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第七話 王家からの呼び出し

 あの場から逃げるようにして帰ったその翌日のこと。

 俺の元に一通の手紙が届いた。


「……手紙? 一体誰から?」


 白の封筒だ。余計な装飾など一切入っておらず、しかし、手触りからこれが高級仕立てであることは疑いようのない。

 俺はまじまじと手紙を観察し、そしてひっくり返したとき、驚がくする事になる。


「この花弁が垂れたような紋章は、ま、まさか……!」


 国花であるアイリスを模した紋章を使う家などこの世に一つしかない。

 ――王家だった。


「うわぁ……」


 そのまま心の声であった。

 命の危険を感じ、逃げ出した昨日。呼び止める王女様を振り切り、全力で寮に帰りついた俺は、産まれて初めての学園をズル休みしていた。

 女子禁制の男子寮で、俺は小鳥とたわむれながらハーブティーを楽しんでいた。

 女子禁制。なんて素晴らしい言葉なのだろう。命の危険がないというだけで、こんなにも心が安らぐなんて知らなかった。

 近寄ってくる小鳥にパンくずを分け与えたりして、「癒されるなぁ」なんて呟いていた矢先がこれである。伝票を持ってきた配達員に驚いて、小鳥たちが飛び去って行く様を、俺は哀しい気持ちで眺めていた。

 何はともあれ、


「見たくない。見たくないなぁ……」


 これ、見なかったふりをして燃やしたりとかしたらダメかな? 灰にして中身は真っ白でしたって言うわけにはいかない? いかないよなぁ……。


「うーん。う―ん」


 そうして唸っていると、今度はドアが叩かれる。

 ――ドンドンドン! ドンドンドン!


「ああ、はいはい、出ます出ます!」


 まったくうるさい。ノックは静かに叩けとあれほど言ったのに。

 文句を言いながらドアを開くと、そこにいたのは黒髪の女性マリー。


「アレン・オーブリー様ですね。お迎えにあが……」


 思わずドアを閉めようとした俺は、間違っていないはずだ。

 ――ガッ。


「ふふふ、詰めが甘いぞ。アレン・オーブリー」

「げっ……こいつ、手で無理やり……!」


 突如として始まる戦い。

 ドアが閉まる前に手でブロックしたマリーが、力に任せてこじ開けてこようとする。しかし、俺も嫌な予感がビンビンにするため、負けられない。

 マリーは今、騎士科の制服ではなく、正装で着ていた。


 今更だが、この学園の原則は制服だ。

 俺を含め、大した権力をもたない生徒たちは、式典などに参加する際、制服に身を包むのだが、高位貴族となれば服装はオーダーメイドのスーツやドレスになる。

 また、従者もそれに付随して、制服の予算を超えない範囲で衣装を変更したりする。

 このマリーが王女様の護衛騎士として、正装で来るということはつまり、そういうことだ。

 むしろ嫌な予感しかしない!


 そして、俺は敗北した……。


 ドアの前で座り込む俺を見下ろすマリー。

 今、彼女が着ているのは結構な布を使ったスーツ風なのだが、これでもフローラ学園の制服の額は超えていない。フローラ学園の制服は本当に良い生地を使っているので、結構幅が効くのだ。

 だが、実をいうと、マリーが服を着替えられるのは、彼女の家がお金持ちだから、という訳ではない。

 実は、彼女の生まれは平民だったりする。

 というのも、彼女は幼い頃に両親を亡くし、途方に暮れていたところを王女様に拾われたとか。彼女はそのことに恩義を感じ、護衛騎士としての教育を受けフローラ学園に入学してからは、騎士科とは別の専攻で、侍女の勉強も行うようになったとか。

 そしてここからが耳寄り情報なのだが、彼女の住んでいた場所は、悪徳貴族による無茶な政治が行われていたらしく、彼女の両親はその搾取された生活の末に亡くなったという。

 彼女の貴族嫌いは、こういった過去が起因していると俺は睨んでいる。

 まあ、その貴族と俺を一緒にされても困るんだが……。

 ともあれ、あまり会いたくない人物であった。


「なんだその目は」

「……べつに、なんでもないです」

「言っておくが、私だって貴様なんぞの顔を見たくはないわ」


 あらやだ、以心伝心?


「……今の貴様に鏡を渡したら、私の言わんとすることがわかるだろうよ」


 もしかして今の俺、ものすごいしかめ面してる? 感情がもろに顔に出てたりする?

 そんな俺の心の声を無視して、マリーは大きくため息をついた。


「……殿下からの言いつけだからな。非常に不本意だが、貴様に言っておく必要がある」

「?」


 はて、俺に言っておくこと? 今更なにを改まって……――はっ! ま、まさか! この手紙のことか! ダメだ、この話題は本当にダメなやつだ!


「先日はいきなり襲ったりしてすまなかったにゃん」


 そう言ってぺこりと頭を下げるマリー。


「……ぱ?」


 一方、予想外すぎて破裂音を出す俺。

 ……え、にゃん? コイツ語尾に「にゃん」をつけなかったか? まさかとは思うけど猫のモノマネをしたのか?

 まじまじと見つめていたからか、マリーは慌てて弁解する。


「か、勘違いをするなよ! 本当は反省なんかしてない! ただ、殿下がどうしてもというからこうして謝罪しているのであってだな!」

「いや、そのことはどうでもいい。それより、さっきの語尾はどうした? 『にゃん』とは、いったいなんだ?」


 すると、一瞬にして覇気が無くなるマリー。


「こ、これは……その……約束を破った罰として殿下から課されたもので……ね、猫のモノマネをしているにゃん……」


 蚊のなくような声でぼそぼそと話すマリー。

 あ、こいつ、もしかしなくても恥ずかしいのを誤魔化そうとしたな? 語尾について突っ込まれるのが嫌で、俺にケンカを売ってみて気を逸らそうとしたな?


 ――ぷ、プくくくくくく!


 この女が猫のモノマネをするとかうけるんだけど! 王女様、ナイス!


「へぇ~! ふぅ~ん、そぉ~なんだ~!」


 面白くてつい、にやけてしまう俺であった。

 さあさあ、どう料理をしてやろうか。

 俺はさながら一流のコックのように、目の前に見える極上の素材を見つめる。実に美味しそうだ。何をしても楽しめそうだ。


「公然の前でこの語尾のまま演説させるか? いや、どうせなら甲冑を着せて、犬のように四つん這いになり、大勢の前で猫言葉を話すとなれば、それはかなり恥ずかしいんじゃないのか?」


 じゅるり……。想像するだけでよだれが垂れそうな光景であった。


「だ、誰かそんなことをするか! 貴様、人を馬鹿にするのもいい加減に――」

「あれ? 愛しの殿下の命令を聞かなくてもいいのかな? ん? ん?」

「くっ……、貴様、王女様を盾にとるとは卑怯な……」

「ククククク、クァ―――ハッハッハッハ!」

 ……なぜだろう。気分が最高に良い!

「おい、貴様こそ忘れてはいまいな? 私は最初に言ったはずだぞ? 『お迎えにあがりました』と」

「はっはっは………」

「もしかして、あえて気づいていないフリをしていたのか? 残念だったな。私は自分の発言に責任を持つタイプなんだ。貴様が気づいていなかろうと、お構いなしに連行するつもりだ。そうそう、『手紙』、届いているよな?」

「…………」


 さてと、今日は自主休講日だ。ベッドに戻ってもうひと寝するか……。

 ガシッ……。

 力強い手のひらが俺の肩に当てられた。


「私が逃がすと思うか?」

「あ、あいたたたた! お、お腹が突然痛く……! 痛い、痛いぞぉ!! これはヤバい。感覚でもう分かる。絶対にヤバい奴だ、おい、何をしている? その手を早く離せ! さもないとここで漏――」


 ――連行された。



 *



 揺れをまったく感じない馬車の中。

 豪華な椅子に座った俺は、ひとりで手紙と向き合っていた。

 この手紙に書かれている件で連れ去れたとするならば、色んなことに説明がつく。であればこの手紙を読むことは、今後の策を立てる上で必要なことになるのだが……。


「……見たくないなぁ……」


 というか、手紙が来てから連行までが早すぎんだろ! ほぼ同時じゃねぇか! 結局見ていようが、見ていまいが、連れて行かれるんじゃねえか!

 結論を述べると、中身は確認した方がいいのであった。

 俺は、手紙の封に使われている王家の紋章入りのロウをできる限り、壊さないようにそっと開いた。……あとで、無礼者とか言われたら怖いし……。

 ドクドクと高鳴る心臓。

 俺はそして覚悟を決めて手紙を開き――。


『――ぶっ殺す――王城にて待つ――

 ~国王より、真心をこめて~』


 ――そっと、手紙を閉じた。


「……」


 ……え、俺の人生って、詰んでない?


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