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寵臣

 翌日、ここは三年生の教室。

 御堂は同じクラスの興俄に声をかけた。「話があるから少し残っていろ」と。興俄は黙って頷いた。


 そして放課後。

 帰り支度を済ませた興俄は御堂を捜した。彼は一人で窓際に立って校庭を眺めていた。興俄は黙って御堂に近づき、彼に倣って隣に並び外を眺める。身長180センチ超えの二人が窓際で並んでいる姿は、なんとも言えない威圧感があった。校庭では運動部が部活動の準備を始めている。バラバラと教室から生徒が出て行く中、二人は終始無言だった。

 教室内に残っている生徒がいなくなると、興俄が御堂の方を向いて口を開いた。


「まさかお前があいつの従者とはな。俺に直接話かけるとは身の程知らずめ」

「へっ、やっぱり気づいていたのか。それなら話が早い。もうすぐ鷲がここへ来る。要件は分かるだろ」

 御堂がにやりと笑うと教室のドアが開き、緊張した面持ちの鷲が入って来た。彼の姿を視界に入れた興俄は眉を顰める。


「二人揃って何の用だ。俺は忙しい。お前達の相手をしている暇はない。帰るぞ」

 鞄を持ち、教室から出ようとする興俄の背中に鷲は声をぶつけた。


「単刀直入に聞きます。なぜ、彼女に拘るんです」

「分かってるんだよ。北川先生があの尼将軍だって。身近に妻がいるんだから、夢野さんは必要ないだろう。あんた一体何がしたいんだ? 鷲への嫌がらせか?」

 御堂が覆い被せるように言う。彼は足を止め振り向いた。


「そんな話か。いいか、白拍子の舞は巫女舞を源流とする説もある。あの舞を見た者なら分かるだろう。全ての者の心を掴む不思議な力があるとな。まぁ、お前達は何も知らないだろうが」

 不敵な笑みを浮かべる興俄を見て、御堂が顔を顰める。


「おい、バカにしてるのか」

 詰め寄る御堂を鷲が制した。

「彼女の舞がどれほど凄いかは、よく知っていますよ。法王に神の子とまで言わせた神泉苑の池での雨乞いも知っています。僕も実際に見た。けれども彼女は何一つ覚醒していない。無自覚な彼女を巻き込むわけにはいかない。否、もしも彼女が前世を覚醒しても、僕が絶対に守ります。貴方には渡さない」

 そう言い切った鷲を見て、興俄はフッと息を吐いた。

「守る、ね。現世の彼女は様々なモノと呼応できる。あの力はお前達では手に負えないだろうな」

「え?」

 鷲の顔が強張る。

「ほう、その様子ではやはり知らなかったか。お前はまだ、そこまで彼女に信頼されていないのだよ。それでよく、守るなどと言えたものだな」

 興俄はしたり顔で二人を見ると、「じゃあな」と言い残し、その場を立ち去った。


「彼女の力……?」

 鷲は興俄の言葉を復唱し御堂を見る。

「様々なモノと呼応できるってなんだよ。鷲、聞いていないのか?」

「ああ」

「前世の話をしたのに信じられてないし、お前の告白だって宙ぶらりんのままだろ。あいつが言った彼女の力ってなんだよ。なんだってあいつにばかりアドバンテージがあるんだ」

 悔しそうに机を叩く御堂に、鷲は何も言えなった。


 学校を出た興俄は交番に寄った。

 道端から交番内を覗き込むと、先日財布を届けた警察官が一人で勤務している。


「お仕事中にお邪魔します。今、一人ですか?」

 興俄が声をかけると、

「ええ、また財布を拾ったんですね」

 警察官がにやりと笑う。

「今日は違いますよ。座っても?」

 警察官が頷くと、興俄は前回と同様に机の前にあるパイプ椅子に座った。


「あの二人ですが、そう警戒する必要はないようです。俺の脅威になることもなさそうだ。何かありましたら、こちらから連絡しますので」

 興俄の言葉に、日誌のようなものを記載していた警察官は顔を上げた。

「やはりあなたの敬語は慣れません。いくら見た目が高校生とは言え、恐れ多い。それにしても、こうやって出逢えてまたお役に立てるとは。私も二人の周辺を調べましたが、怪しい人間はいませんでした。今のところ何か企みがあるとは思えません。確かに予州殿の最期は無残なものでした。だが、再びこの世に現れて鎌倉殿の命を脅かそうとしているのならば、黙ってはおれません。引き続き警戒しておきます」

「よろしく頼みますよ。貴方だけが頼りなんです」

 興俄はにっこりと微笑んだ。


「ところで例の件は首尾よく運んでいますか?」

 警察官が尋ねる。

「ええ、とてもいい物件を見つけました。今後の拠点になるでしょう。あとは静をこちら側につければ問題ないと思います」

「静が一番厄介ですね。大丈夫なんですか?」

「時々邪魔がはいりますが、なんとかなるでしょう」

「それでこそ我が君です。ただ、ほどほどにされますように」

 警察官は釘を刺すような口調で告げた。


 興俄は少し考えて

「はしもとのきみには何か渡すべき」

 と言うと彼は

「ただ杣川のくれてすぎばや」

 と返し二人は、にやりと笑った。 


『建久元年(一一九〇)十月小十八日 己亥 於橋本驛遊女等群參  有繁多贈物云々 先之有御連歌。

  はしもとの君にハなにかわたすへき

  ただそまかハのくれてすきはや   吾妻鑑10巻より 』 


 橋本の宿でもてなしてくれた遊女になにを送ればいいかと聞いた頼朝に、くれ(皮が付いた木)でも渡せばいいのではと、日が暮れますよをかけて梶原景時が返した連歌である。

 


 二人の出会いは二年前、興俄が高校一年生の時だった。


 警察官の彼は名前を景浦清孝かげうら きよたかという。

 景浦はその頃、不眠に悩まされていた。ここ最近、意味不明な夢を見るようになり、夜中に何度も目が覚めていたのだ。その夢を見るまでは、どちらかと言えば夢は見ないほうで、充分熟睡できていた。しかし、夢を見始めてからはぐっすりと眠ることができなくなった。そのおかげで昼間もぼんやりすることが多くなる。職業柄、気の緩みは絶対に避けたい。寝不足など、自己管理が不十分だと上司に叱責されるだろう。薬に頼ったり、病院に通ったりしても改善されない。

 見る夢はだいたい同じ、夢の中では突如、見た事こともない景色が突如浮かび上がっていた。独身である自分になぜか妻と子供がいる。経緯は不明だが、多くの男に詰め寄られ、叱責されている光景も見える。そして夢うつつの中、一際覚えているのが見た事もない男の存在だった。顔は見えないけれど彼がそこに居れば、夢の中にも関わらず空気が変わっていた。

 

 そんなある日、一人の高校生が交番を訪れた。彼は財布を拾ったので持ち主に返して欲しい、謝礼などいらないので、こちらの連絡先は伝えないで欲しいと言った。

 彼の姿を正面からじっと見た途端、景浦の心がざわついた。彼の醸し出す空気が、毎夜夢に出てくる人間にどことなく似ていたからだ。高校生の方も、交番内に入って来てからずっと景浦を見つめていた。


『あの、どこかで会いましたか』


 同時に口から出た言葉で、お互い顔を見合わせる。

「さっきからどうしても思考が読めない。もしかしてお前は梶原……景時か」

 興俄が名を呟く。

 梶原景時。頼朝の寵臣で、義経と対立していたことでも有名な人物だ。文武に優れてはいたが、頼朝の死後、御家人の反発にあい一族は滅亡した。(梶原景時の変)

自分ではない名を呼ばれ、景浦の脳裏にはある和歌が蘇った。


『我君の手向の駒を引つれて行末遠きシルシアラハセ』


 少しの間が開き、彼は全てを理解した。自分の前世と、目の前にいる男の正体に気が付いたのだ。


「きみは……いや、貴方は……鎌倉殿」

 その日を境に、彼が不眠に悩まされる事はなくなり、二度と不思議な夢も見なかった。


『建久六年(1195)四月小廿七日 壬午 將軍家以梶原平三景時爲御使 令奉幣住吉社給被奉神馬 今夕景時參着社頭 註付和歌一首於釣殿之柱云々

 我君ノ手向ノ駒ヲ引ツレテ行末遠キシルシアラハセ 吾妻鏡15巻より』


 将軍(頼朝)は、梶原(平三)景時を使いとして、住吉大社へ幣を奉納し、馬も奉納した。夕方、梶原(平三)景時は神社に着いて、和歌一首を釣殿の柱に貼ったと言う。

 その歌は『わが君(頼朝)から奉納のために馬を引き連れてきました。どうか末永く、遠くまで神の意志をお示しください』と言う内容だった。


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