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呼名

「あのさ、静御前って知っている?」

 穏やかな口調で鷲が聞いた。

「ええと。確か源義経の妾で、有名な白拍子だよね」

 冬華の答えに二人はゆっくりと頷く。

「静御前、それが夢野さんの前世の名だ」

 彼女を見つめたまま、鷲は告げた。


「は? なにそれ? ちょっと待って。ふざけないでよ。からかっているの?」

「ふざけてないよ。からかってもいない。キミに話しておきたいのは、兄もこの時代に転生しているってこと」

「兄?」

「そう、名は源頼朝。薄々誰か気がついているとは思うけれど」

「あのさ、もしかして興俄先輩が源頼朝って言いたいの? 冗談でしょ?」

「冗談なんかじゃないよ。僕だって冗談であって欲しいと思ったさ。あの人にはもう二度と会いたくないからね。でも出会ってしまった。あの人は手段を選ばない。欲しいものを手に入れる為なら」

 語気を強め、鷲は尚も言いきった。しかし、冬華は訝しげに鷲を見る。

「えっと……だから前に、前世を信じるかとか舞ができるかとかって聞いたの? でもね、そんな話を急に言われても、私はどうすればいいの? だいたい死後の世界なんて、誰も知らないでしょ。生きている人が知るはずがない。死んだ人が、またこの世に転生するなんて、そんなオカルト的な話は信じられないよ。それに私は、貴方達みたいに覚醒もしていない。全く記憶もないのに、そんなことを言われても……」

「じゃあ、どうしてあの人は夢野さんを静って呼んだんだ? 確かに呼ばれたんだよね。『シズカ』って」

「それは……」

 

 冬華は初めて興俄と会った日を思い出した。

 確か興俄先輩は私を捜していたと言った。義経を知らないと言うと、覚えていないのかと笑った。あれは、私が……私の前世が静御前だからとでも言うのだろうか。


「どんな魂胆があるのか知らないけれど、あの人は静を欲している。僕が今度こそキミを守る。もう離れ離れにはならない」

「ま、待って。何か目印があるわけでもない。私自身に記憶があるわけでもない。ましてや舞もできないよ。成績だってパッとしないし、日本史の成績なんてひどいものだよ。それに運動神経だって……何も優れている所なんてない。きっと人違いだって。だいたい、どうして私が静御前だって言い切れるのよ」

 冬華は不安げに彼を見るが、鷲はまっすぐに彼女を見つめて口を開いた。

「例え姿かたちが変わろうとも、僕の魂は覚えている。キミを間違えるはずがない」

「そんな……魂なんて……」


 そんな不確かなモノが、この世にあるのだろうかと冬華は思った。人間の思考は脳が生み出している。人間も脳もこの世に確かに存在しているモノだ。 

 だが魂はどうだろう。この世界に魂なんて不確かなモノが存在しているのだろうか。人間は亡くなっても、魂だけは消滅せず、ずっと宇宙空間を彷徨っているとでも言うのだろうか。それが時を経て、新たな人間と融合するとでも言いたいのか。


「ゴメン、あまりにも突拍子もない話で、やっぱりにわかには信じられないかも……」

 冬華は思ったままを告げる。


「いや、そんなすぐには無理だよ。急にいろいろと言ってゴメンね。信じられないだろうけれど、これが事実なんだ」

 謝る彼の顔はとても寂しそうだ。

「ううん、私の方こそゴメン。でも上手くは言えないんだけど……信じる努力はしてみるよ」

 冬華は真っ直ぐに、鷲を見つめた。自分が使える力だって、説明できるものじゃない。彼に話したら信じてくれるだろうか。二人の視線が絡み合う。沈黙を破るように鷲が口を開いた。

「誤解して欲しくないんだけど、僕は今のキミ、夢野冬華さんが好きだ。思い出せなくてもいい。キミが今の僕を見てくれれば。僕の傍にいてくれれば」

「え? 椎葉くん……それは、あの……」

 突然の告白に、冬華は顔を赤らめた。


「ええと、コホン」

 大きな咳払いが、冬華の言葉を遮った。

「あのさ、俺もいるんだけど。忘れてない?」

 御堂が不機嫌な顔で二人を見る。

「ご、ごめんなさい」

「おまえな、ちょっとくらい黙って待ってろ。全く……気を利かせろよ」

 鷲は不機嫌そうに御堂を睨むが、

「あのなぁ、夢野さんが困っているだろう。一気に言いすぎなんだよ。ちょっと落ち着け」

 御堂は逆に鷲を窘めた。


「ええと、とりあえず今日は帰るね。これ、ありがとう」

 一日でいろいろなことがありすぎて、彼女は混乱していた。とにかく一人になって落ち着きたいと思い、立ち上がって鷲のジャケットを差し出した。

「今度会った時で良いよ。風邪をひくといけないし」

 鷲はやんわりとそれを押し返した。

「ありがとう。じゃあ今度返すね」

 家まで送ると言う彼らの申し出を丁重に断って、冬華は二人と別れた。


「さすがにあれはちょっと急ぎすぎじゃないのか?」

 冬華と別れた後、御堂が言った。彼は続ける。

「俺たちは記憶が戻った時、多少は理解した。それでも信じられなくて、いろんな場所を巡って、少しずつ思い出してやっと今の状態なんだ。でも彼女は違うだろ。記憶もないのにあんな話をされてさ。さっきのお前、壺か水晶でも売りつけそうない勢いだったぞ。もう少し冷静になれって」

 鷲は「そうだな」と呟いて、ため息をついた。

「僕は、昔に戻ったような錯覚をしていたのかもしれない」

一呼吸おいて、続ける。

「けれど、今の彼女も愛している。それは自分が一番分かっているよ」

「でもなぁ。彼女、お前の告白にかなり混乱してただろう。おまけに、神冷が何を考えているか全く分からない。前途は多難だな」

 険しい顔をする御堂を見て、鷲は何も言えなくなった。


 冬華は二人と別れ、駅に向かった。


 休日の夕方、駅のホームは混んでいた。歩き続けた足が痛む。どこかに座りたかったが、ベンチはすべて埋まっていた。現実とかけ離れた話を聞かされて、彼女の頭は混乱していた。この痛む足は紛れもなく私のモノだ。自分が他の誰かだったと言われても、にわかには信じられない。けれど、鷲に出逢ってからおかしな夢を見ていたのは事実だった。

 それでも、と彼女は思う。

 少し前の記憶――例えば一週間前に何を食べたかさえ曖昧なのに、数百年前の話をされて誰が信じるだろうか。ただ、興俄先輩は自分ではない誰かを見ていた。それだけは理解できた。告白されて、彼女になって舞い上がっていた自分が惨めだった。

 電車に揺られ、痛む足を引きずりながら彼女はなんとか家路についた。


 

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