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憂鬱

その夜、

「どうしよう」冬華がスマホでグループメッセージを送れば、返事が帰って来た。

『何が?』と、ともちゃん。

「どうしたらいい?」冬華が返すと

『だから、何?』と、ともちゃん。

『明日のテストなら、もう諦めろ』ゆかりんからも返ってくる。

「違うよ! 告白されたんだよ」

『おっ。おめでとう。相手は隠れファンの誰?』 

『物理オタクのあいつ?』

『いや、隣のクラスにいるチャラ男でしょ』

『もしかして一年生? 年下もいいじゃん』

 二人は好き勝手に囃し立てる。


「違う! 神冷興俄先輩。生徒会長だよ」

『今日はエープリルフールじゃない。はよ寝ろ』

『冗談にはつきあってられない。また明日ねぇ』

「本当なんだって」

「ちょっと、聞いてよ」

「私、どうしたらいい?」

「本当に告白されたんだって」

「おーい」

 冬華の連投した文字が、虚しくスマホの画面に並んだ。


 翌日。

 冬華は結局、一睡もできなかった。彼女は、学校までの道のりを重い足取りで歩いていた。

「おはよう、冬華」

「おっはよう。朝から元気ないぞぉ」

 背中に快活な声がかかる。ともちゃんとゆかりんだ。

「あのさ、いくら自分がテスト勉強してないからって、あんな嘘で私達が動揺するはずがないでしょ」

「そうそう。もうちょっとましな嘘をつきなよ」

 にやにやしながら二人が両側に立った。

「だからぁ、本当なんだって」

「あれだけ神冷先輩をディスっておきながら、告白されたとかよく言えるよ」

 呆れ顔のゆかりんが冬華の肩を小突いた。


 正門をくぐると、見慣れた校舎が視界に入った。昨日まで何の変哲もなかった学校が、冬華の目には強靭な要塞に見えた。この要塞に君臨する魔王に見初められたのだと思うと、胃痛がする。穏やかで平凡な毎日を過ごしたいと思っていたのに。そう思いながら冬華はもう一度深い溜息をついた。


 上靴に履き替えて廊下を歩いていると、前から背の高い人物がやってきた。神冷興俄だ。

「ほら、噂をすればだよ」

 小声でゆかりんが指さす。彼が通るだけで、周囲の生徒達はざわつき始めた。彼はまっすぐこちらに向かって歩いてくる。

 冬華の足が止まった。逃げ出したいが、逃げられない。今まで平和だった世界が今日から違うものになるような気がした。耳の奥で穏やかな日常が崩れていく音がする。


「冬華さん、おはよう」

 神冷先輩は冬華に笑顔を向けて、続ける。

「昨日は突然驚かせてごめんね。放課後、俺と一緒に帰らない?」

「あ、あの」

「もしかして友達と先約があるのかな」

 神冷先輩は、ともちゃんとゆかりんを交互に見比べ、二人に向かって微笑んだ。

「特に予定がなければ、冬華さんを借りても良いかな。実は昨日、彼女に告白してね。まだ返事をもらえていないんだ」

「よ、予定なんて、そんなもの、全くありません」

「どうぞどうぞ。この子をどこにでも連れて行ってください」

 二人は冬華の腕を掴み、先輩の前に差し出した。


「そう、ありがとう。じゃあ放課後、靴箱の前で待ってるよ」

 唖然とする友人たちにもう一度微笑んで、先輩は爽やかに去って行った。

「本当、だったんだ」

「近くで見ると、やっぱりかっこいいね」

 友人たちは、後ろ姿を見つめたまま口を開く。

「ねぇ、どうやって断ればいいかな」

 冬華は真剣な顔で二人に尋ねた。

「ええっ、断るの? あり得ないよ。あの神冷先輩だよ」

「どれだけファンがいるのか知ってるの?」

「だって、怖すぎるでしょ。絶対に何か裏があるって。私、入学してから昨日まで、先輩と話したこともないんだよ」

「裏って何よ。攫われてどこかに売られるとか思ってない?」

 呆れ顔のともちゃんが、やれやれと首を振る。

「それ、あるかもしれない……。明日、学校に来なかったら警察へ届けて」

 真剣な顔で訴える冬華を見て、二人は顔を見合わせた。

「それ、本気で言ってる? なんで神冷先輩が冬華を誘拐する必要があるのよ」 

「とりあえず、告白は受けてさ。それから、どうするか考えればいいじゃん」

「そんな、他人事だと思って簡単に言って……」

 深い溜息をつくと、冬華の周囲にはちょっとした人だかりができていた。同級生達が彼女を取り囲んでいる。

「冬華、神冷先輩と何を話していたの?」

「どういう関係?」

「向こうから、話しかけられていたよね」

「何かあったの?」

「ええと、それは……」

 次々に浴びせられる質問に困惑していると、ともちゃんとゆかりんが事の顛末を説明し始めた。

神冷興俄が冬華に告白した事実は、瞬く間に校内を駆け回った。


 昼休み、冬華のいる教室の雰囲気はいつもと違っていた。なぜなら、廊下には三年の女子生徒が群がっていたからだ。彼女達は廊下に面した窓から、教室を覗き込んでいた。普段交流のない三年生の女子が次々に二年生のクラスを覗き込んでいるので、教室内にいる生徒たちはみな気もそぞろだ。


「あれだよ、夢野冬華って」

「あの子なの? 興俄くん、趣味が悪くなったね」

「物珍しいだけじゃない。ああいう地味な女が」

「どうやって取り入ったんだろう」

 彼女達の声は、嫌でも冬華の耳に入る。

「あの人たち何がしたいんだろうね。気にしない方が良いよ」

「何があっても私達が守ってあげる」

 ともちゃんとゆかりんが廊下にいる人だかりを睨み付ける。

「うん……ありがとう。迷惑かけてゴメンね」

 これからの毎日が憂鬱だなと思い、冬華は力なく頷いた。


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