婚約破棄と魔塔の男①
「レベッカ、お前との婚約を解消する」
婚約者であるベンベルト王太子殿下に、城の庭先に突然呼び出されたレベッカは突然何を言われたのかと呆気に取られた。
「私に婚約者がいるという事で、何人かの令嬢は私の恋人になることを重荷に思っているようなのだ」
この一言で大体予想はついただろうが、このベンベルトという男は婚約者であるレベッカという女性がありながら何人もの女性をはべらせる根っからのクズ男である。
それを悪いとも思っていないため、このような発言ができるのだろう。
「ベンベルト様、私はベンベルト様の浮気に関してはずっと目を瞑って参りました。いつかは私と結婚して下さると信じていたからです。それを無かったことにだなんてあんまりですわ!」
そもそも、この婚約はベンベルトの熱烈なる求婚から成立したものだった。
絶対に幸せにする、苦労はさせない、愛し続ける。
ベンベルトから散々言われたセリフだ。
レベッカは地方にある男爵家の出身で、建前上は身分の違いから畏れ多いと断り続けていたが、あまりにも真剣に口説いてくるため、贅沢な暮らしを約束してくれるなら、とベンベルトの甘い言葉を信じ了承してしまったのだ。
ベンベルトの婚約者になるならと、王家はレベッカを今まで住んでいた地方から王宮のある中央都市まで連れて来させ、王太子妃になるためと言って厳しい教育を受けさせた。
そうして過ごしたレベッカの十五歳から二十歳という人生において重大な期間をベンベルトは無に返そうとしているのだ。
「仕方ないだろう。私はモテるのだから。五年間も王太子の婚約者であったことを誇りに思うが良い。レベッカも良い人を見つけるのだ」
ベンベルトは何も考えずに言っているのだろうが、王太子から婚約破棄されたうえに、結婚適齢期である十代後半を過ぎた今、レベッカに残されたのは元婚約者という恥ずかしい称号だけだ。
特別裕福というわけでもない実家に戻っても煙たがられるだけだろう。
修道院に行くのはまだ良い方で、自分より一回り、二回りも年上の男と身売りのように結婚し、奴隷のような悲惨な生活を強いられる事になるだろうことは目に見えている。
「では、そういうことだ。国王陛下にもレベッカは了承したと伝えておく」
そう言ってベンベルトはまるで重荷が取れたかのように軽い足取りで去って行った。
(最悪だわ!王太子妃になったら贅沢して暮らしていけると思っていたのに……私の五年間を返しなさいよ!!)
レベッカは拳を強く握り締めて近くにあった木を一発殴りつけた。
国王陛下は王太子殿下を溺愛しており、王太子殿下が婚約破棄したからといって咎めることなどしないだろう。
そうなれば、王太子妃教育としてレベッカに与えられていた城の一室からは近々追い出されることになる。
(お父様とお母様になんと言えば良いのかしら……この歳になってなんの財産もなく出戻りなんて)
(はあ〜)
レベッカは赤く腫れた右手もそのまま、王宮の景色も見納めだろうと、今与えられている権利を無くす前に最後の散歩を行うことにした。
(あぁ〜。なんで私だけが全てを失わないといけないのかしら)
レベッカはやりきれなさと怒りから今は誰にも会いたくないという気持ちが無意識に出たからか、人がいない方へ足を進めていくと、気づけば一度も来たことがない場所に立っていた。
「ここ、どこかしら。王宮の敷地内にこんな場所があったなんて……」
手入れがあまりされた形跡のない木々の間を抜けていくと、木に隠れるようにして塔が建っていた。
草が生い茂る間に、人が一人通れるくらいの獣道があったため、レベッカは、なるようになれ!と無敵状態の心境で塔の入り口に近づいた。
塔の周辺だけは草刈りをしてあるようだと辺りを見渡し、古びた入り口の前で塔を見上げた時だった。
窓から身を乗り出す青い瞳をした男と目が合った。
「わっ!女の子!?!?」
青い目をした男はそう叫ぶと、クリリと目を丸めて二階の窓から飛び降りた。
「きゃあ!」
レベッカは思わず悲鳴を上げて後退る。
目の前に着地した黒いマントに身を包んだ男は、右手をレベッカの顎に添え、吟味するように見つめた。
「この国に珍しい黒い髪に、透き通るようななめらかな肌。大きな瞳に、控えめな唇……いいね……最高だ……まさに僕の理想!!」
初対面から口説いてくる男にろくなやつは居ないと、ベルベルトの事を考えながらレベッカは顎に添えられた手を払い退け、睨みつけるような視線を向けたが、それすらも男は嬉しそうに受け止めている。
(この人絶対危ない人だわ。何かされる前に逃げなければ)
身の危険を感じたレベッカだが、次の男の一言は意外なものだった。
「ねぇ、君と僕入れ替わってみない??」
口角を上げ、わくわくとした表情で言われた言葉をレベッカには理解しきれなかった。
「ちょっと待って!唐突すぎて意味がわからないんだけど、どういう意味?」
「だから、僕と君の中身を入れ替えて、僕が君に、君が僕になってみないかってこと!」
目の前の男は屈託のない表情で目を輝かせた。
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