首都
冬華たちは麻沙美の車に乗り込んだ。助手席に興俄、後部座席に御堂、ゆかりん、冬華の順に座る。大柄な御堂が乗った後部座席は、隙間なく窮屈そうだ。
「なぁ、神冷。お前が今まで接触して記憶を書き換えた人間は、官邸内部にいないのかよ。現在の様子とか分からないのか。俺達にいきなり伝えたみたいにさ」
怪訝そうに御堂が聞いた。
「遠隔地にいる人間との相互交信は不可能だ。お前達は俺の意志を受け取れるが、俺はお前達の心情は読み取れない。逆を言えば、お前達以外の人間の心情を読み取ることは可能だが、俺の意志は相手には伝わらない。記憶の改変も基本は目の前にいる人間のみ。でも、心情を読み取って現状を知ることはできるかもしれない。まぁ、やってみよう」
動き出した車内で興俄は目を瞑った。
「こちらが移動していると伝わりにくいな」
独り言のように呟く。
「そうなの?」
「知らない」
ゆかりんと冬華が顔を見合わせる。
「ああ。やはり、総理官邸に敵が入り込んで、立てこもっているな。だから、何の情報も出てこないんだ」
また独り言のように呟く。
「どうして国の中枢機関に、敵の人間が侵入できるの?」
ゆかりんが首を傾げる。
「敵に情報を渡して招き入れた輩がいるとか?」
御堂が答える。
「総理大臣は無事だ。まだ、と言った方が良いな。総理や大臣付きのSPは既に射殺されているか、生きていても動けないようだ」
少し間があり、
「署名しなければ命はないと脅されているが、総理は断固拒否している」
そう言って黙り込んだ。
「何の署名だよ。何が起こっているんだ? 分かるように説明しろよ」
イライラとした口調で御堂が聞く。
「一国二制度って本気か? 日本を特別行政区にするつもりだ。なめられたものだな。まずは日本へ入国の仕組みを変えろと言っている。不動産を購入すれば住民資格を与え、入国した人間には選挙権も与えろと、ふざけているのか?」
「はぁ? そんなの他の国々や国際的な機関が黙ってはいないだろ?」
御堂が言うが、
「世界中、特に途上国の多くは多額の資金援助をされていて、意見は言えない状況だ。国際的な機関のトップもそう言った国々から選出されている。アテにしない方が良いな」
興俄は怒りと悲しみが混じったような口調で言って、再び目を閉じる。
「くそっ、あいつら……総理大臣を撃ったぞ。臨時代理の順に署名を強要し、拒否すれば同じことを繰り返すつもりだ。時間がない。麻沙美、急いでくれ」
忌々しそうに言って、舌打ちをした。
「臨時代理ってなに?」
後部座席から身を乗り出した冬華が聞くと、イライラした口調で答えが返って来た。
「内閣法第九条、『内閣総理大臣に事故のあるとき、又は内閣総理大臣が欠けたときは、その予め指定する国務大臣が、臨時に、内閣総理大臣の職務を行う』あいつらは署名を拒否すれば順番に殺害するつもりだ」
彼は続ける。
「お前達、少し黙っていろ。気が散る」
『はい……』
三人が返事をした途端。
「あいつが裏切者だったのか。確か『日本列島は日本人だけのものじゃない』って言っていた。今まで何度も日本を貶めるような発言を平気でしていたが、ここまでとは。いや、あの国に日本を渡せば、世界が平和になると本当に思っているんだろうな」
一気に言って、深い溜息をつく。
「他にも敵と通じている奴がいるな。そいつらが中に入れるように手引きしたようだ。本人たちはそんなつもりはないと言い張るだろうが。全くどいつもこいつも、バレないと思えば国を売っても平気なようだ。あいつらは日本という国に対してなんの思いもない。所詮、自らの利権しか興味がない」
黙っていろと言われたので、三人、いや麻沙美を含めた四人は、ただ黙って興俄の独り言を聞いていた。
車内には重苦しい空気が漂っていた。
高速道路は問題なく通行できたが、すれ違うのは自衛隊の車両、機動隊のバス、大型の輸送トラックばかりだ。高速道路の料金ゲートはどこも開きっぱなしで、何度かは大掛かりな車両検問にも出会った。
検問がある度に運転席の麻沙美は免許証を見せ、
「私は高校の教師です。部活の合宿でこちらの県へ来ていたんですが、帰れなくなって。なんとか生徒を家まで連れて帰りたいんです。連絡も取れないので、親御さんも心配しているでしょうし。みんなただ不安で、この子たちの顔を見てください。高校生と言えどもまだ子供です。早く家に帰って安心させたいんです。ここを通してもらえませんか? お願いします!」
と迫真の演技で説明し、後部座席の三人も一同に不安げな顔をし「早く家に帰りたいんです」「ここを通してください」「お願いします」と口々に訴えた。ただ、運転席の興俄だけは目を瞑り、ただ黙っていた。
東京へ近づくにつれ、一般車両が増えてきた。少しでも安全な場所へと避難しているのだろうか、対向車線は渋滞している。逆に東京方面へと向かう車はほとんどいなかった。
何度かの検問を通り過ぎた車は、三時間ほどかけて東京に着いた。
先に東京入りしていた景浦と江ノ原も合流した。車から降りた興俄は景浦と話し始める。
「首相官邸が占拠されているんだろう」
興俄の問いに景浦が頷いた。
「ええ。中の様子が分からないので、警察も手が出せないようです。総理以下、国の重要なポストにいる人間が人質に取られているので、ずっと膠着状態が続いています。犯人からの要求はただ一つ、『自衛隊や警察が突入すれば、人質を全員殺害する』それだけだそうです」
「なるほどな」
「多くの国民はなにが起こっているのか理解できていません。そして、発信できるツールがありません。通信事業所の職員が不眠不休で破壊、切断された通信手段の復旧にあたっています。徐々に回復はしていますが」
「なぁ、麻沙美ちゃん。俺はあの人と知り合いやったか? どこかで会ったような気もするけど、どうしても思い出せん」
興俄と話し込んでいる景浦を見ながら、江ノ原が首を傾げる。
「古い知り合いかもね。貴方たち気が合いそうだもの」
麻沙美は嬉しそうに答えた。
江ノ原は首都圏の通信復旧について、別の仲間たちと動きたいからと、みんなと別れた。




