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第10話 幼馴染さんのとんでも発言

「え……? それって、どういう……?」


 ──どうして柏木さんだったの?

 疎遠だった幼馴染からの予想外の質問に、俺は言葉を詰まらせた。

 質問の意図がわからないし……それに何より、その問いが純粋な疑問でないことも何となく伝わってくる。詩依の声音には、若干苛立ちというか納得できなさというか、そういったネガティブな感情が篭っているように感じられたのだ。


「だって……桃真くんの好みと、全然違うし。ああいう派手な感じの人、あんまり好きじゃないって思ってたから」


 どこか不貞腐れたように、詩依は言った。

 あれ、と驚く。詩依の不機嫌さは、俺の予想外の理由から来ているようだった。

 莉音が俺の好みかどうかって、今関係あるのだろうか?

 ただ、その指摘は確かに的を射ている部分もある。彼女の言う通り、莉音が俺の好みにドンピシャかというと、実はそういうわけではなかった。

 というか、そもそも──


「……何で詩依が俺の好み知ってんの?」


 ふと浮かんだ疑問を、そのまま口にしてみる。

 すると、かしゃんとスプーンが皿に落ちた音がした。さっきの深刻そうな表情とは打って変わり、詩依が顔を赤らめている。

 彼女はやや声を荒げた。


「む、昔ッ」

「はい? 昔?」

「……昔。一緒に音楽番組見てた時、アイドルグループの子たちが出てて……どの子が好きなのって訊いたら、髪長くて黒髪で清楚な子って、桃真くん言ってたから」


 詩依は俺から逃げるようにして視線を逸らし、そっと自分の長い髪を撫でた。

 なんだ、その話は。全然記憶にないのだけれど。昔の俺、そんなノンデリ発言してたのか?


「まー……それでいうと、莉音は確かに全然好みとは違ったんだけど。別に自分の好みだけで付き合うかどうか決めんのも違うかなって思ってさ」


 逃げるようにシチューを口に運び、目線を詩依から興味のないテレビへと向ける。

 本当に俺の好みど真ん中の子は今目の前にいて。でも、その子とは疎遠になった上に、皆から好かれていて手の届かない高嶺の花になってしまっていて。

 だから、たとえば仮に、超超仮にの話ではあるが、自分の好みの子から告白されたとしても……俺は、その子の告白に応えられるかどうか、ちょっとわからない。

 どうしても、比べてしまう子がいるから。その比較は、その子に対して失礼だと思ってしまうのだ。

 そういった意味で、莉音からの告白は、彼女が()()()()()()()()()()とは随分とタイプが違っていたので、素直に受け入れることができた。初恋を思い出さずに、そして初恋と比べずに済むから。


「……柏木さん、可愛いもんね。胸も大きいし」


 そんな俺の気など露ほども知らず、詩依が不機嫌そうに言う。

 だから、何でお前はさっきからちょっと怒ってるんだよ。


「そうじゃなくて! いや、まあ事実としてある部分は否定できないんだけど。でも、そういうんじゃなくて……人生で告白されたのなんて初めてだったしさ。好きって言われて嬉しかったし。だから、自分のことを好きって言って、求めてくれる子を幸せにしたいって……そう思っただけなんだよ」


 それがきっと、莉音の告白を受け入れた素直な気持ちだったのだと思う。

 そして、俺の心の奥底には……もうどうやっても取り戻せそうにない初恋を、完全に過去のものにしたかったという思いもあったのかもしれない。


「……そうなんだ」


 詩依は相変わらずどこか納得いかなそうに、眉根を寄せて難しい顔をしていた。


「いや、まあ……よく素性のわかってなかった相手に対して、自分でもチョロかったって思ってるよ」


 俺は自嘲的に笑って、肩を竦めた。

 チョロかったのは事実。上手く騙されてしまったのも事実。でも、やっぱりどうしても納得のいかない部分も確かにあって。

 この数か月間のやり取り全てが嘘で遊ばれていたのかというと、そうではないようにも思う。まあ、今更何を言っても手遅れであるし、莉音が俺を裏切ったという事実は変わらないわけだけれども。


「その結果がこれなんだから、ざまぁないだろ? せいぜい笑ってくれよ」

「笑わないよ」


 詩依は呆れたように小さく溜め息を吐いて、まるで独り言のように、こう続けていた。


「でも、それなら……私にしとけばいいのに」


 凄く小さな声だった。

 殆ど聞き取れるかどうかといったくらいの、小さな声。それはきっと独り言でさえなくて、心の中で呟いたことがそのまま漏れ出てしまったというだけなのだろう。

 一瞬の沈黙。何かが零れてしまったことに気付いたように、詩依の肩が小さく揺れ──


「──!? あ、え!? わ、私……今、何か言ってた……?」


 びくっと身体を強張らせて、慌てて両手で口を覆っている。

 今更口を押えても遅いとは思うのだけども。


「いや、あんま聞こえなかったけど。今何て──」

「え、えっと! 桃真くん! シチュー、まだたくんさんあるんだけどッ……おかわり、いる!?」


 俺の思考と発言を遮るかのように、詩依はまだ半分近く残っている俺のシチュー皿をぶん取った。


「へ? ああ、じゃあ頂こ──」


 答えを言い切る前には、気づけばシチュー皿も詩依の姿もリビングから消え、彼女は台所でお鍋の方に向かっていた。瞬間移動か? めちゃくちゃ早かったんだけど。

 それにしても……さっき、なんて言ってたんだろう?

 私にしとけばどうとかって言ってたような気がするんだけど、さすがに聞き間違いか。そんなこと、男を選びたい放題の詩依が言うはずない。

 ……ないよな?

 シチューをお皿によそう彼女の背中は、もちろん何も答えてくれなかった。

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