表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/85

校舎

ああ、この建物は――と冬華は思った。


「ここって学校?」


 ベッドの下には自分の靴が並べてあった。靴を履き立ち上がった冬華は、傍らにいたともちゃんに聞いた。周囲を見回せば、衝立に仕切られてベッドが並んでいる。壁際には薬品棚があり、消毒液や包帯が置いてある。見慣れた保健室の光景だった。冷房が効いているのか、暑さは感じられない。


「ここはもと小学校だよ。今は廃校になっているんだ。あの人はここを丸ごと借りている。ライフラインはあるし、便利だったんでしょ。ネット環境は整えたみたい。全国にはこういった場所がいくつもあって、借りるには地域住民の理解を得られるとか、雇用促進につながるとか条件があるようだけど、あの人ってその辺は上手くやれるから。ここに出入りしている人も、数人を除いてたぶん記憶を変えられている従業員だよ。何の疑問も持たず黙々と働いているし、夕方になれば家へ帰っているし。どうやって採用したかは知らないけれど、どうせ私達に関する記憶も消されるんだろうね。校舎は三階建てで、隣に体育館とプールがある。更衣室の横にお風呂があるから。ちゃんとお湯が出るシャワーもある。鍵もかかるから安心して。ちなみにのここは保健室。入口の横に靴箱はあるけれど、床が綺麗じゃないから土足で生活してる。今日からは私と同じ部屋で暮らそう。と言っても教室を改造した場所なんだけどね。着替えもそこに置いてあるし。機会を見て絶対に逃がしてあげるから、ちょっとだけ我慢して」

 ともちゃんが一気に告げる。


「ええと。説明じゃ分からないから、案内してくれるかな」

 困ったように冬華が言った。

「そうだよね、じゃあまずは一階から行こう。出入口は正面玄関だけ、あとはいつも施錠しているから」

「今、何時?」

 冬華が聞く。ともちゃんに会ったのは、まだ午前中だったはずだ。鷲たちが心配しているだろうなと思うといたたまれなくなった。

「夜の七時過ぎかな。あとで何か食べよう」

 

 ともちゃんに続いて廊下に出る。窓の外を見ると、既に日は沈んでいた。廊下にはエアコンがないらしく、かなり蒸し暑かった。


 ともちゃんは廊下を進みながら各部屋の説明を始めた。

「ここは家庭科の調理室だったところ。今はキッチンね。冷蔵庫のモノとか勝手に食べたり飲んだりしていいから。お弁当が多いけど、通いのスタッフがご飯は作ってくれる。教室はだいたい誰かの部屋になってるから、勝手に入らない方が良いよ。私もまだ全員の顔と名前は憶えていないんだ。私達の部屋は三階だから最後に行こう」

 二階に上がると、階段横の部屋から明かりが漏れていた。

「ここは職員室だったところ、パソコンとかいろいろある部屋。今はあの人がいると思うから、入らなくていいや」

 そう言って素通りしようとすると、ドアが開いた。


「誰かと思えば、新入生に学校案内でもしてるのか」

 興俄が出てきて、小馬鹿にしたように笑った。


  彼の姿を見た冬華の顔が強張った。聞きたいことはたくさんあった。母はどうなったのか。どこにいるのか。自分をここまで連れてきて、一体何を企んでいるのか。


「逃げないのか? 隙をついていくらでも逃げ出せるだろう。やっと俺の傍にいる決心がついたか」

 冬華を見てにやりと笑う。彼女は固い表情のまま、口を開いた。

「逃げれば追うんでしょう? 逃げて鷲くんたちと合流してとしても、貴方は容赦なくみんなを殺す。ねぇ、お母さんをどうしたの」

「手厚く葬ってやったから安心しろ。だいたいお前の母親が俺を殺そうとしたんだぞ」

「あの時、救急車を呼べば助かったかもしれないのに……手厚くなんて、よく……そんな……私は貴方を絶対に許さない。一生許さない」

「お前が何と言おうが、俺の邪魔をする奴に情けなどかけん」

「ねぇ、ちょっと。さっきから、何の話をしているの?」

 怪訝な顔で、ともちゃんが二人の会話に割り込んだ。

「私とお母さんは行方不明になったんじゃないんだ。この人は、私の目の前でお母さんを殺したんだよ。お母さんは、この人から私を守ろうとして亡くなった。たまたま椎葉くんが来て助けてくれた。だから私は今までこの人から逃げていたの」


「そんな……私、何も知らなくて……ごめん……知ってたら……ここになんて……」

 ともちゃんの顔が曇る。彼女は声を詰まらせながら謝って、興俄の方を向いた。

「貴方は最低よ。やっぱり何も変わっていない。冬華行こう。私も今からここを出て行く。こんな人の言いなりになる必要なんてないから」

 彼を睨み付けたまま、冬華の手を取り歩こうとするが、

「邪魔をするな」

 興俄は二人の前に立ちはだかった。

「例え前世の娘だとしても、容赦はしない」


 彼が冗談を言っていないと分かったのだろう。ともちゃんは冬華の手を握ったまま、ゆっく後退り、距離を取った。


「やめて!」

 冬華が声をあげる。

「何を恐れる。数百年前までは、この国でも平気で人を殺しあい、奪い合ってきた。例え身内であってもだ」

「今は時代が違うでしょう。そんなことも分からないなんて、バカじゃないの。ともちゃんを傷つけたら私が許さない。貴方と刺し違えてでも絶対に止める」

「物事の本質は何も変わらない。どれだけ時が流れようが、人は人を殺し続ける。現に世界中で人殺しが起こっているじゃないか」


「この人には何を言っても無駄なんだよ。冬華、行こう」

 ともちゃんは冬華の手を引き、歩き始めた。

「どこへ行くんだ」

「部屋に戻るの。ついて来ないで!」

 立ち去るともちゃんの背を見ながら、やれやれと興俄は溜息をついた。

「俺が少しも愛情を注いでいなかったとでも言うのか。親の心、子知らずだな」

 彼の声がともちゃんに届くことはなかった。


 ともちゃんが連れてきた部屋は、普通の教室だった。微かにチョークの匂いがする。部屋の前方には黒板や教卓がそのまま残っていて、後方にはロッカーが並んで、隅には縦長の掃除用具入れがある。学童机と椅子は見当たらない。その代わり、部屋の中央にはパイプのベッドが二つ並んでいた。窓際の床にはラグが敷かれ、折り畳み式のカフェテーブルが置かれていた。

「食事はここで食べよう。あんまり他の人に会いたくないでしょ。特にあの人とか。何か食べ物を持って来るから、冬華はここにいて」

 そう言ってともちゃんは教室を出て行った。一人残された冬華はベッドに腰かけて、溜息を一つついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ