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野心

翌朝、もと職員室だった部屋には人が集まっていた。北川先生に促されて、二人も渋々ながら部屋に入る。


「被害状況は?」

「物資の流通が停滞、連続して起こる余震、火災の発生、地域IP網設備故障によるネットの不通、水道・電気・ガスのストップ、停電・断線による電源の停止などが日本各地で起こっています」

 興俄の問いに景浦が答えた。


「なんでこの国はこうも地震が多いんや」

 江ノ原智広がブツブツと言いながらパソコンを操作している。彼はハードウェア、OS、プログラミング、セキュリティなどについての高度な知識と技術を持っていた。以前はハッカーのようなこともしていたが、現在はホワイトハッカーとして名を馳せ、その界隈ではちょっとした有名人だった。


「でも拠点を小学校にしておいて良かったわね。建てられたのが昭和でも耐震工事は済ませているから、昨日見て回ったけれどほとんど被害がなかった。ライフラインも問題ないみたいだし」

 ほっとしたように北川先生が言った。


「震源地は内陸部のようだな。津波の心配はないが、建物の倒壊、場所によってはライフラインの破壊が出ている。実際、ニュース映像だけでは被災した状況を共有するのは難しいか。先の水害で多くの被害があるし、国中が混乱している今が狙い目だ。俺は東京へ行ってくる」

 興俄は集まっている人間に色々と指示を出した。指示を出された人はバラバラと部屋を出て行く。ただ、江ノ原だけは彼の指示に従わないらしい。麻沙美が江ノ原に何やら話しかけている。彼は麻沙美だけを信用しているようだった。


「地震があったの?」

 冬華がともちゃんに聞く。

「昨日、ここに来てすぐかな。本州が広範囲に渡って揺れたんだよ。冬華は眠っていたから気が付かなかったけど」

「みんな大丈夫かな」

「建物の倒壊とか、あらゆるところで大きな被害が出ているみたい。でもみんなは大丈夫だと思うよ。ゆかりんからずっと連絡が来てるし。出てないけど」

 ともちゃんがスマホを手にすると、着信音が鳴った。

「あ、家からだ。ちょっと電話してくる。先生も一緒に来て、上手く説明してよ。しばらく帰れないって言わなきゃ」

 ともちゃんと北川先生は部屋を出て行った。


 麻沙美がいなくなったので、江ノ原が珍しいものを見るように冬華を見た。

「お姉ちゃん、高校生か。若いなぁ。何でここにおるん?」

 冬華が何も答えないので、江ノ原は興俄に向かって話しかける。

「この女子高生はお前の彼女か?」

「ええ、そんなところ……」

 興俄が答える前に、

「違います、冗談はやめてください」

 冬華が強い口調で言い切った。

「ほんの数か月前は彼女だったじゃないか。俺はまだ別れるとは言ってない」

「ふざけないで!」

「おいおい、痴話喧嘩か。おもろいな」

 江ノ原は愉快そうにケラケラと笑った。

「あ、そうそう。麻沙美ちゃんから聞いたで。高校生が国を治めるにはどうしたらいいか、本気で考えてるらしいな。そういうの嫌いやないけど、無理やな」

「何故です?」

「何故って、普通に考えておかしいやろ。ゲームやないんやで。国会議員になれるのは最年少でも二十五歳。まだ十代の兄ちゃんがどうするん? だいたい議員なんか一人では何もできん。徒党を組んで、組織で動く。お前の性格では人一人動かすこともできんわ。それだけでも大変やのに、首相に指名されるってどんな手を使っても、どう足掻いても無理やろ。でもまぁその若さでこの国を良くしたいと思う心意気は褒めてやるけど。もしも兄ちゃんが総理大臣になったら、俺はデジタル大臣、いや、官房長官にでもなってやるわ」

 せいぜい頑張れよと笑いながら江ノ原は出て行った。部屋に残されたのは冬華と興俄だけになる。


「貴方はかわいそうな人だよ」

 冬華は、パソコンに向かって何やら作業を始めた興俄の背中にぶつけた。

「何?」

 彼は手を止め、彼女の方を向いた。


「貴方は誰も信じていない、寂しい人間だよ。多くの人の心を引き付けようと、あなた自身は誰も信じていない。数百年経っても、貴方が愛しているのは己だけでしょう?」

 彼女の言葉に興俄は眉を顰める。


「そうだ。俺は誰も信用してはいない。十四歳で全てを失い、流人として生きてきた。お前は俺に誰を信じろと言うんだ。まさかお前を信じろとでも言うのか?」


「信じてもらわなくて結構よ。私がここに残れば、鷲くんに手を出さないってそんな言葉、信じていないから。だいたい、貴方は何がしたいの? 結局は国を乗っ取って、王様になりたいだけなんでしょ? そのために私を利用したいだけ。言っておくけど、私は貴方の遊びに付き合う気はないから」

 『じゃあ』と言って部屋を出て行こうとすると、『おい、待て』と呼び止められる。仕方なく足を止めて振り向くと、彼は立ち上がり冬華の目の前まで歩いてきた。


「な、何よ」

 至近距離で見下された冬華は彼を睨んだ。


「俺が王様? お前は何も分かっていないな。そんなものは望んでいない。俺が国を牛耳り贅沢三昧の生活でも望んでいると思ったか。俺達の死後、あれから未来は変わったか。今でも世界中の至る場所で人は人を殺し、力を持つ者が、己の領土を広げようと躍起になっている。奪われたものは全てを無くし、従うしかない。悲惨な状況を世界中に拡散できる世になったとしても、奪われている人間は確かに存在する。数百年経とうとも、やっていることは同じなんだよ。そして、この国がいずれそうならないとも限らない。いや、この国もいずれ亡国になるだろう」


「は? 亡国って日本がなくなるの? そんなわけないよ。確かに今は災害が起きて、国は大変だよ。それでも、今までだって、何度でも、この国は大変な目に遭うたびに復興してきたじゃない。日本人はそんなに軟弱じゃない」


 真剣な顔で反論する冬華を見て、興俄はせせら笑った。


「さぁ、どうだろうな。数百年後、この国の名は地図にないかもしれないぞ。今の世の中を見てみろ。政治の世界にいる大人たちをよく見たことがあるか? 優秀な人間もいるが、その一方で、権力と強い官僚制が複雑に絡み合っているだろう。そこにいるのは、親と同じ轍を踏む世襲議員、官僚機構に寄生する族議員。 己を支持する業界や団体にのみ関心を持つ政治家。日本を敵視する国と水面下で癒着している国会議員。こうした世の中で必要なのは、真の政治的リーダーシップを持つ人間だ。大切なのは血縁ではない。政治に私心や情は必要ない。この国の未来を真剣に憂慮し、改革できる人間こそが、この世を治めるべきなんだ。俺は国家の機密情報を諸外国へ流している議員や官僚、意図的にこの国を陥れようとしている人間達をことごとく排除してやる。そして、汗水を垂らして働くものが、それ相応の対価を受け取れる世の中にする。寝食を惜しんで労働する者が人間扱いされず、その権利が守れなくてどうする。国を動かすものと国民が相互に利益を与え合う互恵的な関係が今の世には必要だ。俺は国の基本原則はそのままで、中にいる人間を変えていく。不正をし、利益を得る者は許さない。公正で優秀な政治家が少ないのは、投票する国民自身の投影だ。だから国民から変えてやる。啓蒙などではない。俺は俺が意図することを理解でき、追従できる人間のみを取捨選択する。今ならまだ辛うじて間に合うだろうからな」


 理路整然と話す興俄に圧倒されつつも、冬華は口を開いた。


「そう……なんだ。言いたい話は分かるような気がするけど……。でもね、そんなに簡単に人って変えられないよ。いくら凄い力があるとしても、高校生の貴方が本気で国を動かせるとでも思っているの? 偉そうに理想論を語るけれど、世の中ってそんなに甘くないでしょ。だいたい『追従できる人間のみを取捨選択する』ってどれだけ上から目線なわけ? 権力を持った人間が独断で全てを判断するって良くないと思う。人をモノみたいに言ってさ。そんな言い方じゃ誰もついてこないよ」

 冬華がやれやれと首を振ると背後から声がした。

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