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使命

 その夜、冬華は夢の中にいた。夢の中、彼女は暗闇に浮かび上がる景色を眺めていた。舞台の中央に立つ女の姿。女が舞を始めると、あたりの空気が一瞬にして張り詰める。


『しづやしづ しづのおだまきくりかえし……』

 凛とした声が旋律を紡ぎ、鼓の音が響き渡っていた。

 ふと気がつけば、風景が変わっている。今度は森の中。生い茂る木々の間で、男と女が向き合っている。

『必ず……生きて再び会おう』男の言葉に女は黙って頷く。


 そして突然、周囲が暗転した。


 けたたましいベルの音で冬華は思わず飛び起きた。

「え? え?」

 夢を見ていた。けれど内容が思い出せない。

「あれ? 何の夢、だっけ?」

 思い出そうと瞳を閉じるが、靄がかかったように遠くにあり、次第に消えていった。夢うつつの中、声が聞こえた気がした。

「なんか、最近寝不足だなぁ」

 ここ最近、毎晩夢を見ている。だが、目が覚めると何の夢か忘れているのだ。

「今日も頑張ろうっと」

 自分に言い聞かせながら、ゆっくりと布団から這い出す。欠伸をしながらお弁当と朝食を作り始めた。母は夜勤なので、昼前には帰ってくる。帰ってきたら食べられるようにと、母の分の食事はラップをかけて冷蔵庫に入れた。

 

「どうしたの? 欠伸ばっかりして」

「遅くまで神冷先輩のことばかり考えているんでしょ?」

 登校中、欠伸ばかりしている冬華に、ともちゃんとゆかりんが尋ねた。

「最近さ、変な夢ばかり見るんだ。でも、起きたら何の夢だったか忘れてる」

 欠伸を噛み殺しながら答える。

「夢を見るほど寝ているのに、何で寝不足なの? 夢野だから?」

 ゆかりんが首を傾げる。

「苗字は関係ないと思うよ」

 ともちゃんが苦笑いする。


「おはよう。三人組は朝から楽しそうだな」

 背後から明るい声が聞こえて振り向けば、ともちゃんの彼氏、樹賢哉が笑顔で立っていた。

「あ、賢哉。おはよ」

 ともちゃんが笑顔で彼に駆け寄る。身長差のない二人は朝から顔を寄せ合い、何やら楽しそうに話をしている。

「朝から、お熱いですな」ゆかりんが冷やかすが、二人の耳には入らない。

「ホント、仲が良いよね」冬華が微笑んだ時、椎葉鷲が四人の横を通り過ぎた。


「おい、椎葉」

 ともちゃんと話していた賢哉が、鷲を呼び止める。

「ああ、樹くん。おはよう」

「なぁ。部活の話、考えてくれたか?」

 足を止めた鷲に、賢哉が声を掛ける。

「部活って?」

 ともちゃんが聞く。賢哉はバスケ部だ。

「椎葉ってさ、凄く運動神経が良いんだよ。この前、体育でバスケをやったんだけど、俺と身長は変わらないのに、ジャンプ力が凄くてさ。俊足だし、おまけに細いくせに腕の筋肉はすごいんだよ。うちの部に入らないかなぁって勧誘しているところ」

「へぇ、そうなんだ」

 冬華が感心したように言うと、椎葉は彼女の方を向き、微笑んだ。

「夢野さんおはよう。キミは何部に入っているの?」

「お、おはよう。私はなぎなた部だけど……」

 急に向けられた笑顔に、冬華は一瞬、言葉に詰まった。

「夢野さんにぴったりだね。なぎなた」

「そうかな? でも、顧問の先生が春から異動でいなくなっちゃって、この高校で、なぎなたを教えられる先生が他にいないんだ。だからずっと開店休業中で……」

「ちょっと、椎葉くん。なんで冬華にだけ、ずっと話しかけてるのよ」

「私達もいるんですけど」

 ともちゃんとゆかりんが抗議の声をあげ、二人の間に割り込む。

「ゴメン、そんなつもりじゃないんだけど。ええと、確か……」

 椎葉はともちゃんとゆかりんの顔を交互に見比べている。どうやら二人の名前が出てこないらしい。

「ちょっと、同じクラスなのに覚えていないの?」

「信じられない!」

 ともちゃんとゆかりんに詰め寄られ、椎葉は困った顔で冬華を見た。

「ええと……椎葉くん……。そうそう、バスケ部に入ったら?」

 あまり助けにもならない冬華の言葉に、賢哉も頷き、続ける。

「そうだよ。お前が入部すれば、絶対に一勝はできるはずだ」

「一勝って……。あんたたちだけで一勝くらいしなさいよ」

 ともちゃんが呆れ顔で天を仰いだ。

「ゴメン。僕はやらなきゃいけないことがあってさ。部活には入らないんだ」

「やらなきゃいけないって、バイト? この学校はバイト禁止だよ」

 ゆかりんが言った。

「いや、違うんだけど、ちょっとね。僕が生まれた意味を知る必要があって。まぁ、もともと使命感とか持たない方なんだけど、こればかりはやらないといけないんだ」


 真顔で答える椎葉を見て一同は

『生まれた意味ぃ?』と声を揃えて言い、呆気にとられた顔をした。

「ええと。生まれた意味とかそんなの、どうやったら分かるんだろう」冬華が首を捻れば

「転校初日から思っていたけれど、やっぱり椎葉くんって変わっているよね」

 ともちゃんが眉を顰める。

「こんなキャラだったんだ」ゆかりんは彼を凝視し、

「生まれた意味を知るとか使命感とか、こいつ、頭大丈夫か」

 賢哉は本気で彼を心配している。

 

 四人が、こそこそと囁き合っていると、

「じゃあ、僕はちょっと用があるから先に行くね」

 呆気にとられる四人に軽く手を挙げて、椎葉は駆け足で去って行く。

「行っちゃった。ほんと、足が速いね」

 冬華はみるみる小さくなった背中を見つめていた。



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