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追憶

翌朝、食料を買い込んだ御堂が来てくれた。


「ゆかりちゃんには俺から話すから、待ってくれないか。伝えるにしても情報量が多すぎる。俺が少しずつ話をしたい」

「へぇ、ゆかりちゃん、ねぇ。もう名前で呼んでるのか」

 鷲がにやりと笑うと、

「う、うるさい。あ、そうだ。お前達が付き合っていると話したぞ。彼女、4人でダブルデートしたいねって言ってた。それには俺も同意した、って悪い。今話す内容じゃないな」

 御堂は申し訳なさそうに詫びて、ちらりと冬華を見た。


「御堂さん、いろいろとありがとう。迷惑をかけてごめんなさい」

 丁寧にお礼を言うと、御堂が気まずそうな顔をする。

「あのさ、もう畏まって話さなくていいよ。思い出したんだろう?」

「実はあまり覚えてなくて。昔の私はどうだったの?」

「そうだなぁ。凛として気高くて、何よりもこいつにべったりだった。まぁこいつも同じだったけど」

 にやりと笑い、鷲を指さす。


「前から思っていたんだけど、御堂はもうちょっと僕に敬意を払えないのか」

「じゃあ言わせてもらうけど、今は俺の方が先輩なんだぞ。後輩の癖に生意気だろ」

 睨みあう二人を見て、冬華はクスリと笑った。

「でも、二人はとても仲が良いよね。それはきっと今も昔も変わらない気がする」


 何気なく視線を移すと、リビングの奥には和室が見えた。和室の床の間には刀掛けに掛けられた日本刀がある。

「あの刀って本物?」

「うん、父のコレクションなんだ。いつもは拵えだけ飾って、刀身は別の場所にしまっているんだけどね。本当は昨日見せようと思っていたんだ。京の堀川に屋敷があったんだよ。静もそこにいた。あの頃は、幸せだったな。僅かな間だったけれど。仲間がいて、愛する人がいて」

「それって、この前見た絵だよね。確か夜討ちされたんだっけ」

「うん、ここには色々な本があるから読んでみると良いよ」


 鷲は壁際にある書棚を指さした。壁一面に本が並んでいる。古い背表紙の本から、最近出版された小説まで種類は様々だ。5段ほどある棚の半分ほどは、鎌倉時代関連の本で占められていた。


「すごい量だね。私、鷲くんから前世の話を聞かされた時に、図書館から何冊か借りて読んでみたんだ」

「何を読んだの?」

「吾妻鏡の現代語訳とか。あとは、玉葉、平家物語、義経記、なかなか読み進められなくて、どれもまだ途中までしか読んでいないんだ。山塊記は書き下し文が見つからなくて、諦めた。昔の文章って読みにくいね。もっと勉強しておけば良かったって今更だけど思ったよ」

「読んでみて気になるところはあった?」

 鷲の問いに、冬華はかぶりを振る。

「特には……。あの時、思い出したのは一瞬だったし、あまりにも知らない話が多すぎて。後世に書かれた話もたくさんあるんだよね。人形浄瑠璃や歌舞伎の義経千本桜とか能楽の船弁慶や二人静……。義経だけじゃなくて弁慶も結構出てるって初めて知ったんだ。ここにある本も後で読ませてもらうね」

「そうそう、俺たちの話って創作も多いんだよな。おまけにさ、だいたいの作品、こいつだけがカッコ良く書かれすぎている。不公平だとは思わないか?」

 御堂が不服そうな顔で、鷲の頭を小突く。


「いてっ、何するんだよ」 

「あ、そうだ。壇之浦夜合戦記ってまだ読んでいなんだけど、持ってる? ここにあるかな」

 冬華の問いに御堂がにやりと笑うが、鷲は露骨に嫌そうな顔をした。因みに壇之浦夜合戦記とは江戸時代に書かれた春本で、源義経と建礼門院徳子の情事を書いたものだ。


「ここにはないし、これからも読まない方がいいよ」

 気まずそうに言う鷲を見て、冬華は首を傾げる。

「そうなの?」

「あの時は宝剣が沈んで、それどころじゃなかったって言うのにな。まぁ、色男は好き放題書かれるのが世の常だ。いいよなぁ。羨ましい限りだよ」 

 心底嬉しそうに言う御堂を見て、

「お前、馬鹿にしてるだろ」

 鷲が怒り口調で彼に詰め寄った。


「それにしても、二人ともよく覚えているんだね」

 冬華が感心したように言うと、

「僕たちだって何もかも覚えているわけではないよ。ふっと情景が脳裏に浮かんだり、感情が高ぶったりするんだ」

「日本各地を回った時に、時々そうなったな。デジャブみたいな感覚って言うのか『ああ、ここ知ってるな』と漠然と感じてさ。そのたびに、俺たちがこの世に生まれてきた意味があるんだと思ったんだよな」

 御堂が照れくさそうに付け加える。

「最初は、こんな記憶ない方が幸せだっただろうなって思っていたよ。何も知らなければ、普通の高校生として暮らしていたのかなって。突然頭に浮かび上がる見たこともない景色に、今の自分を見失いそうになった。記憶が重荷のように圧し掛かって、恐怖も感じた。でも手放すこともできないんだ。かと言って、覚醒した記憶を背負っていく覚悟も持てない。僕に唯一出来たのは、この重荷を背負ったまま、未来に向かって進むだけだった。できるだけ自分を見失わないようにしながらね」

 鷲が一気に言ってフッと溜息を零した。


「せめてチート能力があって、異世界へ転生したとかだったら、楽しかっただろうな。前世を覚醒しただけで、何の能力もないんだ。どうすりゃいいんだよって、俺達にどうしろっていうんだよって、よく話していたよな」

 自嘲気味に御堂が笑った。

「それでも、この記憶を手放さなかったから冬華に会えた。それは良かったと思っているよ」

 鷲が微笑んだ時、家の外でガタリと音がした。御堂が立ち上がって、閉められたカーテンの隙間から外の様子を伺う。


「鷲、ちょっと」

 手招きされた鷲は窓際へ移動した。冬華も立ち上がり一緒に外の様子を伺う。制服姿の警察官が家の前に立ち二階を見上げている。彼の視線が一階に下りる前に、3人は窓際から離れた。息をひそめて時が過ぎるのを待つ。


 しばらくして御堂がもう一度外の様子を伺うと、警察官の姿はなかった。

「さっきの警察官、昨日も会ったんだよな。ただのパトロールかもしれないけれど、どうも気になる。鷲は見たことないか?」

 御堂の言葉に、冬華はハッとした。

「あの人、確か……」

「知ってるの?」

 鷲が聞く。

「うん、前に見た」


 冬華は以前、興俄と財布を届けに行った話をした。彼はあの時、交番にいた警察官だった。最初は近寄りがたいと思っていたが、興俄とは談笑していた覚えがあったのだ。


「なんだろうな。嫌な感じと言うか、油断ならないって気がする」

「僕もそう思った。とりあえず、ここを離れよう。あの人は僕の身辺を調べ上げている。この家は危険だな。いつ襲ってくるかもわからない」


 顔を見合わせ頷く二人を見て、冬華は口を開いた。

「あのね。二人ともいろいろありがとう。先輩の狙いは私だから、これ以上は迷惑をかけられないよ。それでね」

 これからは一人で逃げるよと言いかけると、鷲が声をあげた。

「なんだよそれ。やっと逢えたのに、また離れ離れになるつもりなのか?」

 彼は語気を強めた。怒りに満ちた目で冬華を見る。

「そうだぞ、鷲の気持ちも考えろよ。だいたいそれを聞いたこいつが、大人しく『はい、そうですか』って言うとでも思ったのか? 一緒にいた方が絶対に安全だって」

 御堂も頷く。

「でもね。先輩は私が共に来なければ鷲くんを殺すって言ってた。あれは冗談なんかじゃない。それだけは避けたいよ」

「僕がみすみすあの人に殺されると思ってるの? 心外だな」

「そうじゃなくて」

「ここで離れたら、また一生逢えないかもしれないんだ」

「私だって離れたくないよ。でも、もしも鷲くんに何かあったらって思うと……」

「僕を誰だと思ってるの? もう二度とあの人の好きにはさせない。同じ轍は踏まない」 

「先輩にはすごい力があるんだよ! 今の鷲くんには何もないじゃない!」


 その時、玄関のチャイムが鳴り二人は黙りこんだ。

「ああ、多分ゆかりちゃんだ。夢野さんの心配してたからさ。ここにいるって伝えたんだ」

 御堂が立ち上がり玄関へ向かった。

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