表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/85

対峙

「椎葉くん……」

 興俄にあらぬ疑いをかけられてはいけないと思い、冬華は思わず視線を逸らした。

「俺の彼女に何か用かな? 邪魔をするなら、こちらも容赦しないよ」

 興俄はつないでいた手を離し、ゆっくりと見せつけるように冬華の肩を抱き寄せる。背後から回された腕に、冬華は居心地の悪さを感じた。

「彼女、あきらかに怯えているでしょう。放ってはおけませんよ。そろそろ解放してあげたらどうですか」

 鷲は不機嫌そうに二人を交互に見る。興俄は冬華から手を離し、鷲の前に立ちはだかった。

「相変わらずお前は甘いな。正義感だけでは天下はとれない。見たまま突っ走る性格は、昔のままか」

 二人は向かい合って立っている。まるで果し合いをするかのように、お互いの顔を睨み付けていた。


「え……相変わらず? 昔のまま? 二人は知り合いだった……の?」

 冬華は驚いた顔で二人を見比べるが、どちらも何も言わない。空気が張り詰めて、ここにいてはいけない気分になった。

「あの……わた、し、そろそろ、帰りますね……」

 冬華はぎこちなく笑ってその場を駈け出した。興俄がチッと舌打ちする。

「お前は誰だ? 何故、俺の邪魔をする」

「誰、とは?」

 鷲が問い返す。興俄は鋭い瞳を鷲に向けたまま口を開いた。

「古来より、人は何故、罪人を斬首するか分かるか。魂と身体を切り離すためだ。斬首された人間は、二度とこの世に転生できない。魂は永遠に、この世とあの世を彷徨い続ける。あの時、斬首したお前はこの世に存在できるはずがないんだよ。あの頃、俺を恨んでいた奴は大勢いるからな。お前は誰だ。何のために九郎の名を名乗る」

 ああ、と呟いて鷲は興俄を見据えた。

「僕は正真正銘の義経ですよ。今から20年ほど前に、胴体と魂が同じ場所に戻ったんです。親切な人たちが、僕の供養をしてくれた。そして、やっとこの世に転生できた。彼女もまた、僕を待ち続けてくれていた。800年以上もずっと。今度こそ離れない。彼女は絶対に渡せません」

「なるほどな。そうならば、俺はもう遠慮はしない。お前の身辺については全て調査済みだからな。よからぬことを企んでも、すぐに分かるぞ」


「では今から僕を殺しますか? ここで戦いますか?」

 興俄を見据えたまま、鷲は一歩踏み出した。

「ここで戦うだと?」

 興俄は嘲笑い、続けた。

「大将が自ら先陣を切って突っ走る戦法は、相変わらずだな。お前の浅はかな行動がどれだけ俺を苦しめたと思っている。平家討伐の手柄を独り占めしたお前に対し、御家人たちからどれだけの不平が噴出したか。俺を慕う御家人があってこそ、武士が一つになれたのだ。俺を盟主として皆は団結していた。全ては武士のために、だ。何時も自らが動いて勝利を収め、手柄を独り占めするような行動をとるお前を赦せるわけがないだろう」

「僕はただ、認められたかった。貴方の役に立ちたかった。僕は信じていた。貴方のために戦った。それなのに貴方は……。貴方の所為で、兄弟の縁は絶えました」

 鷲の言葉を聞いた興俄は、フッと笑みを零す。

「兄弟の縁? そんなものは初めからなかったのだよ」

「そうでしょうね。貴方は僕と共に戦った範頼殿も簡単に遠ざけた。源氏の血をなんだと思っておられたのか。己の宿命を無駄にし、こうやって今、この世に業因を残した。そして、彼女さえも奪うとしている。貴方の方こそ、どれだけ僕を苦しめれば済むのか。貴方には妻がいたでしょう。何故、静に執着するんだ」

「血など関係ない。大切なのは、己の味方となる有力な人物だ。それにお前は何か勘違いをしていないか? 彼女は今、こちら側にいるんだぞ。執着しているのはお前の方だ」

「取り返します。絶対に」

 そう吐き捨てて、鷲はその場を後にした。


「やれるものなら、やってみろ」

 興俄は去って行く背中に投げつけるが、彼が振り向く事はなかった。


 ただならぬ二人の気迫を見た冬華は、半ば逃げるようにその場から離れた。速足で祭りの喧騒紛れ、人込みをかき分ける。自分の知らないところで何かが起こっているような気がした。それが何かは分からない。ただ、不安だった。神社から離れ、しばらく行くと日常の風景が戻って来た。俯き加減で歩いていると、目の前にあった人影にぶつかりかけ、冬華は思わず目を閉じる。


「おっと危ないよ。大丈夫?」

男の声がして目を開けると、見覚えのある人物が立っていた。

「御堂さん……」

「俺の名前、知ってるの? これはこれは光栄なコトだ」

 御堂嶽尾は軽く笑うと、冬華の顔を覗き込んだ。彼女は目に涙を浮かべている。

「おいおい。なんかただごとじゃなさそうだな。そこの公園で話そうか、愚痴なら聞くよ。こういうの懐かしいねぇ」

「え?」

 彼の言っている意味が分からず、冬華は首を傾げる。

「いや、なんでもないよ。公園のベンチにでも座ってて、すぐに行くから」

 冬華は御堂に言われたまま、公園のベンチに腰掛け、背もたれに身体を預けた。

「ほら、これでも飲んで元気出しなよ」

 戻って来た御堂がペットボトルに入った緑茶を手渡し、隣に座った。

「あ、ありがとうございます」


 名前しか知らない彼が、どうしてここまでしてくれるのか冬華には分からなかった。しかし、この場から立ち去りたい感情もなかった。冷えたペットボトルを受け取り、蓋を開け、緑茶を口に含む。ゆっくりと嚥下すると、何故だか心が軽くなった。

「少しは落ち着いたかな」

 御堂の問いに彼女は頷く。

「迷惑をかけて、ごめんなさい。御堂さんとは初めて話をするのに、ここまでしてもらって。あの、何て言ったら良いか……」

「いいって。気にしない、気にしない。それよりも何があったの? 夢野さんって神冷の彼女なんだよね。あいつになんかされたんでしょ」

「あんな……あんなの、酷い」

「は?」

 冬華の呟きに御堂が険しい顔をする。

「ファーストキスだったのに……先輩……まるで別人だった」

「ええと、神冷に無理やりキスされた、と。そりゃ嫌だろうね。最悪だ。よく分かるよ」

 御堂の言葉で冬華は、はっと俄に返った。

「あ、ご、ごめんなさい。あまりにもショックで……つい。どうして話しちゃったんだろ」


 冬華はどうしてこの人に話をしてしまったんだろうか、と思った。だが、彼になら相談できるとも思った。目の前にいる大柄な上級生が、何故か友人達に抱く感覚と似ていたのだ。

「もうすぐ椎葉が来るからここで待ってなよ。あ、でも今の話は、椎葉には内緒な。俺も何も聞かなかった事にするから」

「え? ああ、はい」

 鷲が知ったら、また後先考えずに突っ走るだろうと思い、御堂は苦笑いする。

「まだ神冷が好きなの? 酷いことをされたんだろ。あいつは絶対にやめた方がいいよ」

「どうしてですか」

「どうしてもだ。あいつはろくな奴じゃない。早く別れた方がいい。それより、椎葉なんてどうかな。お勧めだよ」

 御堂が嬉しそうに言った時だった。


「誰がお勧めだ。人をタイムセールみたいに言うな」

 不機嫌な声が降って来て、どこからか現れた鷲が二人の間に割り込んで座った。

「話してきたのか」

「ああ」

「どうだった」

 御堂の問いに、鷲は黙って首を横に振った。

「そうか。しかし、二人の姿を見た途端に、いきなり直談判とはねぇ。率先して身体を張る戦い方は変わってないな」


「ねぇ、椎葉くんと興俄先輩って知り合いだったの?」

「さぁ、どうだったかな。ただ僕はキミが困っていたようだから、声をかけただけだよ」

 冬華の問いに鷲はふわりと微笑み、傍らにいる御堂を見る。

「そうだ、御堂。僕も喉が渇いた。コーラが飲みたいな」

「知らねぇよ。自分で買ってこい」

「ちぇ、冷たいな。それで二人は何の話してたんだよ」

「内緒さ。ねぇ、夢野さん」

「僕のあることないことを、彼女に話していないだろうな」

「さあね。どうだったか」

 わいわいと言い合いをしている二人を見て、冬華の表情がフッと緩んだ。


「なんだか……安心する……なんでだろう」

 冬華の口からふと言葉が漏れる。こうやって三人で話したのは初めてのはずなのに、何故か彼女は心地よさを感じていた。

「おっ、そう思えるなら一歩前進だ。鷲が直談判に行った甲斐があったな」

「僕は何時でも勝ちに拘る。最終的に勝つのは僕だよ」

 御堂の言葉に、鷲が笑った。一方の冬華は、二人の会話の意図が読めず、ただ首を傾げるだけだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ