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無情

突如沸き起こった国難は、応援に駆け付けた他国の協力もあり終わりを迎えた。


多くの人が亡くなり、身体的・精神的苦痛で苦しむ人が多数存在している中、遅々として進まないインフラの再建に人々は疲弊しきっていた。通信環境も徐々には復活していたが、憶測と現実、真実と虚構が入り混じって、誰もが疑心暗鬼になっていた。生活物資は不足し、日本中は未だ混沌としていたが、その中でも懸命に生きようと人々は必死だった。


ある人は失われたコミュニティを再建させるために駆け回り、またある人は政府の手が回らない地域で支援物資を配給していた。食料不足を解消しようと慣れない農業を始める人もいたし、比較的ダメージの少ない地域の人たちは率先して被害の回復に動いていた。


夏も秋もとうに過ぎ、冬の気配が深まる頃。


冬華は病院のベッドに横たわっていた。

 多くの医療施設が破壊され機能を失った当初は、感染症や慢性疾患への対応が困難な状況だった。しかし最近はやっと改善されつつある。


彼女は何とか一命をとりとめていた。だが、意識は未だ回復していない。

身体中に繋がれていたコード類は徐々にではあるが減ってきている。脳波計のモニターが毎日緩やかなリズムを刻んでいた。


鷲は病室の窓から外を眺めていた。彼は海外から戻ってきた両親に冬華の話をし、一緒にいたいと告げた。鷲の家族は身寄りのない冬華を案じて、鷲の申出を快く引き受けてくれた。それから毎日、彼はこうやって彼女の傍にいる。


病室の窓からは中庭が見えた。

あの惨劇などなかったかのように、レンガ造りの花壇には最近植えられた小さな花が寒さに負けず色づいていた。今日は天気がいい事もあり、散歩をしている人の姿も見える。


 ゆかりんは御堂と会話をしながら時折、冬華の顔を覗き込んでいた。彼らもまた、毎日冬華のもとを訪れて声をかけていた。


「冬華、今日はこんなに天気が良いよ。ほら、雲が流れている」

 ゆかりんがいつものように声をかける。意識がないように見えても、聴覚は最後まで働く可能性があると医師から告げられ、彼女は毎日、日常の出来事を伝えていた。


ふと、今まで一度も動かなかった彼女の瞼が動いた。

「え? え? 冬華? 気が付いたの?」

「お、おい鷲」

 御堂が慌てて鷲を呼ぶ。

「私、先生を呼んでくる」

 ゆかりんが、慌てて廊下に飛び出した。


「冬華! わかるか? 僕だ。目を覚ましてくれ!」

 鷲の呼びかけに、ずっと閉じられていた瞼がゆっくりと開かれた。

「えっと……ここは?」

 ゆっくりと目を開けた冬華はか細い声を出して首を傾げた。

「ここは病院だよ! 冬華、良かった! 本当に良かった!」

 鷲は興奮気味に叫び、布団から出ていた冬華の手を握りしめた。

だが、冬華は不安そうに握られた手に視線を落とす。そして満面の笑みで彼女を見る鷲に告げた。

「あの……すみません。あなた、誰です?」


 程なくして冬華を診察した医師が険しい顔で鷲に告げた。

「おそらく逆行性健忘だと思われます。外傷により脳が損傷した際に、記憶を司る海馬がダメージを受けているようです。診察したところ、これからの生活で新しい記憶を造るのは可能でしょう。しかし、過去を思い出すのは不可能かもしれません。日常生活に必要な動作は行えるようなので、記憶が戻るのを気長に待ちましょう」

彼女の記憶からは、鷲との思い出すべてが消し去られていた。



 冬華のことはゆかりんに任せ、鷲と御堂は病室があるフロアのロビーに向かった。ロビーと言っても楕円形をしたテーブルが一つ置かれ、周囲には椅子が五脚ほど並べられているだけ。他には自動販売機や給湯設備がある簡単なものだ。

 御堂は自動販売機でコーラを二本買い、一つを鷲に差しだした。

「ほら、前に飲みたいって言ってただろ」

 差しだされたコーラを受け取りながら鷲は少し考える。

「ああ。ずいぶんと前の話だね。あれは確か、まだ冬華が覚醒する前だった」

 あれは夏の初め、夏祭りで興俄と一緒にいる冬華を見かけた時だった。鷲は居ても立っても居られなくて、二人のもとに駆け出したのだ。あれからまだ半年しかたっていないが、ずいぶん昔のことのように思えた。


「それで、医者は何て言ってるんだ?」

 心配そうに尋ねる御堂に、鷲は医師から聞いた話を伝えた。

「冬華は前世はおろか、今の自分自身も分からないんだ。勿論、僕のことも」

 全てを聞いた御堂は、悲しいような憐れんでいるような顔で鷲を見た。

「そうか……せっかく意識が戻ったのに、あんまりだな」

「でも、日常生活には問題ないから。記憶が戻る可能性もあるし。気長に待つよ」

 鷲はそう言って力なく笑った。



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