あくむの物語 城に至る道は漏れた悪夢で歪んでいた
俺たちは陰の国に入ってからの、
陰の国のアンダーズたちが暮らしている町のようなところで、
盛大に歓迎されて、
腹いっぱい美味いものを食べたり、
耳かきの普及につとめたりした。
アンダーズは長い耳が垂れている。
少し前にロップイヤーというウサギを思い出したけれど、
そういえば犬でも垂れ耳はいたかもしれないと思う。
どこかで見た犬のイラストで、
耳が立っているのと、垂れているのがいた気がする。
柴犬とかいうのは立っていた気がするし、
なんだかモコモコした小型の犬なんかは、
立っている耳ではなかった気がする。
猫でも立ち耳と垂れ耳がいたような気がするが、
こっちの方は犬以上に記憶が曖昧だ。
しげしげと猫をながめた覚えがない所為もある。
耳ならばよく見ているんだがなぁ。
小屋に一人暮らしでいると、
しかも耳かき職人などと言う仕事をしていると、
俺の世界で言うところの常識から外れるのかもしれないと思う。
まぁ、耳かき職人自体が、いまいち普通ではない。
あらゆる素材で最高の耳かきを作ろうと、
身体を鍛えているというのも多分普通ではない。
さらに、この異世界は俺の世界の常識が通じない部分もあると思う。
いろいろな常識が通用しない中で、
耳かきというものが通じる世界だ。
だから俺はこの世界に呼ばれたのだし、
この世界で耳かきの勇者として耳をきれいにしている。
耳かきをすると世界が平和になるような気がする。
おそらく、言葉が、音が、ちゃんと届くようになったり、
リラックス効果が期待できることもあるだろう。
俺の世界でいまいちマイナーだった耳かきが、
この世界で世界の命運すら握るものになっている。
世界が違うと、本当に常識も違うものだ。
陰の国の町があるのは、断崖絶壁の谷間だ。
ここから城まで一本道かと思っていたが、
陰の国の谷間の道というものは、
何本かあるらしい。
歓迎を受けているときに聞いたのだが、
陰の国は、陰の城があるところに、
絶え間なく水が湧く大きな泉があり、
陰の城はその泉の中心にあるという。
その大きな泉は洞窟の中にあるという。
洞窟の中で湧き出た水が、
泉からどんどん流れていって、
まずは洞窟を大きな空間にしたらしい。
そして、陰の国の断崖絶壁を長年かけて作ったという。
店などがあったところも、
アンダーズの住人が掘ったものもあれば、
湧き出る水が削っていったところもあるらしい。
そんな水が削っていった流れのあとが、
陰の国には何本かあって、
今は水の流れる谷間は、
治水管理などをして一本にしているらしいが、
長い年月が陰の国の谷間をいくつも作ったという話だ。
俺はさらに陰の城について聞き出そうとした。
陰の城への道は、谷間に看板が出ているので迷うことはないはずだが、
最近誰かがいたずらをしているのか、
なかなか陰の城にたどり着けないという。
陰の城に通い慣れているものも、
気が付くと他の谷間の道に出てしまっていて、
いつもの道のはずなのに、なぜということになっているらしい。
陰の城に向かおうとすると、
気持ち悪い音が聞こえるらしい。
俺は気持ち悪い音という感覚がよくわからないので聞き返したところ、
リズムがとても気持ち悪い音らしい。
アンダーズは基本リズム感がいいらしい。
太鼓のリズムに合わせて大地を踏むステップで踊るのが、
アンダーズが代々受け継いできた音楽らしい。
だから、リズムがおかしいと、気持ち悪いらしい。
複雑なリズムで踊っているとは思っていたけれど、
複雑なリズムを使いこなすがゆえに、
リズムが狂った音は、気持ち悪いらしい。
そのリズムが狂った音が、
陰の城に向かおうとすると鳴るらしい。
俺とリラと従魔たちは、
一通り陰の城などの情報を聞いた。
陰の王が悪夢に悩まされているということも聞いていたし、
もしかしたら、その、気持ち悪い音が関係あるかもしれない。
俺たちは礼を言って、陰の城に向かうことにした。
看板があるけれど、気を付けてと見送られた。
俺たちは陰の国の谷間の道を行く。
道にはにカンテラで明かりがともっている。
入り組んではいないようだ。
看板がところどころにあって、
何番鉱山こちらなどとある。
陰の国自体が大きな山の中にあるようなものなのかもしれない。
その看板の中に陰の城への看板を見つけて、
俺たちは看板の示すように進んだ。
看板の指し示す道を行くと、
不意にめまいがした。
断崖絶壁の谷間の道が、
ぐにゃりと歪んだ感覚。
昔、水が削っていったという道が、
足元から沈むような感覚。
聞こえる太鼓の音。
なんだか不安にさせる太鼓の音だ。
これが町で聞いた気持ち悪い音か。
今まで耳を聞こえるようにしてきたけれど、
聞こえることでおかしくなるとは思わなかった。
これも耳の呪いか。
俺は耳かきを取り出して耳をかく。
竹の耳かきで耳をかいたが、
不安にさせる太鼓の音は途切れない。
だとしたら、耳の呪いではないのかもしれない。
俺の隣にいた、リラも従魔たちも苦しんでいる。
歪んだ地形の中でうずくまっている。
苦しみながら、リラが言葉を紡いだ。
「これは、悪夢です」
「悪夢?」
「誰かの悪夢がにじみ出しているのです」
「耳の呪いとは違うのか」
「おそらく、耳が呪われて眠りが阻害されているものかと」
「それは、陰の王の可能性が高いと」
「陰の王から、陰の城に悪夢が蔓延しているものと思います」
つまり、この気持ち悪い太鼓の音から来る歪みは悪夢のにじんだもので、
俺たちは悪夢の中にいる。
耳が呪われている訳でないから、
竹の耳かきでは効果が薄い。
また、悪夢の音を聞いてしまうから、
耳が聞こえるようになっているのも悪夢に囚われる一因らしい。
ならば、悪夢を払う耳かきがあればいい。
俺は閃いた。
黄の国で、貝の長である、蜃の貝殻の耳かきがあったはずだ。
黄の国の、先代の蜃の貝殻がとても巨大で、
アクアンズが特別な時に使っていたというものを、
かなりたくさん譲ってもらった。
その貝殻で作った耳かきは、悪夢を払う効果があったはずだ。
俺は時空の箱から、
以前試しに錬成した、蜃の貝殻の耳かきを取り出す。
螺鈿細工以上に不思議な輝きを宿した耳かきだ。
俺は自分の耳を蜃の貝殻の耳かきでかく。
周りの風景の歪みが戻っていくのを感じる。
気持ち悪い太鼓の音が聞こえなくなっていく。
さすが悪夢払いの耳かき。
効果は抜群だ。
俺はリラと従魔たちの耳を同じ耳かきでかく。
みんな悪夢の苦しみから解放されて、ホッとしている。
歪んだ道は陰の国の断崖絶壁の谷間の道に戻り、
看板は当たり前のように、
この先が陰の城であることを示している。
おそらく、アンダーズの住人たちは、
陰の国に耳の呪いがはびこっていないがゆえに、
陰の王が見ている悪夢の音をまともに食らって、
陰の城にたどり着けなくなることになったのだろう。
悪夢はここまでにじんできている。
陰の城はもっと悪夢がはびこっているかもしれない。
とにかく俺には、蜃の貝殻の耳かきがある。
悪夢を払って、陰の城を苦しみから解放しよう。
その中心で陰の王も苦しんでいる。
耳の呪いで悪夢にうなされているのだとすれば、
耳の呪いをかけた誰かがいる可能性もある。
闇の貴公子リュウ。
奴が暗躍して苦しめている可能性もある。
魔王は封印されている。
その代わりに手足となって世界を分断させているのだろうか。
世界が分断すれば、
再び魔王に対抗するために一致団結することはできなくなる。
俺はそこまで考えて、ふと、可能性を考えた。
再び魔王に対抗するためということは、
魔王が再び現れるということ。
魔王が封印を解く可能性があるということだ。
世界が耳の呪いでバラバラになっては、
世界は悪夢よりもひどい方に向かってしまう。
とにかく陰の城の悪夢を払わなければ。
俺たちは谷間の道を陰の城へと向かう。




