必要最低……以下?
亜純君は話を終えるとそそくさと席を立ち、どこかへ行ってしまった。
あたしはもちろん呼び止めた。
「色々教えて欲しいことがあるんだけど忙しいの?」
聞いた際に盛大にに顔を顰めたのと、重々しいため息と、端的な愚痴。
「王の不在時には、その、問題が起きることが多くなりまして」
鬼の居ぬ間にと言うわけではないが、王権には適わないまでも権力が欲しくてたまらない人種がいろいろと謀を企てるのだという。
詳しくは教えてもらえなかったが、くれぐれも大人しく、見知らぬ人間に近寄らぬようというのは彼の心底からの願いらしい。
途方にくれるあたしの面倒を見てくれたのは、さっき紙と筆記用具を持ってきてくれた二人の女官さんだった。
身体を半分に折りたたまんくらいの深さで頭を差上げられ、焦ったのはこっちのほうだ。
「留守居様のお世話役を勤めさせていただきます、一級女官の響と申します」
天使の輪が浮かぶ腰よりも長い深い藍色の髪の、あたしより頭1つ小さい女性が、響さん。
すこし低い声は成熟した落ち着きを感じさせる。若葉のような淡い薄緑の瞳が綺麗だった。
「同じく、二級女官の馨と申します」
小学生?と思いたくなる背丈の、緊張を隠せない様子の馨ちゃんは、桃色、というよりピンク、と言ったほうが似合うような色の髪と目をしていた。
二人とも、お揃い(仕事着なんだろうね)の白い着物と赤い袴を纏っている。
さっきの亜純君は、チャイナ服っぽいマオカラーの服とズボンを履いていたけど、うーーん、デザインに共通性が見つからない。謎だ。
髪の色のせいもあるけど、お人形っぽいなぁ、と整った顔の二人をまじまじとみつめていると、二人が困ったような表情に変わる。
そこで思い当たって、あたしも慌てて自己紹介を返す。
「あ、あ、えっと、留守居役の、御前 雪霧っていいます、色々分からないことばっかりだけど、よろしくね?」
頭上げてぇぇぇ、と内心で叫びながら、女官さん達に挨拶する。
「響さんと、馨ちゃんだね、あた、おっと、私のことは、雪霧でいいから」
にっこりと笑顔で答えてくれる二人に、これから仲良くなれるかも、とちょっと安心する。
うん、だって、亜純君より断然好感触。
馨ちゃんが前、響さんが後について、あたしのために用意された部屋まで案内してくれるそうだ。
「亜純宰相筆頭とのお話が長くなっておりましたので、少し早いですが、ご夕食にいたしましょう」
しかし、不思議な世界に来てしまったものだ。
建物の構造や印象はどちらかというと洋風に近い気がする。
それなのに引き戸が多いようだし、障子やふすまのようなものが部屋の区切りに使われていたりする。
服のデザインは、和服っぽいように見える。女官二人が来ているのは、まんまお雛様の三人官女か巫女さん、つまり、着物に袴だ。
それを着ているのが、カラフルで堀が深く、あたしとは違う真っ白な肌の人たち。
あたしの世界じゃ、観光?コスプレ?と首を捻る以外に反応が難しい格好だった。
しずしずと進む二人とは違い、あたしはぺたぺたと音をさせて建物と建物を繋ぐ渡り廊下みたいな場所を進む。
ちょっと、石畳が冷たいなぁ。
「こちらが、雪霧様のお住まいになる『心閉宮』といいます」
馨ちゃんがばばぁん、と効果音をつけたくなるような自慢げな様子で指し示した。
此処だけ、和風建築だ。
どこか荘厳な雰囲気の落ち着いた佇まいは、お寺や神社に似ている気がする。
装飾がほとんど無いので、豪華さだけを見れば今までの建物のほうが勝つ。
一般庶民のあたしとしては、うん、こういうあんまり派手でないほうが生活しやすい。
いや、ありえないほど高級旅館っぽくて、内心ドッキドキなんですけども。
「ここには、許可された侍従である私めと馨、それと、侍従長以外は入れないのです。
王やお留守居様のお心が少しくらいなら乱れても大丈夫なように、強い結界が張られています。
慣れぬうちは、望郷の念にも苛まれるでしょうし、悪意ある人間に心無い言葉を投げられるとも限りません。
ご不自由をおかけしますが、どうか、ご理解をお願いいたします」
心配してくれているのは表情で分かるが、その難解な表現が、あんまり頭良くない女子高生には優しくない。
「あの、さ、早速で突然だけどお願いしたい事があるんですけど、いいですかな?」
「はい?」
「あた、うん、もういいや。あたしさ、元の世界では、偉い人でもなんでもないからね、敬語要らない。
敬語とか、難しい表現とか、その、よく分からないときがあって、ね?
タメ口、とかは身体が王様だから難しいだろうけど、そんなにきっちり敬語じゃないほうが嬉しい」
こんな会話を日常で続けていたら、あたしの頭がパンクしてしまう。
困った顔をされても、これだけは譲れない。
「あの、」
「もうこれ決定!!あたしこれから、1千年もお世話かけるんだよ? 堅苦しいのは無しにして欲しい、って言ってるの」
馨ちゃんや響さんには悪いが、ちょっと強引にお願いする。
だって、多分、ちょっとやそっとの事じゃあ、職業意識もあるだろうし、止められないでしょう。
案ずるより生むが易し。明日は明日の風が吹く。
もしかしたら、寝ておきたら全部夢だったーーーってこともありえなくもないじゃん?
まぁ、その場合、あたしはベッドの住人かもしれないけど。あ、事故自体が夢って事もありえる。
夢じゃないなら、天使さん。お母さんやお父さん、妹やぽっぷ(犬)に、心配をかけないようにして欲しいな。
まだまだ序盤。
世界設定とか、出したくて仕方ないんだけどまだ無理です。
飽きられる前に頑張ってもっとストーリーを、と思っちゃいるのですが。
気長にお付き合いください。