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前世

 数日後の昼休み。冬華はいつものように、教室でともちゃん、ゆかりんと談笑していその時。


「夢野さん、ちょっと質問があるんだけど良いかな」

 いつの間に現われたのか、椎葉鷲が微笑みながら目の前に立っていた。

「いいけど、私で答えられること?」

「夢野さんは日本史って好き?」

「え? 日本史?」

 唐突な質問に、彼女は首を傾げた。


「あ、椎葉くん。それ、冬華に聞いたらだめなやつだよ」

 ゆかりんが代りに応える。

「ちょっと、ゆかりん。それ、どういう意味!」

「そのままの意味だよ」

 今度はともちゃんが口を挟む。

「まぁ、確かに得意ではない……けど、いや、でも全くできないわけじゃ……」

 口をもごもごさせながら冬華が言うと、鷲は苦笑いしながらまた聞いた。


「じゃあさ、日本舞踊とかできる?」

「日本舞踊? 着物姿で扇子を持って踊るアレ?」

「うん。舞ができるかなって思って。神社のお祭りとかで舞を奉納しなかった?」

「舞の奉納? ないない。舞なんて、できるわけないよ。ダンスの授業だって翌日の筋肉痛

が酷くて嫌いなのに。日本舞踊なんて、私に一番似合わないよ。そんなの奉納したら、きっ

と神様に怒られる」

 自嘲気味に言って笑った。


 だいたい、習い事なんて一度もやったことがない。ピアノ、スイミング、英会話、ダンス。やってみたいと思っても、家の経済状態はよく分かっているつもりだ。お母さんに我儘は言えなかった。

「椎葉くん、さっきから何を聞いているの? 冬華を口説くなら、もっと別の質問したほうが良いよ。好きな食べ物とかさ」

「そうそう、食べ物の話ならすぐに食いつくよ」

嬉しそうに、ともちゃんとゆかりんがはやし立てる。

「ちょっと、二人とも! 私を何だと思ってるの!」

冬華に叱られ、二人は笑いながら廊下に逃げる。

「じゃあさ、もう一ついいかな」

鷲は真剣な顔で冬華を見つめる。

「え、うん」

「輪廻転生って信じる?」

「へ?」

 先程から続く質問の意図が読めず、冬華は首を傾げた。


「前世の生きざまが、再びこの世に宿命として現れる。この世に生まれた夢野さんの人生にも、誰かとの因縁があるとしたらどう思う?」

「ええと。まず前世なんて、そんな話あるの? 死後の世界とか、あまり信じてないんだよね。前世って、死んでもまた誰かに生まれ変わるって話でしょ。私は永遠なんてないと思うけどなぁ。人って亡くなったらそれで終わりでしょ」

「でもさ、僕達が運命の輪を回っているのだとしたらどうする? 死んでもなお、魂が……」

「ねぇ、椎葉くんって、怪しい宗教に傾倒している?」

 前世について熱く語り出す椎葉を見て、冬華は訝し気に尋ねる。

「えっ?」

「もしかして、勧誘しているの? 私、そういうの興味がないから無理。お布施だってできないし、他を当たった方が良いよ」

 冬華はくすくすと笑う。

「ち、違うよ。そんな、宗教なんて。それは絶対にないから。そうじゃなくて……」

そこまで言いかけると、始業のチャイムが鳴り響いた。

「変な話をしてごめん。席に戻るよ」

少し寂しそうな顔で、彼は席に戻って行った。

「椎葉くんって変わってるね。私、ちょっと苦手かも」

 いつのまにか席に戻って来たともちゃんが、振り向いて言う。

「悪い子じゃないと思うけど、確かに変わってるね」

 舞やら前世やらと聞かされた冬華も、苦笑いをして答えた。


 放課後。生徒がまばらになり、下校の鐘が校内に鳴り響く。生徒たちはみんな帰り、教室内には鷲しかいない。日直だった彼が真面目に日誌を書いていると、教室のドアが乱暴に開き、御堂嶽尾が入って来た。

「おい、鷲。まだ帰らないのか」

「ああ、これを書いたらな。お前は先に帰っていいよ」

 御堂は無言で鷲の前の席に座った。鷲はちらっと彼に視線を流す。そしてまた、シャーペンを走らせた。カリカリとペンを走らせる音だけが、閑散とした教室に響いた。


「それでどうするんだ」

 御堂がポツリと呟いた。

「何が?」

「何って、彼女に決まってるだろ。そのためにわざわざ転校してきたんだろうが。付き合わせられる俺の身にもなれ。いきなり『彼女を見つけた』なんて言い出してさ」

 御堂は不貞腐れたように口を尖らせ、鷲を見る。彼は手を止めて顔を上げた。

「ああ、つき合わせて悪かった。彼女が前世を思い出すかどうかも分からないのに」

 鷲は教室後方の席を見つめた。彼が見ているのは冬華の席だ。

「まぁ、お前の静に対する執念は並じゃないからな。他の妻たちはいいのかよ。最後まで連れ添って、命を落とした人もいるというのに」

「確かに良く尽くしてくれたとは思うし、感謝もしている。けれど」

「静は違うと」

 彼は小さく頷いて視線を御堂に移す。そしてはっきりと告げた。

「彼女は僕が自ら見初めた唯一の人だ。そして、再び巡り会った。今度こそ、添い遂げたい」

「でもさぁ。もしも、今の静が別の男を慕っていたらどうすんの? ここまできてそれはあんまりだよなぁ」

 茶化すように御堂が言うと、鷲は穏やかに微笑んだ。

「彼女が幸せであるなら、それでいいよ。けれど、そうでないのなら奪うまでだから」

「相変わらず突っ走るねぇ」

 御堂は声をあげて笑った。

「それにしても分からないことばかりだ」

 日誌を書き終えた鷲は、両手を伸ばし大きく伸びをする。

「確かにな。お前が静に会いたいだけなら、俺まで転生する必要はないだろうよ。なんで覚醒しちまったんだろうな。他にもいるのかねぇ。俺たちみたいなやつが」

「さぁな。彼女以外にもいるのかもしれないな。この世のどこかに、同じ時代を生きた人間が」

「ところでさ、今度の休みはどこに行く?」

 彼らは、休日の度に日本国内のあらゆる地を巡っていた。


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