婚約破棄と魔塔の男③
レベッカはテイルズに突然キスをされて、一瞬頭が真っ白になったが、我に返って「何するのよ!」とテイルズの硬い胸元を押し返した―――はずだった。
手に触れたのは柔らかい胸で、強く押したままに目の前の華奢な身体が後ろに倒れ込んだ。
「痛ってぇ!」
言葉遣いとは真逆の高く透き通るような声がした。
「おい!今のお前は男の俺なんだから!力加減には気をつけろよ!」
床に倒れ込んだレベッカの身体をしたテイルズは打った腰をさすりながら言及する。
テイルズの身体に入ったレベッカは自分の両手を見つめ、更に視線を腰から足に落とし、本当に身体が変わったのかと動き確かめた。
足元は黒いズボンに黒い革靴。
ごつごつとした関節と長い指の大きな手。
いつもより二十センチ程高い視点から見える景色。
そして、目の前にはいつも鏡でみている自分の姿がある。
「ほ、本当に入れ替わってる」
そう言うレベッカの口からは聞きなれない低い声が発せられる。
「俺が作った薬なんだから当たり前だろ」
「ってか、このお茶が薬だったの!?騙し討ちが過ぎない!?」
「用意周到といってくれ」
「それより、なんでキスなんてするのよ!」
レベッカは怒りからか恥ずかしさからか、顔を真っ赤にして訴えたが、テイルズは何故怒っているのか分からないかのように、きょとんとした顔で答えた。
「薬を入れ替わりたい相手の細胞と一緒に摂取する必要があるんだが、このやり方が最も正確に相手の細胞を摂取できるし無駄がない」
「じゃあやる前にそう言えばいいじゃない!」
「言ったら辞めるって言われそうだったから」
「当たり前じゃないの!!もう本当に今日は最悪の日よ!」
(私のファーストキスだったのに!)
ベルベルトから何度も求められてはきたが、のらりくらりと五年間躱わし守り続けて来たものをテイルズに簡単に奪われてしまった。
こんなに簡単に失うものであれば勿体ぶらずベルベルトとキスしておけば今自分はここには居なかったかもしれない――――と、頭を過ったが、あのクソ王子とキスをするなんてやっぱり無理なものは無理だと考え直した。
だからといってキスされた事を簡単に許せるわけもない。
全く悪気のない顔で言うのは長年見てきた自分の顔で、腹が立つが手を出すわけにもいかない。
レベッカは怒りの向ける先がないまま悶えるしかなかった。