涙、のち、雪
ふわふわと落ち着かない。
借りてきた猫、って気分だ。
生きてきた中で今まで係わり合いにもならなかった、豪華な見知らぬ場所。
優しくしてくれるとはいえ、赤の他人ばかりの場所。
文化も、考え方も違う。
「少しの間なんて、思ったけどさ」
1千年間。
この世界の人たちは、平均的に3万~4万年くらい生きるらしい。
長くて、5万~7万年。最長記録じゃ10万年なんて、ビックリするなんてモンじゃない。
その上、区画整理されたみたいにきっちりと暦が成り立っていて、1年はなんと16ヶ月。
大体三十日周期で計算していたら、なんと、1ヵ月は45日で9週間。
ちなみに、1週間は5日で、黄地・青水・赤火・緑風・虹心が曜日として定められ、虹心の日が休日だ。
そして、一年は大体750日。
あたしたちの基準では、ほぼ、倍になる。
実質、2千年の間、あたしはこの世界にいなければならないのだ。
「早くも、挫けそうだよ」
寂しい、寂しい、寂しい。
あたしが携帯で、電波でも発しているとしたら、ずっとこんな感じだろう。
仲良くしてね、の意味で名前予備を強制してしまった響さんと馨ちゃんだが、大きなこのお屋敷を管理するのにやっぱり人材が足りないらしく、食事や着替え、お茶など用事があるときとこの世界の勉強の時間以外はほとんど接触は無い。
そして、やっぱり警戒されているらしい。
縣陰さんに、今年は少し冬が早いのです、と言われてしまったが、この寂しさを拭う術が無い以上、どうにも出来ない。
寂しい、寂しい、さみしい。
降り積もる雪みたいに、心の中に溜まっていく。
それと同時に、ぐじゅぐじゅに、なっていく。
溶け残ったアスファルトの上の汚い灰色の雪みたいに。
どうして、あたしがこんなところにいなくちゃならないんだろう、って。
せっかく助けてもらったのに、そういう、汚い不満が、寂しさから八つ当たりのように生まれてくる。
お母さんに会いたい。お父さんに会いたい。妹に会いたい。ぽっぷに会いたい。
さみしい、さみしい、さみしい。
チラつき始めた雪。
この世界では絶対に雪の降らない秋なのに、と、響さんと馨ちゃんが困ったように零していた。
廊下を歩いていたあたしは、どうしていいか分からなかった。
人に会うのが、怖くなった。
閉じこもって、逃げて、食事を抜くことも、あまり苦にはならなかった。
「あの馬鹿は、何をしているんだ!!」
あまりに早く降り始めた雪に、やって来た凍てつくような寒さに、亜純君が怒りの形相でたずねてきた。
ばたばたという足音。
あたしを探す響さんと馨ちゃん、縣陰さん。
その日、亜純君は、その怒りをあたしにぶつけることなく帰っていった。
「ね、馨ちゃん」
お風呂上りに髪を拭いて、部屋でこまごました小物の整理をしていた馨ちゃんに聞いた。
はい、なんでしょう、とくるんと振り向く。
この、ちょっと落ち着きの無いような子供っぽい仕草が可愛い。
「あの、ね?」
ちょっと言い難いんだけどなぁ、うん。
きっと、迷惑だろうけど、なぁ。
「一緒に寝てくれない、かな?」
人の気配が全く無いこのお屋敷で、夜中に目が覚めてしまうと、怖くてたまらないのだ。
天使が通り過ぎる。 一人。二人。三人。四人。五人。
びくぅ!!と馨ちゃんが水に落ちた猫みたいに飛び上がった。
「え?あ、ううう、え、ええ?」
予想外らしい。女の子のお泊り会とか、パジャマパーティとか、無いのだろうか。
「隣に寝ててもらうだけだって。このベッド、おっと、寝台っていうの?大きいし」
軽く、大人が五人は寝られるだろう。ワゴン車くらいの面積はあると思う。
「一人が嫌なら、響さんもいっしょでいいよ。あ、そっちのほうがいいかも」
「えええええ!?」
うん、お泊り会。ガールズトークだ。
おろおろおろおろ。
やっぱり、身体が神代王様だから、恐れ多い、って感じなのかな?
「も、申し訳ありません、と、トギだけは、無理ですぅぅぅ~~~~」
愉快な感じに尾を引く声で絶叫し、馨ちゃんは行ってしまった。
ぽつん、と残された私。
あんまり愉快な反応に、寂しさよりも笑いがこみ上げてくる。
「あはは、はは、ははは」
「はは…………はぁ」
その日の夜も、どこかから舞い落ちる粉雪が途切れることは無かった。
やっと六話になりました。
今、小説で微妙に悩んでいる部分があるんですが、どうしたらいいのか。
もうちょっと推敲していきます。まぁそんなに重要でもないんですけども。
今回も、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。