いんのしろの物語 陰の城は悪夢の迷宮になっていた
蜃の貝殻の耳かきで、俺たちはひとまず悪夢から解放された。
陰の王が悪夢で悩んでいる旨を町で聞いていたが、
おそらく、その悪夢がここまでにじんできている。
陰の城はもっと悪夢が蔓延っているだろう。
また、先程の悪夢で、
俺たちの感覚もおかしくなった。
陰の国の断崖絶壁の谷底にある道が、
ぐにゃりと歪むような感覚や、
気持ち悪い太鼓の音。
おそらくにじんできた悪夢は、そのまま感覚にも作用する。
悪夢がそのまま感じられるようになっているのかもしれない。
それほど強い悪夢があるということだ。
陰の王の悪夢ということだとは思うが、
もしかしたら、陰の王に特別な力があって、
悪夢によってその力が悪い方に作用しているのかもしれない。
これまでの国などで聞いた話で、
王族には魔法などの力があると聞いたような気がする。
陰の王にもその力があるのかもしれない。
いろいろな可能性があるけれど、
とにかく陰の城は今感じた以上の悪夢があると思っていい。
俺は気合を入れた。
「行くぞ」
「はいっ」
リラが応えて、
従魔たちが鳴き声で応える。
俺たちは陰の国の谷の道を行く。
あまり広くない谷の道をひたすら進むと、
不意に広いところに出た。
とても広い空間で、空が見えないからおそらく洞窟だ。
洞窟の中には泉がある。
かなり大きな泉だ。
泉からは水が流れていて、
俺たちが来た谷の道とは、
別のルートに流れていっている。
大きな洞窟の空間には、
いくつもの穴が開いていて、
多分、湧き出る泉の水が岩を削っていった穴だ。
そこから水が流れていって谷間を作っていって、
いくつもの陰の国の谷間の道を作っていったのだろう。
大きな泉の中心には、
石造りの城がある。
おそらくあれが陰の城だ。
俺たちは耳かきの特殊効果で悪夢から解放されているけれど、
それでも感じる気持ち悪さがある。
あってはいけないものがある感覚。
悪夢が外に出てはいけないという感覚が、
こうして、言葉にしづらい拒絶として感じるのだろう。
泉には橋がかけられていて、
陰の城へと続いている。
俺たちは橋を渡って陰の城へと向かった。
陰の城の前にやってくると、
陰の城から気持ち悪い圧を感じた。
城の門が獣の口の形をしている。
今まさに俺たちを食べようとしているようだ。
牙が生えていて、よだれまで出ている。
おそらくこれも悪夢だ。
蜃の貝殻の耳かきを振ってみた。
大きな獣の口は、大きな門に変わった。
近くで門番が苦しんでいる。
俺は、悪夢にやられたとみて、
同じ耳かきで耳をかく。
表情が穏やかになり、そのまま安眠を始めた。
陰の城はこんな風に苦しんでいるものがたくさんいるはず。
しかも、門が悪夢の影響で形を変えているように、
陰の城の中もめちゃくちゃになっているかもしれない。
そこを、神速の耳かきで耳をかきつつ走れるか、
陰の城の中は、おそらく常識的な形をしていない。
あまり奥まで突っ込んでいくと、
悪夢の濃さで迷ってしまうかもしれない。
どうすればいいだろうか。
俺は思案する。
気持ち悪い太鼓の音。
それは、陰の国に伝わるリズムの音が狂ったもの。
アンダーズはリズム感がいい故に、
リズムが狂うと多分俺たち以上に気持ち悪くなる。
陰の国ではそれほどまでにリズムが大事なのだと思う。
そういえばどこかで、
神謡と神舞というものを聞いた覚えがある。
どこだったかは細かく覚えていない。
神謡は陽の国に伝わるもので、
神舞は陰の国に伝わるものと聞いた覚えがある。
ただ、誰に聞いたか思い出せないので、
本当にそんなものがあるのか、
俺のただの思い込みである可能性もある。
しかし、陰の国はリズムが重要な文化になっている。
神舞というものが、リズムをもとにした舞である可能性も捨てがたい。
神舞という、神の舞というほどのものがあれば、
気持ち悪い太鼓の音からなる、
皆を苦しめる悪夢のリズムも正常に戻せるかもしれない。
俺にはそれほど複雑なリズム感はない。
ただ、町でアンダーズの歓迎の踊りを見ていて、
大地を踏みしめるのが重要であると思った。
強く、力強く踏みしめる。
一定のリズムで、踏みしめる。
俺の中で、知識としてある、相撲の四股を思い出す。
確か四股というものは、
大地の悪いものを追い出すのではなかったか。
俺の体幹ならば四股も行けるかもしれない。
アンダーズのリズムとは違うが、
俺の世界の踏みしめて悪いものを祓う行為、
これが効くかはわからないが、
俺は覚えている感覚で四股を踏む。
片足を大きく上げ、
大地を踏む。
もう片方を大きく上げ、
また、大地を踏む。
陰の城に踏みしめる音が響く。
洞窟に四股の音が響く。
洞窟の中で共鳴して、
不思議な響きになる。
確か相撲は神事だ。
見様見真似ではあるが、
悪いものを追い出すという点では行けるか。
陰の城の気持ち悪い太鼓の音が小さくなった。
悪夢の影響が薄れたのかもしれない。
陰の城の中の歪みも、多少はまともになったかもしれない。
ならば神速の耳かきで耳をかきつつ走れるか。
「リラ、神語を頼む」
「はいっ」
リラは大きく息を吸って、神語を放った。
『インノシロノ ミナサン イマカラ クルシミヲ トリノゾキマス』
俺の耳に陰の城の皆の耳が感覚共有される。
どれも澱んでいて、耳の呪いとは違った苦しみが詰まっている。
呪いとは違う、悪夢で苦しんでいる。
四股で悪夢の影響が弱まった今なら行ける。
俺は蜃の貝殻の耳かきを構え、
「神速の耳かき!」
叫んで陰の城に突っ込んでいく。
神速の耳かきの発動時間も長くなってきているが、
悪夢で異様な空間になっているであろう陰の城で、
どれだけ耳をかきつつ走り切れるかは未知数。
それでも皆を悪夢から解放しなくてはならない。
俺は陰の城をひた走る。
陰の城はありていに言えば迷宮になっていた。
上下もおかしくなっているし、
階段が変なところにつながっているし、
扉が次の部屋を繋いでいないし、
あるべきところにあるべきものがない。
それでも蜃の耳かきを持っていると、
本当の陰の城の姿が重なって見えてくる。
悪夢に苦しむものが見えてくる。
俺は神速の耳かきで悪夢に苦しく耳をかいていく。
俺が走った後は、
蜃の耳かきの効果で、
陰の城の悪夢が切り裂かれていく。
四股で踏みしめて、悪夢の澱みが弱くなったせいもあるだろう。
悪夢の迷宮を切り裂くようにして、
俺は耳をかいていく。
陰の城から悪夢が晴れていく。
悪夢に苦しむものも解放されていく。
ただ一ヵ所、俺の力で開かない扉があった。
悪夢の澱みはそこから出ている。
おそらく陰の王がその部屋を封印している。
それでもにじんでしまっていたのだろう。
影響はかなりの広範囲に及んでいたが、
それでも最小限にとどめようとしていたに違いない。
俺は陰の王の部屋を後回しにして、
とにかく陰の城の悪夢を切り裂いた。
陰の城はあるべき姿を取り戻し、
俺は陰の城の門の前に戻ってきた。
陰の城の皆は、ようやく眠れている。
陰の王がまだ悪夢で苦しんでいるが、
陰の城の皆と、俺たちで何とか手を考えよう。
魔法が使えることが悪い方向に向かっているとしたら、
俺だけで手に負えないかもしれない。
力を合わせる。
この世界は、そうやって魔王を封印まで出来たんだ。
力を合わせること、知恵を出し合うこと、
みんなの言葉を聞くこと。
それが何よりも大事なことなんだ。




