4話 悪役令息キャラ奪還します
「そんな!聞いていない!シンシアとディラン兄上が見合いだなどと!」
次の日、学園裏ですぐにシライヤへ状況を話した。ディランというのは、例の次男の事だ。
シライヤは何も聞いていなかったようで、酷く取り乱して狼狽えた。顔色は真っ青で、見ているのが可哀想になるくらいだ。
「落ち着いてください、シライヤ。立場上、顔合わせはしなければなりませんが、私はシライヤ以外と婚約するつもりはありません」
シライヤの背を強く撫でながら、彼を支えるようにすると、幾分は落ち着きを取り戻したように見える。それでも、彼は絶望を顔に乗せたまま続けた。
「今までも、兄達には色んな物を取り上げられた。これまでは、全て諦めてきた。諦められた。でも今回は…っ、あんまりだ。諦められない。失いたくない。君が…、好きなんだ」
下を向くだけでは、隠し切れなかったのだろう。溢れ出る涙を押さえつけるように、両手で顔を覆ったシライヤは、息が詰まるような声で私へ愛を請う。
「諦める必要はありません。これから先、シライヤの大切なものを何も奪わせません。大丈夫。私達は婚約します。そして夫婦になります。ずっと一緒です、シライヤ。私も貴方が好きなのですから」
「……っ」
今もシライヤを支えるようにしている私へ、彼はためらいがちに身体を寄せる。顔を覆っていた手は外されたが、今もシライヤの瞳は濡れていた。
「どうして君が、俺なんかを好きになってくれたのか解らない……」
「シライヤの良いところなんて、数え切れない程ありますよ。一つ一つ挙げていっても良いですが、今聞きたいですか?時間がたっぷりかかりますよ。授業をサボる覚悟がおありですか?」
「それは……困るな。優等生で卒業して、未来のルドラン女当主の婿として胸を張りたいんだ」
シライヤの顔に、やっと笑みが戻ってきた。困ったように笑う彼の頬を、そっと両手で包む。
「私の為に努力してくれる所も好きですよ。……本当にキスしちゃ駄目ですか?頬に、ちょっとだけ。額でも良いですから」
「まったく、貴女は……。キスは結婚式まで、大事に取っておいてくれ」
キスのお預けは残念だが、シライヤが元気になってくれるのは嬉しい。キスの代わりに、シライヤの両手を強く握った。
しかし、その日を最後に、シライヤは学園に登校しなくなってしまった。
理由は無断欠席という事になっている。放蕩息子が、遊びに夢中で学園への登校を拒否しているのだと。
そんなのはありえない。シライヤは私の為に、優等生のまま卒業したいと言ったのだから。あの言葉が嘘であるはずは無い。
十中八九、ブルック公爵の仕業だろう。シライヤの評判を下げる為と、私との仲を進展させない為。もしくは、見合いをさせられる事を伝えたあの日、屋敷へ帰って、彼が抵抗の意思を強く見せ、公爵の逆鱗に触れたのかもしれない。
とにかく、彼は公爵によって監禁されている可能性が高い。
まさか、命を害する事があるとは思いたくないが、少しでも早く彼の無事を確認しなければ。
「どうした?君一人なのか?ルドラン子爵令嬢」
「殿下」
約束の一週間後。シライヤがいない為に、私は一人で早朝の図書室に来ていた。現れた王太子殿下へ軽い礼の形を取ると、すぐ「楽に」と許しの言葉をかけられる。
「ブルック公爵令息と共に参じるべきでしたが、彼には事情があり、学園へ登校する事ができておりません」
「ふむ……。彼らしくもない噂があるのは知っている」
「……はい」
「彼の事も気になるが、先にこちらの話を聞いて貰おう。席にかけようか。さぁ、レディ」
王太子殿下は、流れるようにサッと椅子を引いてくださった。お断りする方が失礼に当たる為、引かれた椅子に素直に腰掛ける。殿下も目の前の席に着くと、疲れたように笑った。
「では報告だ。結論から言って、私はエステリーゼと和解した。いや、違うな。私の勝手な被害妄想を、痛いほどに自覚した。愚かな自分が恥ずかしいよ……」
「殿下、グリディモア公爵令嬢様と和解の運びとなりました事、よろしゅうございました。殿下はご自分を恥じておられますが、こうして、婚約者様のお気持ちに寄り添えるお方が、恥ずかしい方のはずがございません」
「そう言って貰えて、励みになるよ。なぜ君が私よりも、彼女の現状について詳しかったのかを尋ねたいが……」
「申し訳ありません、殿下。わたくしの口からは。……王族としてのご命令であれば、貴族の一員として従いますが」
「いや……、学園での出来事に、権力を持ち出すつもりは無いよ。そんな勝手をすれば、王太子としての資質を疑われる。君も解っていて言っているだろう。侮れぬな、次期ルドラン女子爵は」
「恐縮です」
無理に聞き出されずに良かった。ゲームでプレイしたから、知っているのですとは言えないのだから。
王太子ルートでの悪役令嬢役となるグリディモア公爵令嬢。彼女は、グリディモア公爵から厳しく育てられ、王太子の手となり足となる事を徹底的に教育されている。
王太子殿下からの寵愛を失う事が無いよう、全てにおいて殿下の助けとなり、彼から求められた事は完璧に遂行できるように。
だからこそ、彼女は常に王太子殿下よりも、優秀でなければならない。殿下が己を高めれば高める程、グリディモア公爵令嬢は追い詰められ、心の余裕を無くしていく。王太子殿下へ笑顔を向けられなくなる程に。
ゲームでは、そんな時にヒロインが現れて、王太子殿下の心を奪うのだ。限界状態のグリディモア公爵令嬢が、悪役令嬢のような行動をしてしまうのも仕方ないだろう。それを防ぐ事ができたなら、私も嬉しい。同情するのは、同じ悪役令嬢役のキャラクターとして、仲間意識のような物を感じているからだろうか。
「エステリーゼには、私の持つ屋敷の一つで、しばらく療養して貰う事にした。それと同時に、グリディモア公爵と見解の齟齬について話し合いを行っている。じっくりとね。エステリーゼへの過剰な教育についても、考えを改めて貰わねばならない。長期戦になりそうだ」
「では……、自主学習への参加はお止めになりますか?」
「それについては、参加を希望する。優秀である事に罪は無いのだから。是非とも、ブルック公爵令息の見識を拝聴したいが……、彼がここに居ない事が残念でならないよ。それで?君は、彼についても何か知っているのかい?」
わずかに喉の渇きを覚えて、唾液を飲み下す。私は上手くやらなければならない。そうでなければ、シライヤを救い出す事はできないかもしれないのだから。
「率直に申し上げます。殿下は、わたくしに借りがございます」
「確かに率直だ。貴族とは思えぬ程に、飾りが無い。脅迫でも始めるつもりかな」
「ご不興を買ったのであれば謝罪いたします。しかし、事は一刻を争う事態となりました。どうかシライヤを……お助けください」
「……しばし待て」
王太子殿下は、パチンと指を鳴らす。しばらくして、学習室の入り口に警備員が立った。よく見かける学園の警備員だと思うが、殿下の子飼いだったのだろうか。
「人払いは済んだ。事情を話せ。飾る言葉など必要ない」
言いながら、殿下は脚を組んで背もたれへ体重を預ける。優雅に姿勢を崩さない王太子殿下の面影など、どこにも無い。その表情さえ柔らかなものが消えて、鋭さの方が強くなった。年相応の男の子。という表現の方が近いだろうか。
私は一度深呼吸をしてから、貴族の形式張った言葉を忘れがちになるのも厭わず、状況を説明した。シライヤと私の関係、ブルック公爵から求められた見合いの事、シライヤはおそらく、ブルック公爵に監禁されているか、動けない状態にされている事。一刻も早く彼の無事を確認し、保護したいのだという事も。
「ブルック公爵は、己の欲望に忠実すぎる所がある。シライヤが妾の子として冷遇されているのは、見るに明らかでもあるし、踏まえて君の話を聞く限り、信憑性のある推測だな。だが、今回の借りを使って、ブルック公爵からシライヤを奪還しろというのは、少々厚かましい願いだ。四大公爵の一人を敵に回すリスクを負ってまで、お前達を助けろと?それ程の価値がある人間だったか?どちらを切り捨てた方が得であるか等、考えるまでも無い」
殿下の声色は、どこまでも冷たく刺すようだ。助ける価値も無いと、面と向かって言われた事に少々傷つきはしたが、この程度で負けるようでは、次期女当主は務まらない。これは領地経営と同じだ。リスクは最小限に、相手に利益があると思わせなければ、商談は上手く行かない。
「わずかの投資で、価値のある人間を生み出す事ができると言えば、殿下の興味を引けるでしょうか。もちろん、どちらに転んでも殿下への損害は限りなく0に近い状態で」
「口上が詐欺師のようだが、借りを果たすつもりで、真面目に話を聞いても良い」
「ここで借りを使ってしまうのですか……」
「そもそも君への借りというのも、わずかな助言だけだったと記憶しているが?」
ふっと笑みを向けられたが、それも挑戦的な鋭さを放っている。甘いマスクが特徴の王子様とは、いったい誰が言ったんだったか。あぁ、それはゲームのキャラクター紹介だった。
「そうですね。多くは望みません。検討して頂ける事を、ありがたく思います。殿下は、ルドラン子爵領で、大きく収益を上げているものが何かはご存じでしょうか」
「養蜂と、炭酸ガスによる温泉だったか?」
「はい。それらには密接な関係があり――」
殿下と話し合いを終えた日から10日が経過した今日、私は殿下と共にブルック公爵家で出迎えられていた。
「王太子殿下がいらっしゃると知っていれば、手厚くもてなしました物を。至らぬ出迎えで申し訳ない」
「出迎えは必要ない。長居するつもりで、来た訳では無いからね。道中、ルドラン子爵令嬢の馬車が脱輪しているのに遭遇し、同じ学園に通う友人のよしみで、ここまで送り届けただけの事」
「ああ、それで王城の馬車で……」
この日、私は王太子殿下の使用する馬車で、公爵家へ乗り付けた。仰々しい近衛騎士達も多く引き連れたこの一行の到着に、ブルック公爵は警戒心を露わにして、自ら屋敷の外まで足を運んで来たのだ。
シライヤの事もある。私が殿下に助けを求めたのではと考えを過ぎらせただろうが、殿下がすぐに帰る事を知ると、幾分安堵した顔を見せる。
「しかし、令嬢お一人でしたかな?本日はルドラン子爵と共に、婚約の話し合いをする為の訪問だったはずだが」
「ブルック公爵様、本日はお屋敷にお招き頂きありがとうございます。父も共に参じる予定ではありましたが、脱輪の際に怪我を負ってしまい、現在治療を施しております」
「それはご不幸な事だったな。怪我は酷いのか?」
「いえ、適切に治療を施せば、数日で歩けるようになる程度の物でございます。ただ、本日こちらに赴くのは無理があり、早馬でご連絡をしようかとも思いましたが、殿下の馬車に拾われましたのと、距離的にわたくしが直接参った方が、謝罪と状況をいち早くお伝えできると判断いたしました」
「そうか。なに、今日は息子との顔合わせが本題なのだから、令嬢一人でも問題は無い。是非、屋敷へ入ってゆっくり休んでいくと良い。帰りの馬車もこちらで手配しよう」
まるで人が良いように言う公爵だが、小娘一人が相手の方が、有利に婚約の話を進められると打算の働いた笑みを浮かべている。顔を合わせるのは今日が初めてだが、シライヤの実父だからと言って手加減をしてやる必要は無さそうだ。必ずこの男に、報いを受けさせなければならない。
「殿下も上がって行かれますかな?」
「いや、世話になるのは悪い。だが、もう一人の友人であるシライヤ殿へ挨拶ができれば嬉しく思う。最近、学園で見かけないようだしな」
「……は、あの愚息と友人で……?申し訳無いのですが、アレは今日も遊び歩いているようで、私共にも居場所が解らんのです。大方質の悪い者達とつるんで、下町にでもいるのでしょう。あまりに酷いようならば、廃籍を考えねばと思っている次第で。高貴なお方に目をかけて頂けるような者ではございませんよ」
「ふむ……。屋敷にはいないのか。残念だが、それならば仕方ない。私は失礼しよう」
殿下がシライヤに会いたいと言った事で、公爵は再び顔色を曇らせたが、疑う事無く帰ろうとする殿下を見て再び警戒を解いたように笑う。小娘に加えて、王太子とはいえ小僧を相手にするのは、なんとたやすい事だろうかとでも考えているのなら、滑稽で笑えてくる。今この時、致命的なミスを犯した事にも気づかずにと。
「ではな、ルドラン子爵令嬢。また学園で」
「はい、殿下。ご厚情を賜りました事、拝謝いたします。本日の事は改めて、父と――」
カーテシーと共に口上を述べている時、ザワリと近衛が騒がしくなった。
「殿下!お伏せください!」
切迫した声を上げながら、近衛の一人が王太子殿下へ自分の上着を被せて、彼を地面へ伏せさせる。そしてすぐ後に聞こえてくるのは、大きな虫の羽音だ。
「ひっ、な、なんだ!蜂!?蜂が…!大群で!?」
ぎょっと身をすくめたブルック公爵は、その羽音の正体に気づいて更に恐怖を露わにした。一匹や二匹では無く、ミツバチの大群。それはもう、養蜂箱を二つは持参でもしたような……。
「皆様!すぐにお屋敷へ!ミツバチの毒性は弱いですが、大群となれば危険です!早く避難を!」
私も救助活動へ加わり、殿下と近衛隊の皆様を屋敷へと誘導する。ブルック公爵も慌てて屋敷へと退散し、全ての者達が屋敷内へ入った所で扉が閉められた。
「なんなんだ、何故この屋敷に蜂なんぞがいるんだ!?今まで一度だって、見たことは無かったというのに!」
ブルック公爵は、狼狽えながら不安そうに窓の外を窺っている。私にとって、越冬時期でもないミツバチは温厚で可愛らしい生き物だが、見慣れない人間にとっては恐怖の対象となるのだろう。
「蜂とは、引っ越しを繰り返す習性を持った生き物ですから。今まで来なかったとしても、今年は来るという可能性は大いにあるものですよ。しかし、これでは外へ行けませんね。蜂の大群が落ち着くまで、こちらのお屋敷で殿下をお守りしなければ」
「という事だ、公爵。すまないが、部屋を用意して貰えるかな。世話になるよ」
ブルック公爵は一瞬、不服そうな顔つきで私達を見やったが、すぐに頷いて続けた。
「も、もちろんですとも。では応接間へ。茶を用意させましょう」
殿下と数人の近衛、そしてブルック公爵と私で応接間へ向かうと、あまり時間を置かずにもう一人の参加者が現れる。
「ご紹介しましょう。我が家の次男、ディランです。ディラン、王太子殿下と、シンシア・ルドラン子爵令嬢へご挨拶を」
「殿下!お久しぶりでございます!幼き頃に、殿下とは親しくさせて頂きまして……」
「あぁ、幼い頃に、交友会で二言程話したね。元気そうでなによりだ、ディラン・ブルック公爵令息」
「覚えていてくださいましたか!俺も殿下との想い出は、一度たりとも忘れた事はありませんとも!俺と殿下は、幼なじみという事になるのでしょうか。いかがです、幼なじみの縁で、今度遠乗りにでも!我が家の自慢の馬も是非ご紹介したく!ご予定をお知らせくだされば、俺が合わせますので!」
「……ふ。考えておく」
「ありがとうございます!いやあ、楽しみですね!」
殿下は小さく笑いを零しながら応えた形になるが、どう見ても嘲笑だろうに。自分に自信があるからか、まったく気づきもしないようだ。ブルック公爵の方は、笑顔を引きつらせているので、自分の息子が空気を読めていない事に気づいているのだろう。
「で、そっちが、シンシアか。ふうん。まぁ、顔は悪くない」
前から私へ想いを寄せていたという設定は、忘れてしまったのだろうか。初めて見るという反応を隠しもせずに、私へ値踏みする視線を寄越した。
「お初にお目にかかります、ディラン・ブルック公爵令息。ルドラン子爵が長女、シンシアでございます。お見知りおきを」
既にソファへ腰を落ち着けていたが、再び立ち上がりカーテシーを披露する。シライヤに虐待を施す兄の一人だと知っている以上、礼など尽くしたくはないが、今はしかたない。
「さっき使用人から聞いたが、殿下とは友人だそうだな。子爵等、爵位が低すぎて俺の妻に相応しくないと思ったが、殿下の友人であるなら一考の余地もある。それに子爵領は経営が上向きだと聞くし、公爵令息として俺に必要な生活の質も確保できそうだ。婚約の事、考えてやっても良い」
お前が考えるんじゃねえよ。こっちが貰ってやるか決めるんだよ。絶対お断りだが。
「ご冗談がお上手なのですね」
にこりと笑って返せば、ディランは意味が解らなそうに「はぁ?」と漏らした。
「成る程、冗談か。おもしろいね、君」
殿下もなにやら悪ノリしてきた。ディランは何の事か解っていないだろうが、満更でもなさそうに「え?そうですか?あはは、俺って冗談も上手くて」とか言い出している。
「ディラン!い、良いからもう座りなさい!あぁ、ええと、そうですな。本日は王太子殿下がいらしている事だし、婚約の話は後日改めてにしよう。大切な話なのだから、ルドラン子爵も交えた方が良いだろうし。さあ、君もかけなさいシンシア嬢。今、美味しいケーキを用意させているからな」
殿下がいる手前、ブルック公爵の方も下手に出るしか無いのだろう。あんなむちゃくちゃな見合いの打診をしてきた男とは思えない程に、引き際が良い。
訳が解らないと不思議そうな顔をしたまま、ディランが腰を落ち着けるのに合わせて、私もスカートを持ち上げて座り直した。その時に、スカートの装飾に縫い付けられた、少し凝った結び方のリボンが解けてしまったが、男性ばかりのこの部屋では気にする者もいない。
そうして、公爵が次の言葉を発する前に、無視できない羽音が部屋に鳴り響く。ブンブンと。
「殿下!身を低く!」
最初に動いたのは、先程と同じ近衛で、彼は外の時と同じく、上着を被せて殿下を護ろうと動く。
「ひい!また蜂!」
「うわあ!なんだよこいつ!」
悲鳴はどちらがどちらのやら。どっちでも良い。
「皆様、とりあえず廊下へ!」
私の誘導と共に、全員が廊下へ避難すると、近衛達がバタバタと騒がしくなった。
そして慌ただしくする近衛の一人は、ブルック公爵へ高らかに宣言をする。
「王太子殿下の御身をお守りする為、今から我々近衛騎士が屋敷内の捜索をし、蜂が入り込む隙間を全て埋めてまわります。貴族として、尊き王族をお護りする為、快いご協力を願います!」
「は!?待て!な、何を勝手な!屋敷内を捜索なんて、そんな事!」
驚いて言い返すブルック公爵だが、既に近衛達は散り散りになり捜索を開始している。
「待てと言っている!私の屋敷だ!勝手な真似は許さんぞ!」
「父上、良いではないですか!あんな凶暴な虫に、これ以上入って来られたらたまらない!近衛達に任せてしまいましょう!」
「馬鹿!お前は!解らないのか!……くそ!こんな…っ」
愚かな息子を持つと苦労するようだ。ブルック公爵は顔色を赤や青に変えながら、散った近衛をどう呼び戻すか悩み頭を抱える。
「驚いたな。どうやら公爵には、私を護ろうという気持ちが無いようだ」
頭から近衛の上着を被ったまま、殿下は言う。上着の中で腕を組み、覗く青い瞳は鋭く冷たい。あれは無価値な者を見る時の目。既に一度向けられた事のある視線だ。
「そんな!そんな事は!しかし、屋敷内を勝手に見て回られては……っ」
「見られて、困るものでも有ると?何も引き出しを開けてまわると言った訳ではない。全ての部屋を確認し、蜂が入り込まないように対処するというだけの話。それだというのに、公爵は私の身の安全を放棄してでも、近衛のする事を止めようと言うのか」
「違います!決して殿下を蔑ろにしたい訳では!ああ、しかし……。い…いや、ま、待て。待てよ…。蜂…?蜂だと……?」
ハッと何かに気づいたようにするブルック公爵は、そのまま視線を私へ向けた。そして、みるみる怒りに染まった顔を作りあげていく。
「き、きさ、貴様…っ。まさか、まさかこの私を、謀ったのか……っ!」
真実に気づきつつあるブルック公爵へ向けて、微笑みを向けて言葉を返した。
「ご冗談がお上手ですね」
「この!小娘……っ」
その時、近衛の一人が大きく声を上げる。
「屋根裏に被害者と見られる銀髪の男性!裸で鎖に繋がれており、軽度の脱水症状が見られますが、命に別状はありません!」
近衛の報告を聞き、殿下は被っていた上着をバサリと取り去った。
「そういえば、公爵は知っていたかな。王族へ虚偽の発言をする事は罪になると。たしかシライヤ殿は、この屋敷に不在であると言ったな」
「ぐうううう!くそおおおお!」
「えっ!まずいじゃないですか!父上!どうするんですか!」
悔しがるブルック公爵と、やっと慌て始めるディランなど見ている場合ではない。
「シライヤ!」
私は弾かれたように駆け出した。階段を上るのにヒールが邪魔で、靴を投げ捨てるという令嬢にあるまじき行いをしながら。
「シンシア嬢!待て!今、裸だと言ったろう!待たないか!」
殿下が後ろから声をかけてくるが、聞こえないフリをする。ブルック公爵が人の言葉を為していない罵声を上げているのだし、聞こえなかったと言っても通用するだろう。
一気に階段を駆け上がって、近衛達が群がる屋根裏へ突入する。丁度鎖を外された所のようで、シライヤは近衛の上着を羽織って抱えられようとしている所だった。
「シライヤ!シライヤ!」
「シンシア…、ま、待ってくれ、こんな姿…っ」
シライヤも何か言っているが聞こえない。私はシライヤへ飛びついて、前よりも細くなったように見える身体を抱きしめた。
「シライヤ!良かった!生きていてくれて!本当に良かった!」
「シンシア……」
シライヤは私に抱きしめられながら、恥ずかしそうに近衛の上着をできるだけ肌に引き寄せる。
酷い事をするものだ。わざわざ裸で繋いだのは、彼の自尊心を打ち砕く為か?それとも、万が一逃げ出せたとしても、外へ飛び出せないようにする為?私達が来ても、羞恥から助けを呼べないようにする為?
「シンシア…、は、離れてくれ。その、もう何日も、身体を洗っていなくて……。酷い匂いがして、汚い。こんなみっともない姿……、君に見られたら」
確かに、シライヤからは健康的ではない匂いがする。まさか排泄も、この部屋でさせられていたのだろうか。シライヤからだけでなく、部屋にある木桶からも匂いが強く放たれている。
「私に見られたら、何だと言うんです?嫌いになんて、なる訳無いじゃないですか。逆の立場なら、シライヤだってこうして心配してくれるくせに」
「それは……」
「帰りましょうシライヤ。こんな所、シライヤの居場所ではないのですから。貴方の帰る所は、私のいる所。一緒に帰りますよ、シライヤ」
「……あぁ」
離れようとしていた身体を私へ寄せたシライヤは、ポロポロと涙を零しながら私を見つめた。
もう彼は、私に泣き顔を隠そうとはしない。私はそれが、とても嬉しいのだ。
「綺麗な涙ね」
やっとこの涙を拭ってあげられた。