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神域

翌日の朝、鷲と冬華は家を出た。夏休みの平日とあって、ラジオ体操に向かう子供たちとすれ違う。自分達の目の前には、何も変わらない日常があった。


 駅に着くと、すでに御堂とゆかりんがいた。ゆかりんの両親も、祖父母の家に行く娘を快く送り出してくれたらしい。朝食代わりに売店でサンドイッチと飲み物を買って、新幹線に乗り込んだ。

 新幹線で福山駅まで行き、バスに乗り換える。広島県尾道市から愛媛県今治市を結ぶしまなみ海道はサイクリストの聖地と呼ばれ、自動車道の横に自転車道が併設されていた。

 バスの車窓からは瀬戸内海に浮かぶ島々が見える。

 広島県の島々を通り、愛媛県側に入って最初の島が大三島だ。四人は高速道路上にある大三島の停留所で降りた。またバスを乗り換え、島の中を通って大山祇神社へと向かった。バスを降りるとすぐ目の前に大きな神社が見えた。


「先に宝物館に行ってみようか」

 まず訪れたのは神社の隣にある宝物館。中に入ると控えめな照明の中、多くの文化財が展示されていた。全国の国宝・国の重要文化財の指定を受けた武具類が、ここ大山祇神社宝物館に保存展示されているらしい。


 3人はゆっくりと展示物を見て回った。甲冑、太刀、どの武具も歴史を感じさせる。木曽義仲の熏紫韋威胴丸、源頼朝の紫綾威鎧など、古くは斉明天皇が奉納されたと伝わる禽獣葡萄鏡なども展示されていた。

 

 一つ一つ見ていた鷲が足を止めた。彼は目の前にある鎧をじっと見つめている。後ろを歩いていた冬華も彼の隣に並んだ。鎧の横には赤糸威鎧あかいとおどし よろい源義経奉納と記されている。

 色褪せている甲冑はかなり古いものだった。二人はしばらく甲冑の前で立ち竦んでいた。


「やっと……逢えたんだよね」

 冬華が小さな声で呟くと、鷲がそっと彼女の肩を抱き寄せた。


 四人は宝物館を出て、隣にある神社本殿へと向かった。

「戦後、GHQはここに奉納されている国宝級以外の刀剣を処分しろって言ったらしいけれど、神社側が土中に秘匿したんだって。相手の文化や歴史まで奪おうとする奴らはどこにでもいるから、よく守ってくれたよ」

「機転を利かせてくれた先人に感謝だな」

 鷲の言葉に御堂が微笑むと、

「なんだか二人とも持ち主みたいな言い方だね。それって愛国心てやつ?」

 そう言ってゆかりんは笑った。彼女は、他の場所も見て来るねと言って駈け出して行った。


「御堂、菜村さんに前世の話をしていないのか? 少し時間をくれって言っていたじゃないか」

 ゆかりんが去った後、鷲が険しい顔で御堂を見る。

「彼女は俺たちがいた時代と全く関係ない。昔の事なんて何も知らない。俺なりに考えたんだが、ゆかりちゃんは巻き込むべきじゃないと思う」

 真剣な表情で御堂が言い切る。

「へぇ、私はこれだけ巻き込まれたのに。御堂さんて、ゆかりんには甘いんだよね」

 冬華がにやりと笑うと

「お前は静なんだから仕方ないの!」御堂が声を荒げ、

「御堂、冬華をお前って呼ぶな!」鷲が御堂を叱る。


「私からゆかりんに話すよ。きっと彼女ならわかってくれると思う。それに、もうとっくに巻き込んでいると思うんだよね」

 冬華は二人に向かって微笑んだ。


 ゆかりんは神社にある古木の前にいた。

「冬華見て。これ、すごいよね。この楠、樹齢が約千三百年だって。さっき見て回ったらさ、他にもっと古い楠があったよ。子供の頃に来ただけだから覚えてなかったな。こんな姿の木、初めて見たかも。見る人を惹きつけると言うか、精一杯生きてきたって感じだよね」

 古木の楠は、人が立ち入れないようにロープで区切られた中に立っていた。幹の周りには注連縄が張られている。木の隣にある説明文には『天然記念物 能因法師 雨乞いの楠』と記されていた。かなり枯れ朽ち、中が空洞になってはいるが、幹周りは十mほどあり、うねりながら伸びている佇まいは、威厳のようなものを感じる。


「きっとこの楠は長い間、いろんなものを見てきたんだろうね」

 冬華はほうと溜息をつき、目の前の古木に敬意を払う。

「しかし、冬華がレキジョだとは知らなかったな。椎葉くんと付き合い出してから、歴史に興味を持ったの?」

 歩きながらゆかりんが尋ねた。冬華は彼女の隣に並ぶ。

「あのさ、ゆかりんは前世って信じる?」

「え?」 

 ゆかりんは歩を止めて、冬華の顔を見つめた。

「ええと、前世? 異世界へ転生しました、みたいなもの?」

「異世界転生とは違うかな……。今、ここに生きている人が、生まれる前にも実は別の人生があって、今でもそれを覚えていて。前世で出来なかった夢を、今度こそ叶えたいと思ったり……。そうだな、ええと、自分でも何を言っているか分からないや」

 もっとうまく伝えられたらと思うが、いざ話そうとすると、適切な言葉が出てこない。


「でもずっと昔に、これを纏って戦った『誰か』はいたんだよね。かなり古いものだったし。今でも残っているってすごいよ」

 ゆかりんはパンフレットに掲載されている鎧の写真を指さす。先ほど見た、源義経が鎧っていたとされる赤糸威鎧の写真だ。

「もしもね、椎葉くんがその『誰か』の生まれ変わりだって言ったらどう思う?」

「ん? 冬華の話、イマイチ分からないんだけど。生まれ変わりって何? 椎葉くんは高校生だけど、昔は別の人だったってこと?」

 ゆかりんが思ったままを疑問にすると、冬華は『そう』と頷いて続けた。

「私も昔、別の誰かだった。そして気の遠くなるような年月を経て、やっと彼に逢えたって言ったら信じる?」

 突拍子もない話に、ゆかりんは瞬きの回数が多くなる。

「え、ええと、それって、椎葉くんと冬華はずっと昔に想い合っていたけど亡くなって、時代を越えて再び出会って、また恋におちた、みたいな話……でいいのかな?」

「ま、まぁそうだね。なんか少女漫画みたい。あはは……ゴメン、忘れて」

 

 冷静に考えれば、高校生にもなって何を言っているんだろうか、こんな馬鹿げた話を信じるはずがないと思った冬華は、曖昧な笑みを浮かべて友人を見た。

「少女漫画みたいでも素敵じゃない。そういうの好きだよ。私と御堂さんもそうなのかなぁ」

「ええと。御堂さんとゆかりんは、この瞬間でも仲のいい恋人同士なんだから、それで良いんじゃないかな」

「私たちも昔からの恋人がいいなぁ。その話、もっと詳しく聞きたい。教えて」

 冬華の予想に反して、ゆかりんはうっとりとした顔で微笑んだ。冬華は彼女に、自分と鷲、御堂には前世があるのだと話し始めた。一通り話し終えた頃、鷲と御堂が合流し、話に加わった。


「それでね、ゆかりん。これってただの旅行じゃないんだ」

「え?」 

 冬華の言葉にゆかりんは首を傾げる。

「今まで黙っていてゴメン。実はある人に追われていて、四国へ逃げているんだ」

「その人って私の知っている人? 前世と関係ある?」

「うん。私と鷲くん、御堂さん以外にも同じ時代を生きた人がいて、私はその人に追われているの」

「ええと、確か御堂さんが弁慶で、椎葉くんが義経で、冬華が静御前だっけ? 追われているって、やっぱり相手は源頼朝?」

「ちょ、ちょっと、ゆかりちゃん。前世の話をあっさり信じてるの?」

 驚いたように御堂が目を見開く。

「え? だってそうなんでしょ」

 ゆかりんは不思議そうに冬華たちを見た。

「こいつなんか当事者のくせになかなか信じなくてさ。俺達がそれとなく近づいて、やっと話しても、そんなモノ信じられないって感じで。なかなか覚醒しないし。ゆかりちゃんの素直さを見習って欲しいものだよ」

 御堂がそう言って冬華を指さすと、

「おい、冬華をこいつって呼ぶな。何度も言っているだろう」

「はいはい、素直じゃなくてすみませんね」

 鷲が御堂を小突き、冬華は口を尖らせた。

「じゃあ、私の知ってる人で……あっ、分かった。興俄先輩が頼朝でしょ?」

「そう、なんだけど……ゆかりんってすごいね。いろいろと」

「だって私が知っている中であの人が一番、征夷大将軍って感じがするもん」

 ゆかりんが屈託のない笑顔で言うので、三人は

『そう……』

 と言って頷くしかなかった。


「でもなんか私だけ、前世の記憶がないから仲間外れになった気分なんですけど」

「ゆかりちゃんには俺がいるじゃないか」

「そっか、そうだよね。前世なんてなくても、今の私には御堂さんがいるもんね」

「そうだよ」

 二人は微笑みながら見つめ合っていた。


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