジャストくらいで、帰ってくるのが半くらい。3時間あれば、ぎりぎり乾燥機で乾くはずだ。

 自分の洗濯物と混ぜて明日親に頼んでもいいのだが、「あんたこんな服持ってたっけ?」と目ざとく気付かれる可能性もある。それはそれで面倒なので、やはりこっそり洗って返すのが一番良さそうだ。

 ちなみに俺は今、上は自分のインナーとワイシャツ、下はおじさんのジャージという不格好ないでたち。シャツやらインナーやらパンツやらは乾いて戻ってきたのだが──いつもと異なる柔軟剤の香りだから、何だか変な感じだ──制服はまだ湿っているので、ジャージだけ借りることにしたのだ。

 借りると言っても、俺の部屋は一階上だし、誰かに見られることもないだろう。自分の家に帰ってすぐに着替えれば問題ない。


「そんなに急がなくても、返すのはいつでもいいよ? 私がこっそり戻しておくし」

「いや、おじさんがジャージなかったら困るだろ。あと……ちゃんと洗って返したいからな」

「気にしなくていいのに」


 詩依は眉をハの字にして、どこか残念そうに言った。

 そんなに世話を焼きたいのだろうか。こいつ、こんなに世話焼きだっけ?

 何だか、それもちょっとイメージにない。昔はどちらかというと、俺の方があれこれ気にして世話を焼いていた記憶がある。

 ……それは、詩依のことが好きだったから、なんだろうけど。


「制服、明日までに乾くかな……?」

「夜通し部屋干ししとけば大丈夫じゃないかな。まあ、明日着れるくらいには乾くだろ。……あ、そういや、アイロンかけてくれてありだとな」

「ううん。これくらい、全然だよ」


 詩依は柔らかく微笑んだ。

 ただ洗濯するに飽き足らず、俺のワイシャツにアイロンまでかけてくれたのだ。それくらい自分でやると言ったのだけれど、どうしても譲ってくれなかった。

 何だか、昔よりちょっと頑固になった気がしなくもない。


「てか、結構ひとりの時間長いんだな。詩依」


 詩依の両親は共働きで、おばさんは大体いつも19時半から20時くらい、おじさんが22時頃に帰ってくるらしい。

 言われて、そういえば昔からそうだったなと思い出した。その関係で、おばさんが帰ってくるまで詩依はよくうちで過ごしていた。当時はうちの母親もパートに出ていなかったので、俺たちの面倒を見れたのだろう。知らないところで保護者同士の助け合いなんかも色々ありそうだ。

 詩依が顎に手を当て、小首を傾げた。


「あー……言われてみればそうかも。でも、あんまり気にしたことなかったよ? 中学の時は部活してたし、今も家事とか勉強とかしてるとすぐにお母さん帰ってくる時間になるから」

「そっか」


 とはいえ、年頃の娘がひとりというのは親御さん的に不安ではないだろうか?

 さすがにマンションだから大丈夫だとは思うけれど、色々物騒な世の中だし。

 詩依がどの程度自覚しているのかわからないけれど、こいつはモテるし容姿もいい。変な男に付け回されて、とかもあるかもしれない。

 そんな可能性に行き当たった時……気付けば、俺はそんなことを言っていた。


「……もしひとりでいるのが退屈だとか、困ったことがあったりだとかあったら、呼んでくれていいよ。母さんがパートの日、どうせ俺もひとりだしさ」

「えっ……?」


 詩依は小さく声を漏らし、驚いたように目を見開いた。

 まじまじとこちらを見つめるその瞳は長い睫毛を透いて青み掛かった宝石のようで、思わず吸い込まれそうになってしまう。

 まるで、俺の発言そのものが信じられなくて、驚いているようだった。


「……どうした?」

「う、ううん! 桃真くんからそんなこと言ってくれるって思ってなかったから、ちょっとびっくりしちゃって。それなら、また遊びに来てほしいな……?」

「もちろん」


 そこで顔を見合わせ、同時に吹き出す。

 同じマンションで一階しか違わない超ご近所さんで、物心ついた頃くらいから毎日のように会っていたのに、今更ながらこんなやり取りをしていることが何だか可笑しかった。


「なんか不思議だよな。もう何年も話してなかったのに、普通に昔みたいになってたし」

「それは、だって……ご近所さんだし、幼馴染だから」


 はにかんで、詩依が言った。

 同じようなことを考えていたというのがわかって、こっちも嬉しくなってくる。

 幼馴染って、不思議な関係だ。全然交流がなくなれば他人みたいになってしまうのに、切っ掛けさえあれば一瞬で昔みたいに戻れるのだから。


「じゃあ、そろそろ帰るわ。また明日──」

「あ、あのっ」


 ドアノブに手を掛けた時、詩依が慌てて俺を呼び止める。

 どこか不安と緊張が入り混じったような表情だった。


「昔みたいに、学校とかでも話していい……?」


 彼女は上目遣いで、おずおずとして言った。

 予想もしていなかった提案。答えはもちろん、決まっている。


「そんなの、訊くまでもないだろ? てかさ、ほんとは俺もずっと話したかったんだよな。でも、タイミングも、今更どう話し掛ければいいのかわかんなくてさ。あと、なんか小っ恥ずかしかったし」

「実は、私も」


 お互いに、照れ笑いを交わす。

 もしかすると、詩依も俺と同じような気持ちだったのだろうか。

 俺みたいに、初恋とかではないんだろうけども……それでも、詩依もそう思ってくれていたのなら、嬉しい。


「桃真くん」


 ドアを開けたところで、もう一度詩依から呼び止められた。

 振り返ると──


「またね?」


 彼女は嫣然としてそう言って、小さく手を振った。

 それは昔みたいだけど、お互いにもう子供ではなくて。

 同じ『またね』のはずなのに、その声音には照れくささとあたたかさが同居していて、何だかむず痒くなってくる。


「……おう」


 そう応えてみせてから、そっと扉を閉めた。

 五年ぶりの幼馴染との会話の切っ掛けは、まさかの俺の失恋だった。

 本当だったらもっと悲しくて辛いはずだったのに……俺の心は、妙に軽かった。

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