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従者

「もう、屁理屈ばかり言わないでください。ダメなものはダメなんです。あ、もしかして、今までの彼女と円満に別れたって話、都合が悪くなったらこの力を使ったんでしょう? だから先輩の悪い噂を全く聞かなかったんだ。人の気持ちを弄ぶなんて、最低ですよ」

 冬華が軽蔑の眼差しを向けると、興俄は肩を竦めた。

「最低か、手厳しいな。相手の心を読んで、望むとおりにしてやってもか? ああ、でも最初のうちは喜ぶ人間も、そのうち気味が悪いって言い始めるんだよ。やっぱり冬華みたいに、心が読めなくても、考えている事がまる分かりなくらいがちょうどいい」


「はいはい、私はどうせ単純ですよ。私、先輩に告白された時に周囲からいろいろ言われるから嫌だなと思ったんです。でもそれが全くなかった。あれも、校内で文句を言っている人にもこの力を使ったんですよね。これからは絶対にしないでください。約束ですよ。お願いします」

「いくら冬華のお願いでも、俺はできない約束はしないよ」

 興俄が言い切るので、冬華は溜息をつく。

「私、バラバラになる時は今でも怖くて気持ち悪いんです。宇宙空間の中に放り出されて、元に戻れなくなるような感覚に陥るんですよ。おまけに終わるとすごく眠いし。だから、先輩の前で二度と使いません。さぁ、もうこの話は終わりにして帰りましょう」

 冬華は立ち止まった興俄をおいてさっさと歩き始めた。


「全く、頑なというか頑固というか、そういうところは変わっていないな。いいか、歴史にだって善悪なんてものはないんだ。勝てば官軍負ければ賊軍。あるのは、それぞれの生きざま、目指すところの違いだけだ。利用価値のある力を使わなくてどうするんだ」

 背後から掛けられる言葉に足を止め、冬華は振り向いた。

「え? 歴史がなんですか?」

「まぁいい。なんでもないよ」


 二人は大通りに出た。

「あれ?」

 しばらく歩いたところで、冬華は足を止める。彼女の視線は通りの反対側にあるファーストフード店に向けられていた。

「どうした?」


 窓際の席で、男子生徒二人がテーブルを挟んで向かい合い談笑している。

「椎葉くんだ。あの子、同じクラスなんですよ」

「へぇ」

 無関心を装いつつ、興俄も二人組に目を向ける。

「一緒にいるのは、御堂か」

 二人は話に夢中になっていて、冬華たちに気がつかない。

「あの人、いつも椎葉くんと一緒にいるんです。先輩、知っているんですか?」

「御堂嶽尾とは同じクラスだよ。ただの転校生だと思って気にも留めなかったが、あいつの心も読めないな。なるほど、あの組み合わせは興味深い。おそらくは主君と従者だろう」

「何の話です?」

 にやりと笑う興俄を見て、冬華は首を傾げた。


「いや、なんでもない。冬華といると、いろいろ分かって面白いよ」

「はぁ」

「それより、椎葉くんとはよく話すのか?」

「え?」

 彼の質問の意図が読めず、冬華はまた首を傾げた。

「いや、二年生に美少年がいるって、クラスの女子が騒いでいてね。確かに彼は美少年だ。どんな性格の奴なんだろうと思ってさ」

「美少年? ああ、綺麗な顔をしてますよね。性格は優しいですよ。あと何か不思議な雰囲気があるかな」

「不思議な雰囲気? どんな風に」

「どんなって言われると困るんですけれど、この前、自分が生まれた意味を知る必要があるって言ったんです。意味ってなんでしょうね」

「ふうん、変わった奴だな。あまり関わらない方がいいと思うよ」

 興俄が素っ気なく答えると、

「ほら、交番が見えましたよ。早く行きましょう。力を使ったので、早く帰って横になりたいんです」

冬華は小さく欠伸をして足を速めた。

「ここからは俺一人で行くよ。冬華はこのまま帰って休め」

 交番の前に着くと、興俄はにわかに言った。

「え、でも」

 せっかくここまで来たのにと冬華は不思議そうな顔をする。

「力を使ったから、疲れているんだろ。帰ってゆっくり休め。コレは俺が届けるから。送れなくて悪いが、気を付けて帰れよ」

 彼はそれだけ言うと、さっさと交番の中に入って行った。


 冬華は交番の外から中の様子を伺った。制服姿の警察官が一人、パイプ椅子に座り書類を作成していた。興俄が交番内に足を踏み入れると、警察官は彼に視線を移した。細身で眼鏡をかけた若い警察官は眼光が鋭く、近寄りがたいタイプだ。冬華一人では緊張して、上手く説明できなかっただろう。


 興俄が何か言うと、警察官は表情を和らげた。机の前にあるパイプ椅子に座るよう、興俄を促している。警察官と穏やかに談笑している彼を見届けた冬華は、もう一度欠伸をして家路へと向かった。


「こんにちは。お一人ですか」

 交番に入った興俄は周囲を見回して、警察官に聞いた。

「ええ。同僚は現場に出ていて、今は私一人です。その財布……落とし物ですか。ああ、またあの力を使ったんですね。持ち主に返しておきますよ」

 警察官は意味深に微笑みながら、スチールで出来た机の引き出しを開け、A4サイズの用紙を取り出した。

「ちょっと、敬語はやめませんか。警察官が高校生相手に畏まっておかしいでしょう」

 パイプ椅子に座った興俄は、そう言って溜息をつく。

「私からすれば、あなたが敬語を使う方がおかしいですよ。まぁ、誰が入ってくるかも分からない。お互い敬語なのも仕方ありませんね」

 警察官は苦笑いしながら机の上に置かれた財布を手に取り、拾得の書類を作成し始めた。興俄は窓の外を眺めた。この交番は大通りに面している。平日の昼間でも人や車が行き来していた。


「さっきまで一緒にいた女が静ですか」

 警察官は視線を上げず、己の手元を見ながら尋ねる。

「そうです。覚醒していませんから、俺に懐いて可愛いですよ」

 興俄も窓の外を眺めたまま答えた。


「まさかあなたがあの女を彼女にするとは。御台所様は承知しているんですか?」

「もちろん。あの人に内緒にすると後が面倒だ」

 興俄は小さく笑って続ける。

「それよりも、さっき興味深い人物を見かけましてね。あなたに頼みがあるんです」

「噂の彼女にやっと会わせてもらえると思って期待していたのですが。あなた一人で入って来たので、何か頼み事があるんだろうと思いましたよ」

 未だ顔を上げず書類を作成している警察官の言葉に、興俄は眉を顰めた。

「彼女と会わせるわけないでしょう。覚醒するかもしれない。あなたの息子はたいそう彼女に嫌われていましたからね。何がきっかけで覚醒するか分からないんですよ」

 嫌われていたのはあなたもだろうと警察官は思ったが、口には出さず飲みこんだ。興俄が身を乗り出して、警察官に耳打ちする。

「調べて欲しい男がいる。あいつら、何か企んでいるのかもしれない」

 警察官は顔を上げ、敬語をやめた興俄を見つめた。興俄がかすかに頷く。

「いずれにせよ、またお会いできて光栄至極です。それで、私は何をすれば良いのですか」

 そう言って警察官は微笑んだ。

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