復讐の二手目〜潰し合い〜④
サナは先程から大きな帽子の下から睨むように見つめてくる女性がライラであることに気がついた。
もちろん、サナもライラがベルベルトの彼女であることは認識している。それ故にサナもライラの視線の意味を誤解していた。
(やだ……すごい睨んでくるじゃない。そういえばこのお店はエヴァンス嬢が後援をしているんでしたっけ。ベルベルト殿下の件で私のことを目の敵にしているのね。うーん、正直ベルベルト殿下の事は私としてはどっちでもいいのよねぇ……)
サナはライラが敵視してくる原因が今自分が手にしているハンカチのせいだとは微塵も思わなかったので、余裕をもった表情で軽く会釈をする。
その表情がライラの燃えたぎっていた嫉妬の炎に油を注いでしまった。
(何よ!!ウィラード伯爵と深い仲アピールにでも来たわけ!?あからさまに見せつけに来て!ベルベルト殿下の時だってそうよ!以前私が殿下とデートしてる時にわざわざ挨拶に来たことだってあったわ!絶対に私のこと舐めてるわ。私が狙う男を横から奪って嘲笑いたいだけなのよ!)
ライラは過去にあった全てを思い出すと気持ちが爆発し、今にも噴火しそうな鼻息と共にズカズカと足を踏み鳴らしてサナに近づいた。
「ねぇ、何しにここへ来たの?」
サナはまさかライラから声をかけてくるとは思わず動揺しつつも、いつも通り歯に衣を着せぬ言葉を返す。
「エヴァンス侯爵嬢ごきげんよう。私は今日はこちらの店主に用があって参りましたの。先日お会いした男性から親切にして頂いてそのお礼に」
「へぇ、お礼にですか。どうしてその男性に直接されずこちらの店舗を通すのでしょうか?もしや、その男性とやらの連絡先を知らないとか言いませんわよね?」
瞼をピクリと痙攣させたサナは、図星だったのか一気に表情から余裕が消え敵意の眼差しを返す。
その表情の変化にライラは手応えを感じたからか追撃するように言葉を続けた。
「ベルベルト殿下も仰っておりましたわ。スペルマン伯爵嬢は王太子妃にするには少し教養と貞操に不安があるそうで」
サナはその言葉を鼻で笑い言葉を返した。
「ハッ。そうでしたわね、エヴァンス嬢は王太子妃になりたいんでしたわね。でも、レベッカ・アンダーソン嬢が婚約破棄されてから随分経ちますのに、未だに殿下からその話を出されておりませんよね?どうして自分が王太子妃になれるとお思いなんですの?」
それを聞いたライラは開き直ったようにそっぽを向いて、横目で見下すような態度を示した。
「あーもー、いいですわ、あんな男。お金も名誉も自分の力で手に入れられますもの。男にすり寄るしか脳がない貴方とは違って選択肢はいくらでもありますから。とにかく、そのハンカチ渡してくださらない?私の方から返しておきますので」
そう言ってライラがサナの手からハンカチを奪い取ると、サナも「触らないでよ!」と言ってハンカチを奪い返す。
ハンカチの引っ張り合いになり、ライラが無理やりハンカチを奪い取ったところで自制を失ったサナの右手が出るまではすぐの事だった。
右手でライラの頬を叩けば、今度はライラの手が返ってくる。
更に叩き返そうと手を上げれば、それを防ごうと手首を掴まれ、手が使えないなら足でやればいいと蹴り始めたところから後はもうどっちがどっちか分からなくなった。揉みくちゃのキャットファイトだ。
髪を掴み振り乱し、スカートは捲れ上がり、控えていたお互いの使用人達が止めにはいるが、罵り合いの声は店の外まで響き渡っていた。