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こたつでみかん

 あれっと思った時にはここにいた。目の前の川には橋がかかり、後ろは広い草っぱらに道が一本あって、霧で周りが見えなくて怖かった。怖かったのだが……。


「ワン!ワンワンワン!!」

「タロジ?!」


 霧の道を進むより橋の先に進みたかったが、後ろから犬の鳴き声がした。タロジ、俺の犬だ。でも霧が濃くて姿が見えない。


「タロジ?!」

「ワンワン!!」


怖い気持ちもあったがタロジを置いて行く訳にはいかない。俺は声のする方に走り出した。


「タロジ!!」

「ワン!!」

「君の犬?良かった。」


 洋食屋さんの前でタロジが鳴いている。困り顔の店主さんがリードを持て余していた。


「すみません!逃げちゃったみたいで!」


息を切らしてたどり着く。タロジはシッポをブンブン振って俺にまとわりついてきた。店主さんがリードを渡してくれる。


「す、すみません……でした……。」

「いえいえ、わんちゃんと再開できて良かった。」


ゼェゼェと息を切らす俺。ぐったりしてその場にへたれ込む。


「大丈夫?」

「あ、すみません。」

「少し休んでいきなさい。」

「でも……。」

「いいって。お客さんもいないから。」


タロジをどうしようと思ったが、店主さんは気にせずタロジの頭を撫でていた。


「座敷の方に上がって。タロジちゃんも。」

「え?タロジも上げていいんですか?」

「うん。だってお家の中で飼ってる子だよね?」


お言葉に甘えてタロジと座敷に上がる。そしてちょっと笑ってしまった。


「……洋食屋さんなのに、こたつ。」


座敷席はこたつだった。看板には【ダイニングキッチン『最後に晩餐』】と書いてあったのに、座敷がこたつ。

 自分の体がかなり冷えている。ぶるりと身を震わせこたつに潜り込むと、タロジも掛け布団の上に丸まった。


「……あったかい。」


じんわりと暖かさが包み込んでくれる。いつの間にか置いてあった水を飲み干すと喉の乾きも癒える。少し落ち着いて、ここはどこだろうと考えた。


コト……。


顔を上げると、店主さんがみかんのかごを置いてくれた。


「食べていいよ。」

「ありがとうございます。」


小腹の空いていた俺は、遠慮なくみかんを手に取り剥き始めたのだが……。


 「……おすわり!おすわり!タロジ!!」


タロジがいる事を忘れてた。剥いた事で広がったみかんの匂いに反応したタロジが、凄いテンションで体をくねらせ体当りしてくる。

 そう、タロジはみかんが好きだ。犬は柑橘系の匂いが嫌いらしいが、少なくともタロジに関しては大嘘だ。


「暴れんな!おすわりタロジ!」

「ハッハッハッ!」


食べたい欲求が爆発して涎が溢れ、食べたくて食べたくて意味がわからない動きをしている。俺は手を伸ばしてみかんを剥く。犬は薄皮を消化できないから、ちゃんと剥いてやらなければならない。


「本当、面倒くさい奴。」


大暴れするタロジをいなしながら3つくらいに割る。


「おすわり!!」


 落ち着かせてから一欠片をタロジに食べさせ、俺は房のまま自分の分を急いで口に放り込む。次をせがむタロジにみかんを与えながら、自分も食べる。


「旨いか?タロジ??」

「ワンッ!!」


嬉しそうなタロジに顔が綻ぶ。俺はいつだってタロジとみかんを分け合うのだ。うちは両親共働きで、冬になると外が真っ暗な中一人で待っていなければならない。別に寂しくはないが時より心細くなる。

 だけどタロジがいる。こたつに入ってタロジとみかんを食べる。バカみたいに興奮するタロジを見てると心細さなんか忘れてしまう。


「もうない!もうないから!!」

「ワンワンワン!!」

「文句言っても駄目だ!!もうない!!」

「ワン!!」


騒ぐタロジを捕まえて撫でるとおとなしくなる。俺はタロジを抱きしめ寝そべった。タロジの規則正しい息の音が眠気を誘う。しだいに俺の瞼は重くなっていった。







 はっと目が覚める。駄目じゃん?!お店で寝たら!!そう思って起き上がろうとしたが起き上がれない。しかも体のあちこちが痛い。


「〇〇?!」

「〜〜さ……ん?」


お母さんと言おうとして声が出なかった。喉がカピカピなのだ。しかもよく見ると病院で、腕や足にギブスがしてある。


「……あ。」


 思い出した。タロジの散歩をしていたら道向こうに友達がいて。信号のない場所だったけど、渡ろうとして……それで……。

 ざっと血の気が引いた。暴れる俺を看護師さんが押さえる中、母さんに必死に訪ねる。


「タロジ!!タロジは?!」

「大丈夫!足を折ってるけど、生きてるわよ!」

「……良かった。」


 体の力が抜けた。あの時、道路を渡ろうとした俺にタロジは抵抗した。でも俺は嫌がるタロジを無理やり抱き上げ、道路に飛び出したのだ。


 あの時、俺が渡ろうとしていた橋は何だったのだろう?あの洋食屋さんは何だったんだろう?


 ただの夢かもしれない。でも、俺はタロジが頑張って俺を止めてくれたんだと思った。

退院したら、また一緒にこたつでみかんを分け合って食べよう、そう思った。

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