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★コミカライズ連載開始記念★結婚時代番外編 子どもになっちゃった! 前編


 順風満帆な新婚生活を満喫していたある日、突然事件は起きた。


 使用人が起こしにくる前に起床した私はいつもより広く見える部屋に違和感を覚え、そしてすぐに自分の手足が子どものように未成熟な形をしているのに気がついた。


 慌てて高いベッドを飛び降り、サイズが合わないせいで足元に絡みつく就寝用の薄着を引きずりながら鏡の前に立つと自身の姿を確認する。


 そこには十歳くらいの赤い髪の女の子。


「どうして子どもになってるの……っ!?」


 ありえない事態に混乱して声を上げると、さっきまで眠っていたベッドから「ん……」と小さな声が聞こえてシーツがうごめく。


 隣で眠っていたシライヤが起きたのだろう。

 小さくなってしまった私を見て、彼はどう思うだろうか。シンシアだと名乗って信じて貰えるのか、それともどこかの子どもが潜り込んだと思われるのか。


 いやそれより、見知らぬ少女が薄着で屋敷の主人の寝室にいるところを使用人に見られたら、シライヤにとって酷い醜聞になる。これは非常にマズい事態だ。


 シライヤの名誉を護るためには、信じて貰えなかったとしても彼に直接話をして解決するしかない。


「シライヤ、信じられないかもしれませんが私は貴方の妻のシンシアです!」


 大きく言いながらベッドに近づくと、盛り上がったシーツから「……シンシア?」と不思議そうな声がした。


 ……妙に幼い声のような。


「シライヤ、まさか……」


 シーツが滑り落ちて現れたのは、銀色の髪が美しい十歳くらいの男の子。シライヤが着ていたはずの大きな薄着を身に纏っている。


 状況からして間違いない。彼はシライヤだ。


「そんな! 貴方まで子どもに――」

「わっ! どうして俺達はこんな格好でっ。とにかくこれ巻いてくれ!」


 シーツを押しつけられたと思うと、子どもシライヤはベッドの向こう側に隠れてしまった。

 どうやら私達が薄着であるのを恥ずかしがっているようだ。


「シーツを巻き付けましたよ。ですが、見えてはいけないところは見えていませんし、身体が子どもになってしまったとはいえ私達は夫婦なのですから気にしなくても……」


「さっきから何を言っているんだ? その赤い髪……、君はシンシアと名乗っていたけれど、ルドラン子爵家のシンシア嬢なのか? 夫婦どころか俺との婚約は君に断られたと聞いているが」


「え……」


 シライヤの言葉で更にまずい状況を悟った。彼は子どもになってしまったばかりか、記憶まで幼い頃に戻っているようだ。私に婚約を断られたということはやはり十歳の頃だろう。


「それに俺達はまだ子どもで、結婚できる歳じゃ……」


「いえ、本当の私達はとっくに成人を迎えていて――。とにかく、服を整えないと落ち着いて話しもできませんね。ちょっと待っていてください」


 シライヤの寝室と繋がっている私の部屋に駆け込んで衣類を保管するための部屋に続く扉を開いた。

 奥から綺麗にラッピングされた箱を引っ張り出す。これは馴染みの仕立屋が贈ってくれた物で、私達の間に子どもが生まれたら是非うちに依頼してほしいと子供服の見本をくれたのだ。

 女の子向けの服だけ取り出して、残りの服が入った箱を持って寝室に戻る。ベッドの上で箱を滑らせて向こう側にいるシライヤに渡した。


「サイズが合うと良いのですが。ひとまず着替えましょう。私はあちらの部屋で着替えてきますから、終えたら扉をノックしてくださいね」


「わ、分かった……」


     ◆◆◆


 そうして十分後。幸いにも自分たちのサイズにあった服に着替えられた私達は再び顔を合わせた。

 シライヤは白いシャツに金の刺繍が入った紺色のベスト、首元にはブローチのアクセントがついたジャボ。下は紺色のキュロットに白い靴下を合わせている。

 その姿といったらもう……っ。


「可愛い!」


「可愛い!? それは、俺に言っているのか?」


 可愛いと言われて肩をすくめるほど狼狽えるシライヤを見て、そうかと気づく。

 大人のシライヤは私に日頃から可愛いと褒められているので今更驚くことはないが、子どもの彼にとっては言われ慣れない言葉なのだ。


「そうですよ。その服、とてもよく似合っていて可愛い。けれど、気を悪くしましたか? 格好いいと言ったほうが良かったかしら」


「いや……、褒めてくれているのは分かった。ありがとう……」


 恥ずかしそうに俯いたシライヤだったが、再び顔を上げると言葉を続ける。


「ルドラン子爵令嬢も、そのドレスよく似合っているよ。可愛いと思う」


 聞き慣れない子どもの声。けれどその恥ずかしそうな仕草や、私への心遣いに愛しい夫を感じる。


「貴方にそう言って貰えると嬉しい。ありがとうございます。ところで呼び方なのですが、大人の私達は夫婦ですから名前で呼び合っているのです。ですので、私のことはシンシアと……」


「さっきからそのようなことを言っているが、君が寝ぼけているとしか思えない」


「そうですよね……。本来の私達は大人で結婚していて、ある朝起きると突然子どもの姿になっていた。――なんて信じられませんよね」


「とても信じられるような内容ではないが、君の言い分だとここはルドラン子爵家の主寝室ということか?」


「いえ、ここはブルック公爵家の主寝室です。大人の貴方はブルック公爵となり、私はルドラン子爵を継がずにブルック公爵夫人となりました」


「ますます信じられなくなってきたな」


 せっかく私への心遣いを感じさせるような暖かい視線を向けてくれたというのに、今やシライヤの瞳は疑心の色で塗りつぶされている。視線が非常に痛い。


「色々あったんです……。全て説明するのは時間がかかってしまいますから、今はこの状況をなんとかしましょう。そろそろ使用人が朝の支度にくる時間ですが、見知らぬ子どもが主人の寝室にいるのは良い状況とは言えません。誰にも見つからずにこの部屋を出て、なんとかしてルドラン子爵家に向かいましょう」


「ルドラン子爵家に?」


「お父様とお母様ならば私の幼い姿を知っていますから、話を聞いてくださるはず。信じて貰えるかまでは分かりませんが、少なくとも放り出したりはしないはずです」


「そうか、俺も状況を確認するためにこの部屋から出たいのは同じだ。ひとまずは、誰にも見つからずに出るところまでは協力しよう」


 お互いに合意できる地点までしか協力しないとは、ずいぶんとしっかりした子どもだ。

 シライヤはこんな子どもだったのか、それとも覚えていなくとも彼の中に大人の部分が残っているのだろうか。

 ルドラン子爵家まで一緒に来て欲しいが、この様子ではもう少し彼の信頼を得る必要がありそうだ。


「令嬢、今なら人の気配がない」


 一人考えているとテキパキと動くシライヤが扉の隙間から外を覗き見てそう言う。

 頼りになるシライヤの後をついて一階のエントラスホールまで辿り着いたが、正面入り口に繋がる前室でメイドが掃除をしているところだった。彼女に気づかれずに外に出るのは無理がある。


「どうしましょう……」


 シライヤと物陰に隠れたまま小さく言うと「こっちにいい出口がある」と彼の答えが返ってきた。

 促されるまま屋敷を進むと、小さな物入れの部屋の前に連れて行かれた。しかしシライヤは扉の前に来るなり「あ……」と困惑したように声を漏らした。


「鍵をつけたのか」


「はい、その部屋には外からかけられる鍵をつけたほうが良いと大人の貴方が言ったので」


「そうか……」


「大丈夫ですよ。屋敷を出るのに必要になると思って、全ての鍵を持ってきていますから」


 服の装飾に隠すように身につけていた鍵の束を取り出して施錠を解き先に室内へ入るが、シライヤは廊下から大きく開いた瞳で私を見つめた。


「どうしました?」


「あぁ、すまない。少し驚いて……」


 続いて室内に入り扉を閉める彼に「何に驚いたのですか?」と尋ねる。


「この部屋の鍵を貴女に渡しているなんて驚いた。大人になった俺がこの屋敷の主人となって鍵をつけたのなら、きっと誰にも渡さないと思ったから」


「なぜですか? 今は使われていませんが、この部屋は物置だったと聞いています。そんなに重要な部屋だったとは思えないのですが」


「その通りだ。ここは物置で使用人も殆ど入らないくらい大した物はしまわれていなかった。だから隠れ場所に良かったんだ。家族は誰もこの部屋に入らないから……、安心できる大事な場所だった」


 不遇時代のシライヤがこの屋敷で家族からどんな扱いを受けていたかは知っている。酷い仕打ちをされそうになった時、逃げ込める場所が必要だったのだろう。


「そうでしたか。そうとは知らず、勝手に入ってごめんなさい」


「いや、謝らないでくれ。鍵を渡したのは大人の俺なんだろう? 数少ない安心できる場所の鍵を渡せる相手ができたということなら、嬉しい」


 そう言ったシライヤは恥ずかしそうに俯いて頬を染めた。そのまま私に向けられる視線は熱を帯びていて、彼に期待されているのを感じ取り私の胸が高鳴る。


「私の話、信じてくれたんですか?」


「……屋敷の内装も窓から見える庭も変わっているが、間取りや造りはブルック公爵家の屋敷で間違いない。それにここに来るまでに肖像画を見つけた。俺達二人が大人になったような夫婦が睦まじそうに描かれていた。子どもの冗談でこれだけの状況を揃えられるものじゃない」


「そういえば、階段のところに飾ってあるのでしたね。あれは夫婦になって最初に描かせた絵なのですよ」


「最初、ということは他にも?」


「それはもう沢山。簡単なスケッチまで入れるなら数え切れない程に」


 シライヤの子どもらしい小さな手がギュッと自身の服を掴む。


「信じ……、たいな。もし本当にそんな未来があるなら……、信じたい」


 期待と不安を混ぜ合わせたように言う幼い彼に私の胸がギュッと締め付けられる。

 不安な顔はさせたくない。信じさせてあげたい。必ず私が――


「信じさせてみせる。一緒にルドラン子爵家に行きましょう。あちらにも私達の絵が沢山ありますよ。特に婚約期間中の物が多くて、学園の制服姿の絵もありますからきっと楽しめます」


 少しでも安心させたくて思いの丈を込めた笑顔で伝えると、シライヤはつられたように微笑んで頷いてくれた。


「それで、ここからどうするのです? 屋敷の外に出たいのですが、窓もないこの部屋からでは出られないような……」


「そこの棚の物をどかして、壁を剥がすと窓が現れるんだ」


「えっ!? どういうことです!?」


 私が驚きの声をあげている間にシライヤは壁際の棚から手際よく物を取り出すと、簡単に壁を剥がしてしまった。元から剥がれやすくなるように細工されていたのだろうか。

 シライヤの言うとおりに壁の向こうには窓があった。


「こんなところに窓が……」


「屋敷の外から見える窓と部屋の間取りが一致しないと不思議に思って調べた時に見つけたんだ。古株のコックから聞いた話だと、この部屋は何度も改装を重ねた時にできた小部屋らしい。必要なくなった窓を内側から塞いだんだろう。これは使えると思って壁を剥がしておいた」


「使える?」


「兄達とは仲が良くなくて……。イタズラをされそうになった時にここから外に逃げていた。草陰が林まで続いていて身を隠しやすいし、壁をはめ直せばこの部屋まで追って入られても外に逃げたと気づかれないと思って。だが、外からの侵入を考えると不安を覚える場所でもあるから大人の俺は鍵をつけたのだと思う」


 なるほど、シライヤを護ってくれた大切な場所を壊すこともできず、苦肉の策が扉の鍵だったという訳か。


「まったく知りませんでした」


「情けなく逃げ回っているだけの恥ずかしい話だから貴女に話さなかったのだろう」


「情けなくも、恥ずかしくもありませんよ。貴方が私の大切な貴方を護ってくれた話なのですから」


「……大人の俺は、貴女にずいぶん甘やかされているんだな」


「ふふ」


 窓を開けて先に外へと飛び出すと、灯りもない小さな部屋に残ったままのシライヤに向けて手を差し出した。


「こんなものじゃないですよ。どれだけ貴方が愛されていたのか教えてあげます。さぁ、行きましょう」


 そうして手を伸ばしたシライヤを光の中に強く引き寄せて二人で外へと駆けだした。




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