いんのおうの物語 陰の王は悪夢を引き受け過ぎていた
陰の城が、悪夢から解放されて、
迷宮のようだった陰の城が、あるべき形に戻る。
ただ、陰の王の部屋は、さっきの神速の耳かきの最中に入れなかった。
悪夢の出どころはあそこで、
陰の王はあそこで悪夢と戦っている。
俺は、各国の王族は、魔法が使える旨を聞いていた。
だから多分、陰の王も何か魔法らしいものが使えて、
陰の王の部屋を結界のようなもので封印している可能性もあるし、
封印してもなお、悪夢がにじんだ可能性もある。
魔法を使える王族が悪夢に苦しめられていることで、
魔法の力があらぬ方向に出て、
事態が悪化している可能性もある。
耳かき職人の俺では、魔法のことまではわからない。
ただ、そんな可能性があるのではないかと思う程度だ。
陰の国は、比較的耳の呪いが少ない。
街でも普通に言葉が通じたくらいだ。
耳の呪いが伝わりにくい陰の国に、
悪夢という形で攻撃してきたのだろうか。
世界が平和になって、みんなが力を合わせるようになっては困る存在。
魔王、か。
魔王は、この世界のみんなが力を合わせて封印した。
その封印の際に、魔王は置き土産として、耳に呪いをかけて世界を分断した。
耳に呪いがかけられたことにより、
まともに言葉が通じなくなり、
疑心暗鬼が広がり、争いが絶えなくなった。
世界がひとつになれなくなった。
俺の勝手な憶測だが、
世界がひとつになれなくなった隙に、
魔王は封印を解こうとしているのではないだろうか。
耳の呪いで世界が分断していては、
再び力を合わせて魔王を封じることなどできなくなる。
そこに、耳かきの勇者の俺がやってきた。
魔王側も俺を邪魔だと思っただろう。
俺は耳の呪いを解いて、世界を平和にしようとしている。
互いの言葉が通じない世界は、生きづらい。
助け合うことも、理解し合うこともできない。
この世界の皆は、善良だと俺は思う。
耳の呪いさえなければ、争いのない善良な人々だ。
その耳の呪いを解いて、俺は世界の分断をまとめようとしている。
世界がひとつになっては、魔王に対抗する力を、この世界の皆が持ってしまう。
そもそも、魔王はなぜ魔王なのか。
魔王と呼ばれるからには、
何か世界を害することがあったのかもしれない。
だから封印されたのかもしれない。
再び封印を解いてしまう前に、
俺は世界の耳の呪いを解くことと、
魔王が世界を害する対抗策を考えておかないといけないかもしれない。
そもそも、魔王というものを抱えているという問題点があると言えばある。
封印までしかできなかったのかもしれないけれど、
魔王を完全に害のないものにすることはできなかったのだろうか。
災厄の権化のように聞いているけれど、
それもまた呪いが影響していないだろうか。
生まれついて、悪としてしか生きられなかったという呪い、という可能性。
俺はうなる。
難しいことは考えられない性質ではあるのだけど、
なぜ魔王は封じられなければいけなかったのか、
そのあたりを聞いていなかった気がする。
陰の王は知っているだろうか。
この世界を平和に導くためにも、何か聞き出したい。
そのためにまず、陰の王の悪夢を払うことだ。
蜃の貝殻の耳かきが威力を発揮してくれるだろう。
陰の城の皆が眠りから目覚め始めた。
陰の城に活気が戻り始めて、
悪夢が晴れて穏やかな顔をしている。
俺たちは門番に耳かきの勇者であることを告げ、
陰の王がまだ悪夢と戦っているらしい旨を告げる。
門番は陰の城が悪夢から解放したのが俺たちであるとすぐに理解して、
また、陰の王がいまだ大変な状況であることも理解した。
俺たちはもろもろすっ飛ばして陰の城に入れてもらった。
陰の城は目覚めだした人々が、
状況を把握しようとしていた。
いち早く陰の王を心配した、大臣らしいものが、
陰の王の部屋に向かって、
扉を開こうとして結界に遮られていた。
陰の王の部屋からは、まだ悪夢がにじんでいる。
大臣らしいものは、悪夢でめまいを起こしていた。
俺はすぐさま耳をかいて悪夢を払う。
この部屋の中の、陰の王に結界を解いてもらわないと、
俺も中に入れない。
言葉を伝える方法はと考え、
隣にいるリラのことを思い出す。
神語ならば届くはず。
「リラ、陰の王に結界を解いてもらうように神語を放ってくれ」
「結界を解いたら、悪夢が…」
「耳かきで残らず切り裂く。俺の後ろには絶対悪夢は行かせない」
「では、頼みます」
「ああ、それじゃ、神語を頼む」
「わかりました」
リラが息を吸った。
そして、神語を放つ。
『インノオウヨ ケッカイヲ トイテ クダサイ イマカラ アクムヲ ハライマス』
朗々とした神語が響く。
結界の中にも届いただろうか。
悪夢で聞こえないことはないだろうか。
俺が心配をしたそのすぐ後に、
唸り声のような声が聞こえた。
そして、陰の城に響くような、強いステップ。
俺が陰の城に突入する時にしたような、
四股のような踏みしめる音だ。
強い四股のような響きが鳴る。
響きの中で結界が揺らぎ、ガラスが割れるような音がした。
悪夢が目に見えるほどのものとなって扉から噴き出してくる。
俺は片っ端から耳かきで切り裂いていく。
俺の後ろにはわずかな悪夢も行かせない。
悪夢の奔流がだんだん弱まっていく。
俺は扉を開けて、部屋に入る。
そこには、荒い息をついている大柄の男がいた。
俺は、その男こそ陰の王と思い、
残りの悪夢を耳かきで切り裂いた後、
その男の耳を、蜃の貝殻の耳かきでかく。
男の荒い息が落ち着いていき、
悪夢は完全に無くなった。
陰の城の従者や大臣たちが、陰の王の部屋に入ってきた。
身体の心配をしていたり、
悪夢の影響を心配していたり、
なにより陰の王のことを心からみんな心配していた。
陰の王をはじめ、陰の城の皆は、アンダーズで、
長い耳が垂れ下がっている。
耳の呪いが届きにくい耳ではあったけれど、
悪夢という攻撃では、長い耳では防ぎきれなかったらしい。
しかし、さっきの踏みしめる音は何だったのだろう。
陰の王は、大きく息をついて、
「そなたが耳かきの勇者か。助けてくれて感謝する」
と、まずは礼を述べた。
陰の王は、悪夢の攻撃が陰の国に向かっていることを察知して、
悪夢をすべて陰の王が引き受けようとしたらしい。
陰の王は特殊な力を持っていて、
その力で悪夢を何とか出来ると思っていた。
しかし、悪夢の攻撃は予想以上で、
陰の王は悪夢に倒れ、
陰の城や陰の国にも悪夢がにじむ事態になった。
そんなことを話してくれた。
陰の王の特殊な力とは、魔法か何かだろうか。
王族が魔法を使えると聞いてきたがと俺が言うと、
陰の王は、魔法もそうだが、陰の王族に伝わるものがあると言う。
それが、神舞というものらしい。
神舞は、大地を踏みしめることで、
大地を活性化させ、悪いものを祓うという力を持った舞だという。
神舞は陰の国の王族が受け継いできた特別なものであるけれど、
神舞の大地を踏みしめるというステップやリズムは、
神舞から見様見真似で真似をされていき、
陰の国の文化というべき、複雑なリズムの踊りになっていったという。
元をただせば神舞にルーツを持つので、
陰の国はそれもあって邪なものが寄り付きにくかったという。
耳の呪いが深刻でなかったのも、
陰の国のリズムとステップの文化があったのではないかという。
「神舞によく似たものを、耳かきの勇者がしていたようだが」
陰の王が言う。
「見様見真似でしてみただけだ」
俺が答えると、
「耳かきの勇者には、神舞の才がある。教えてもいいかもしれない」
俺は少し驚いた。
陰の国の王族に伝えられたものをそう簡単に教えていいものか。
陰の王は少しだけ笑うと、
「神舞を会得することにより、魔王を今度こそ無害にできるかもしれん」
陰の王は、そんな目論見があるらしい。
魔王はどうして封印までしかできなかったのか。
魔王がなぜ封印されるほどのものになったのか。
もしかしたら、陰の王が知っているかもしれない。




