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秘密②

「あ、そうです。この前、物理で先生が素粒子の話をしたんですよ。小さくなっていく最終的過程が、それに近いかなって思います。自分が小さくなるにつれ、相手のソレとシンクロできるんです。少しずつ小さくなりながら、こちらから働きかけてみるんです。ここではないどこかで相手が呼応してくれたら、交流できるんですよ。物でも動物でも。先輩、理解できるなんて凄いですね」

こんな非現実的な話を一瞬で理解されるとは思っていなかった。


「なるほどな。今からやってみせてくれ」

「本当は誰かの前ではやりたくないんですけど」


 誰にも理解されないだろうと思っていた『力』を、あっさりと理解されたのが少し嬉しくて、ゆっくりと地蔵に近づいた。地面に転がる地蔵の頭や周囲にあった小石を拾い、元の場所に戻して掌で固定する。目を瞑り深く息を吸い込んだ。数十秒後、地蔵の身体がガタガタと揺れ始めた。そして次の瞬間、離れていた首のあたりがもぞもぞと動き出した。固いはずの石が柔らかい物体のように蠢き、絡み合っている。

冬華が手を離すと、地蔵は本来あるべき姿に戻っていた。ただ、彼女の息は上り立っているのもやっとのようだ。


「おい、大丈夫か」

「ええ。これ、体力的に結構きついんですよ。身体がバラバラになる感覚は、何度やっても慣れないし、息は詰まるし。おまけにかなり眠くなるんです。離れ離れになった自分は、ここに居るのになぜか遠くに感じるし。まぁ、出来上がりはこんな感じなんですが。でも、無の状態から何かを新しく作ることはできないんです。あと、人にはやりません。怪我や病気を治すなんて怖くて。できるかどうかも分からないですし。だから他の人には黙っておいてくださいね。私と先輩だけの秘密で……」

「やっぱり、お前は神の子だな」

 冬華の言葉を遮るように興俄が呟く。

「え? 神の子ってなんです?」

「俺にはそれが必要なんだよ。お前は無の状態からは何も生み出せないと言ったが、この空間に無はない。何かは存在する。肉眼では見えないモノに働きかけれるとしたら、その力は無限だな。仲間に会えて嬉しいよ。実は、俺にも不思議な力があるんだ」

 興俄は己の頭を指さした。

「俺はここを使う」


「へ?」

 話の内容が理解できず、冬華は首を傾げる。

「人間の脳は体重の二パーセントの重さしかないが、消費するカロリーは20%とも言われている。そして、まだ解明できていない事象が多い。俺は他人の記憶が読み取れる」

「はぁ」

「ああ、ちょうどいい奴がいた。ちょっと見ていろ」 


 前から一人の男が歩いてくる。身体を左右に揺らしながら歩いてくる男の首元には、ゴールドのネックレスが見える。ごつい時計に指輪。絵にかいたような風貌から、絶対に関わらない方がいい人だと分かる。しかし、興俄は周囲に誰もいないと確認すると、男の正面に立ちはだかった。


「せ、先輩。何をするつもりですか」

 思わず声をかけるが時すでに遅し、案の定、行く手を遮られた男は興俄を睨み付ける。

「おい、ガキ。何の真似だ。どけよ、ふざけるんじゃねぇぞ。痛い目にあいたいのか。こっちは気が立ってるんだよ」

 言うや否や男はポケットから折り畳み式のバタフライナイフを取り出した。冬華は思わず息を飲む。しかし、同時に興俄はナイフを開こうとした男の右腕を掴んだ。男は興俄の手を振りほどこうをするが、思うように力が入らないようだ。

「おい、なんだ。お前、なんだよ」

 興俄は黙って声をあげる男を見ていた。時間にして一分足らず、腕を掴まれた男の力が抜けてナイフを落とした。身体の重心がずるずると崩れ、男はその場に座り込んだ。


「脅し取った財布を出せ」 

 興俄が告げると、男は頷いてポケットから財布を取り出した。興俄は黙ってそれを受け取ると冬華の方を向いた。

「こいつはさっき、自分より気弱そうな人間に言いがかりをつけて財布を脅し取っていた。その様子が見えたから、取り返してやっただけだよ」

「この人はどうなったんですか」

 座り込んでいる男を指さして尋ねる。男に最初の勢いは全くなく、ただぼんやりと宙を見ているだけだ。

「感情を抑制したからもう馬鹿な真似はしないだろう。心配するな。俺達の存在は覚えていない。それに、しばらくすれば自力で家に帰れる。とりあえずこいつは放っておいて、財布を交番に届けよう」

男を一瞥して、興俄は手にした財布を掲げた。

「先輩の力ってすごいんですね」

 男をその場に残したまま歩き出した彼の隣に並び、冬華は感嘆の声をもらした。


「俺は人間の心情や記憶を読み取れる。お前がモノに働きかけられるように、俺は対象者の脳内に直接働きかけることができる。記憶であっても心情であってもそれらは全て、物質の集合体にしか過ぎない。宇宙にあるモノはすべて、同じ物理学の法則に従って動いている。最終的にはどれも粒子であり波動だ。お前が自分を原子レベルまで落とし込む感覚に少し似ていると思うよ」

 興俄は微笑むが、冬華の頭の中には疑問符が増えるばかりだ。

「ええと、すみません。よく分からないです。似ているん……ですかね?」

「俺も最初は漠然と相手の感情や思考を読み取れるだけだった。発する言葉とは別の思考がダイレクトに流れ込む様は、なかなか慣れなかったな。それでも心情の読み取りが慣れてくると、こちらからの働きかけができるようになったんだ。脳に働きかけれると言っても、相手の身体を操り行動を変えることはできない。だが、偏桃体に働きかければこの男のように興奮した感情を抑えることができるし、海馬に働きかければ目の前にいる俺たちの記憶くらいは消すことができる。でもこのレベルになるまでは酷い頭痛にも悩まされたんだぞ」

「それじゃあ目の前にいる人なら誰でも簡単に騙せるじゃないですか。相手の記憶や感情を覗いて、都合のいいことを言って、感情をも弄るんでしょう?」

 冬華が驚きの声をあげると、彼は「いや」と言って首を横に振った。

「この力は全ての人間に通用するとは限らないんだ。こちらから働きかけても全く呼応しない、俺の力を受け取らない人間が存在する。ハッキングを試みても頑丈なセキュリティに守られているような人間だ。冬華もその一人だ」

 興俄は真剣な顔で冬華を見つめた。

「え、私ですか? 良かったぁ。先輩の話を聞きながら、私の心もいつも読まれているのかと思いましたよ。それで、通じない人って何か共通点があるんですか?」

「バグのようなものだと思うよ。まぁ、世の中には予測不可能な事柄がいくつも存在する。いずれにせよ俺たちは似た者同士なんだ。ただ、俺の力が使えるのは人間のみ。お前の力は、働きかけさえできれば、世の中に存在する全てに使えるな」

 興俄は何もかも見抜いたように、にんまりと笑った。

「はぁ、そうなりますけど。先輩は誰にもこの話をしていないんですか。例えば、ご家族とかは知っているんですか」

「家族? 言うはずがないだろう。あいつらの記憶や感情は幼いころから把握して、いつも『いい子』をを演じているが。ああ、二人だけいるかな。まぁ、信用できる人間だから。俺の秘密を知っているのは、冬華で三人目だよ」


 家族以上に信用できる人って誰だろうと思った。もしかしたら、同じような能力を持った人が他にもいるのかもしれない。その人たちだけの秘密なんだろうかとも考えた。詳しく聞きたいが、今日はこれ以上頭に入る気がしなかったので、尋ねるのをやめた。それとは別に他の疑問が湧いてくる。

「でも先輩。今はどこにでも防犯カメラがあるんですよ。さっきの姿を撮られたらどうするんです。カメラの画像を確認した人の記憶も消すんですか? それともカメラを見た人の記憶は自動的に改ざんされるんですか?」

「防犯カメラには細心の注意を払っているよ。カメラがある場合は、挨拶を交わしている程度にしか相手を動かさないから問題はない。さすがにカメラを確認した人間の記憶までは変えられないよ。使えるのは人間のみ。でも冬華の力があればそんな心配も不要だな。お前は頑丈な金庫だって開けられる。記憶媒体のデーターにも簡単に働きかけられて、内容を消去できそうだ。これは使える」

 興俄はまた嬉しそうに言った。どう考えても力を悪用しようとしている、そう思った冬華は口を尖らす。

「え? そんなことに使いませんよ。今までだって、誰かが不注意で壊したものを、こっそり直してあげたりとか、困っている動物を助けてあげたりしているだけです。もしかして、先輩はいつも悪いことに使っているんですか? この力はあくまでも、困っているモノに手を差し伸べるためのモノなんだと思います。だから、悪いことにつかっちゃだめなんです。私、絶対に先輩のためには使いませんからね」

 冬華がきっぱりと言い切ると、

「ふぅん。じゃあ悪いってなんだ? お前にとっては悪だとしても、結果的に誰かを救う場合だってあるだろ。まさか、世の中を善悪だけで判断できると思っているのか?」

 小馬鹿にしたように、にやりと笑う。

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