捷路
さりげなく規制線の中に入り連れ立って歩いていると、見回りをしていた警察官の一人が近づいて来た。
「おい、何やっているんだ。勝手に持ち場を離れるなよ。お前達、所属はどこだ?」
「ああ、すみません」
興俄が微笑みながら警察官の前に立った。警察官は興俄の隣にいた鷲を訝し気に見る。それもそのはず、彼は刀を背負っていた。
「お前、何を背負ってるんだ。それにその茶髪、そんな警官いない……」
警察官が全てを言い終える前に、興俄は五人の事は全て忘れるようにと、彼の脳に働きかける。
「すげぇな。まるで催眠術じゃないか」
何も言わなくなった警察官を見て、御堂が目を丸くする。
「しかし、ソレは目立つな。何とかならないのか」
興俄は鷲が背負っている刀を指さした。
「何ともなりません。ほら、行きますよ」
鷲があっさりと答えて歩き出すと、興俄と景浦は顔を見合わせて、同時に溜息をついた。
規制線の中にも多くの警察官がいた。
「俺はこれから指揮官と話をしてくる。お前達は周囲を警戒するフリをしていろ」
興俄は指揮官を見つけて歩み寄る。彼の前に立ち、話しかけた。指揮官の注意が己に向いた瞬間、彼の記憶に働きかける。記憶に保存されている現状を把握し、最終的に少しだけ書き換えた。
「何か分かったか?」
戻ってきた興俄に御堂が尋ねた。
「突入の準備はできているが、タイミングを見計らっている所のようだな。奴らの狙いは、把握できていない。犯人側の要求は『誰も入れるな、突入すれば人質は殺害する』それだけだ。外側の人間が把握していることは、何者かが首相官邸に入り込み、総理以下三十人を人質にしていることだけ。内閣府の職員や、官邸内で勤務する多くの人は最初の襲撃で外に出されている。犯人の人数は不明だが、少なくても十名以上。既に警視庁のSATが待機している。あと自衛隊の対テロ部隊もだ。ただ自衛隊は国内の原発やほかにも守る施設があるから、全ての部隊を招集していない。総理が殺害されたことも把握できてない。人質は地下の危機管理センターに集められている。このまま警察に突入されたら、裏切者は何食わぬ顔で保護されるな。先に手を打とう」
「とにかく、この中に入らないと埒があきませんよ」
「でもなぁ、これだけ警察官がいるのに、どうやって官邸に入るんだ? さすがに警備している全員の記憶を書き換えて、堂々と入るってわけにはいかないだろう?」
鷲の言葉に御堂が首を捻る。
「メトロの駅から侵入する。換気口の一部が官邸と繋がっているんだ。現在、地下鉄は止まっている。人もいないから好都合だ。行くぞ」
興俄はすたすたと歩き出した。景浦も後に続く。残された三人は顔を見合わせて彼らの後を追った。
地下鉄、バス、JRなど都心を走る全ての公共交通機関は、現在止まっていた。目的の駅に着くとシャッターが下り、『運休しています』と貼り紙が張られている。周囲には警戒する警察官の姿しかない。
興俄は冬華に指示する。
「気づかれないように、ゆっくりシャッターを開けてくれ」
「了解。ちゃんと見張っててよ」
男四人が周囲を警戒する中、冬華は目を閉じ、意識を集中させる。二十秒ほどすると、シャッターが少しずつ開きはじめた。人が一人通れるくらいの隙間が空くと冬華、鷲、御堂、景浦、最後に興俄と順番に中へと潜り込んだ。構内は非常灯のような明かりがついている。薄暗い中、興俄を先頭にして、足元に気をつけながら前へと進んだ。
「しかし、暑いな。誰もいないんだし、さすがにエアコンはついてないのか」
御堂が顔を顰めると、興俄がじろりと彼を見た。
「これでも平時よりはましだ。普段は使用する電力や人間から出る熱が籠って、もっと暑い。いちいち文句を言うな」
「文句じゃなくて、感想なんだけど」
「耳障りだ。黙って歩け」
しばらく歩くと興俄が立ち止まった。彼の視線は、壁の上部に埋め込まれている換気口へ向けられていた。縦長で長方形の換気口は、興俄が手を伸ばすと、指先が届く高さにある。しかし、きっちりと嵌め込まれていて簡単に外れそうもない。
「この換気口を進めば官邸の西側に出る。そこで冬華、グレーチングのネジをゆっくり外せ。あとで元に戻せるように、間違っても形を変えるなよ」
「分かった。ネジを外したらこっち側に落ちるから、ちゃんと受け止めてよ」
再び冬華が眼を閉じると十秒ほどで、換気口のネジが動き始め、次いで銀色の塊全体がガタガタと動き出した。換気口の外枠がゆっくりとこちら側に押し出される。興俄は両手を伸ばして、押し出されたグレーチングを受け止めた。
「もう外したのか? 確かにこれはすごい。色々と使える」
景浦が感心したように換気口を見上げた。
「でもコレってちょっと小さくない? みんな通れるかなぁ」
冬華は興俄が持つ換気口のグレーチングを指さした。縦は七十㎝、幅は五十cmほどの大きさだ。全員の視線がぽっかりと開いた換気口に移り、そして身長百八十五cm、体重百㎏越えの御堂に注がれた。




