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拐引

鷲がスーパーマーケットで蒲島範武と会っていた同じ頃、


「冬華!」

 一人でコンビニへ出かけた彼女の背後から、聞き覚えのある声がする。名前を呼ばれて振り向くと、親友が笑顔で駆け寄って来た。

「え? ともちゃん? どうして?」

 ここは四国の片田舎だ。こんな場所で会うなんてと冬華は目の前の友人を見つめた。

「もう心配したよぉ。無事でよかった。冬華とお母さんが行方不明だって聞いて、心配したんだから。警察の人はどこかで無理心中したんじゃないかって言っていたし。怪しい男を目撃したって言う人もいたりして。ほんと、無事だったんだ。良かったぁ」

 ともちゃんは冬華の両手を握りしめて、興奮気味に話している。

「ええと、それより、ともちゃんはどうして四国にいるの? こんなとこで会うなんて奇遇だね。家族で旅行?」

「ゆかりんもずっとおじいちゃんちにいるみたいで会えないしさ。ゆかりんに連絡取った? 冬華のお母さんは元気? 一緒なの? 何をしていたの? もしかして椎葉君と一緒?」

 冬華の問いには答えず、ともちゃんは矢継ぎ早に質問を繰り返した。いつもは冷静なともちゃんが興奮気味に話すので、冬華はすっかり圧倒されていた。


「それは……」

「折角会ったんだし、どこかでゆっくり話そうよ。ね、冷たいものでも飲みながらさ」

「ゴメン、あんまり時間なくて。もう行かなきゃ」

「そっか。じゃあ、しょうがないね」


 ともちゃんが呟いた次の瞬間だった。

 背後に誰かがいる。冬華がそう思った時、振り返る間もなく、彼女の顔を布のようなものが覆った。声をあげようとして息を吸い込むが、声を出す前に冬華の身体は力を失い、その場で崩れ落ちた。背後にいた男、興俄が彼女の身体を抱き止める。


「私の方こそごめんね……冬華、ホントにごめん……」

 ともちゃんの呟きは冬華の耳に届かなかった。どこからか白い車が近づく。運転席には北川麻沙美がいた。

 興俄は冬華を横抱きに抱え上げ、ともちゃんを一瞥した。

「よくやった。誰かに見つかる前に早く乗れ」

 ともちゃんは固い表情で頷いて、北川麻沙美の車に乗り込もうとした。その時。

「おい、彼女は夢野さんじゃないのか? どうかしたのか? あんたら何やっているんだ」

 たまたま通りかかったゆかりんの祖父が声をかける。興俄は冬華を横抱きにしたままゆっくりと振り返った。こいつの記憶を消すことくらい容易いことだ。そう思った彼は微笑みながらゆかりんの祖父に近づいた。


―――あれ? ここはどこだっけ。どうやら、眠っていたみたいだ。瞼が重い。えっと、いつから眠っていたんだろう―――。

 誰かが、冬華の頬を撫でていた。とても冷たい手だった。冬華はゆっくりと目を開けた。頬に手を当てている人物を確認すると、彼女の身体が震えた。


「興俄……先輩」

 冬華が震える声でその名前を呟いた、その時。

「ちょっと、気安く触らないで。貴方はもう冬華の彼氏じゃないんだし」

 不意に女の声がした。興俄はゆっくりと手を離し、声の主の方を振り向く。

「相変わらず、俺には厳しいな。大姫」

「あっちに行って。全く油断も隙もないんだから」

 

 女の声は、ともちゃんだった。興俄は肩を竦め、その場を立ち去る。冬華はゆっくりと身体を起こした。周囲を見渡すが、ここがどこだか全く判らない。古びた床も壁も初めて見る光景だった。


「こんなことになって、ゴメンね」

 ともちゃんが詫びた。


 冬華はぼんやりとした頭で記憶をたぐり寄せる。ともちゃんと会って、少し話して、それからの記憶が無いと気付いた。ともちゃんがここに連れてきたのだろうかと考える。そしてふと気がついた。


「そう言えば、さっき大姫って……」

 先程、興俄がともちゃんを『大姫』と呼んだ。冬華はその名前に心当たりがあった。冬華が先日読んだ本に、大姫という人物が出てきたのだ。


 大姫は源頼朝と北条政子の長女。六歳で木曽義仲の息子義高(当時11歳)と婚約。幼いながらも二人は心を通わせ、仲睦まじく暮らしていた。しかし、義高の父、木曽義仲が敗北し、頼朝の命令で義高も討ち取られる。大姫は悲嘆にくれ、床に臥せる。その後、二十歳で生涯を閉じたと云われている人物だ。


「ともちゃんは、大姫……なの?」

 困惑した表情で冬華は聞いた。

「冬華、貴女は大好きよ。今も昔も」

 ともちゃんは曖昧な笑みを浮かべて、続けた。

「夏休みの初日、北川先生から接触してきたんだ。あの人なりに私には負い目があったから、ずっと声を掛けなかったようだけど。先生にいきなり『大姫』って呼ばれて、この人は何を言っているんだろうと思った。けれど、気になって調べてみた。大姫って実在する人なのかも知らなかったから。調べたら、確かに大姫は実在していた。それでも、やっぱり信用できなくて。前世なんて信じていなかったし、そういうスピリチュアルな話を聞かされて騙される人っているでしょ。先生も何か企みがあるんだろうって疑っていた。そんな時、図書館で本を見つけたんだ。滝沢馬琴が創作した『頼豪阿闍梨恠鼠伝』って話。『南総里見八犬伝』とか好きだったから、なんとなく手に取ってみた。あれ自体は創作なのに、読んだ時、自分自身とは違うところで激しく動揺した。魂が揺さぶられるって、ああいう感じなんだろうね。そして、漠然だけど思い出した。冬華の前世が、誰だったのかとか、賢哉が……彼が……義高様だったって」

 

『元暦元年(一一八四)四月小廿一日己丑 自去夜 殿中聊物忩 是志水冠者雖爲武衛御聟 亡父已蒙 勅勘 被戮之間 爲其子其意趣尤依難度 可被誅之由内々思食立 被仰含此趣於昵近壯士等 女房等伺聞此事 密々告申姫公御方 仍志水冠者廻計略 今曉遁去給 此間 假女房之姿 姫君御方女房圍之出郭内畢 隱置馬於他所令乘之 爲不令人聞 以綿裹蹄云々 而海野小太郎幸氏者 与志水同年也 日夜在座右 片時無立去 仍今相替之 入彼帳臺 臥宿衣之下 出髻 日闌之後 出于志水之常居所 不改日來形勢 獨打雙六 志水好雙六之勝負朝暮翫之 幸氏必爲其合手 然間 至于殿中男女 只成于今令坐給思之處 及晩縡露顯 武衛太忿怒給 則被召禁幸氏 又分遣堀藤次親家已下軍兵於方々道路 被仰可討止之由云々 姫公周章令銷魂給 吾妻鏡第三巻』

 頼朝は大姫の許嫁、義高を内々に謀殺しようと考えていた。だが、その謀は大姫に伝えられる。父の企みを知った彼女は、なんとかして義高を逃がそうと、彼を女房の姿に変装させ、大姫の侍女に囲ませて屋敷から逃がした。しかし、義高が逃げたと頼朝の耳に入ってしまう。怒った頼朝は、義高を打つように命じ、彼は命を絶たれた。


「そうだったんだ……」

「北川先生が色々と教えてくれたんだ。椎葉くんが義経だったとか。なんかさ、いろいろ分かったら、びっくりしちゃった。冬華ったら、あの人と付き合っていたし。正直、あれはちょっと笑えた」

「ごめん……」

 何と答えたら良いか分からないので、とりあえず謝った。ともちゃんが苦笑いする。

「謝らないでよ。私だって何も知らなかったんだから。私もまさか、神冷先輩が前世の父親だとは思わなかったよ。私、あの人に言ったの、絶対に賢哉を巻き込まないで欲しいって。その交換条件が冬華だった。冬華をここに連れて来たら、賢哉は巻き込まないって約束したんだ。私が言う通りに動かなければ賢哉に前世の全てを話して、もしも彼が拒んでも無理やり仲間に引き入れるって言われた。相変わらず酷い男よね」

「ともちゃん……」

「あの時の私は幼くて無力だった。でも、今度は違う。私は賢哉を護りたい。賢哉には前世の話はしないつもり。あんな前世、絶対に知らない方がいい。きっと椎葉くんも冬華に伝えるまでに散々悩んだと思うよ。嘘をついて、ここまで連れてきてゴメンね」

 申し訳なさそうに手を合わせるともちゃんを見て、冬華は「いいよ」と首を振った。

「私がともちゃんでも、きっと同じことをしたと思う。好きな人を守りたいって思う気持ち、よく分かるよ」

「きっと椎葉くんが助けに来てくれる。私はそう信じているんだ。それに、もしも隙ができたら逃がしてあげるから。鶴岡八幡宮での舞を頑なに拒んでいた貴女が、私のために舞ってくれたこと、とても感謝しているよ」

 そう言って、ともちゃんは恥ずかしそうに微笑んだ。


『文治二年(一一八六)五月小廿七日甲辰 入夜 靜女依大姫君仰 參南御堂 施藝給祿 是日來有御參篭于當寺 明日滿二七日 依可退出給 及此儀云々 吾妻鏡第六巻』

 文治二年五月 大姫君の仰せにより、静御前が南御堂にて舞を披露したとされている。


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