第五話 ストーカーの本質
昼下がり。
生徒数が一番多い生徒塔は、いつもにも増してざわめき立っていた。原因は分かっている。
学園トップスリーの二人に挟まれた男。
――つまり、俺だ。
「おい、あの赤髪の男はいったい誰だ?」
「アレン・オーブリーとかいう子爵家の嫡男だとさ」
「見て、今日はディアナ殿下だけではなくて、ミシェル様まで共にいらっしゃるわ。一体どういうご関係なの……」
俺が聞きたいぐらいだよ。
「もしかして本当は高貴な身分だとか?」
いえ、ただの貧乏な子爵家です。
「見ろよ、殿下のお顔。とても幸せそうな顔をしているが……もしや!」
「ミシェル様もあの満更でもなさそうなお顔……もしかして!」
――っおい! そこ! 余計なことは言うな!
「「「「「ここにきて、とうとうお相手が……!? しかも二股!?」」」」」
その瞬間、男子生徒からの殺意と、女子生徒からの嫉妬が一気に膨れ上がった。
「おい、アレン・オーブリーのことを徹底的に調べろ。奴の隠していること全てを洗い出せ!」
「まだだ、実家の方も弱点も探れ。没落させることも視野に入れる必要があるぞ」
「それだけでは甘いわ。監視をつける必要があります。彼が隙を見せたその時は――ボクサ……」
え……なんか俺、命狙われてない?
その時は――って言った人最後なんて言ったの? ボクサ……なんとか言ってたけど、絶対に俺のことを撲〇しようとしているよね?
……え? 王女様のストーカーを見つけ出すために、こうして王女様と腕を組んで学園内を巡回しているだけなのに、気づいたら俺が全生徒の敵になっていた!?
「楽しいですね! アレン様」
「え」
どこか楽しいの?
「分かっています。これはあくまでも演技。アレン様に直接的な被害がでないようにこちらの方でも対応しますのでどうかご安心を」
そう、小声でそう呟く王女様。
そうか、これで良いのか。俺が注目を浴びることで、嫉妬に駆られたストーカーが誘導。そして姿を見せたとき、俺を含めた周りがストーカーを取り押さえる。そういう手筈だった。
危ない、危ない。あんまりにも色んなことが起こり過ぎて、すっかり頭の中から抜け落ちていた。
――ザクリ。
「っ」
背筋が凍るような殺気。これで四回目だ。
これまで回ってきた各塔に続き、今日の生徒塔でも既に四回の殺気を感じている。
王女様にストーカー行為を働いている人間は、よほど彼女にご執心と見える。
特に、国内外の政治に通じている貴族が多いこの生徒塔では、寒気を感じる感覚が短いときた。
それはつまり、俺と王女様が親密な関係にあると知られると、不味いということになる。
「アレン様? どうかされましたか?」
少し真剣な面をしていた俺を見て、王女様が問いかけてくる。
「いえ、なんでもありません」
俺は考えを悟られないように、王女様ににこりと笑って見せた。
俺が今できる全力のイケメンスマイルだ。ちなみに落とせた女性の数はゼロだ。
「ふへぇ……」
「あ、ディアナちゃんが溶けた!」
と、俺は殺気に気づいていない振りをしつつ、犯人と思わしき人物を横目で探る。この四日間の間、王女様にピタリとついて離れていない学生は――。
放課後に入り、各々が帰宅する頃。
俺は生徒塔の展望台、全方向に開けた街並みが一望できる場所にひとりで来ていた。
すると、コツコツとした足音が聞こえてきた。
「来たか……」
「……なぜ、わかった?」
凜々しさを感じさせる声。俺はその声の持ち主を振り返った。
風になびく黒髪。青の瞳に燃やすは、嫉妬の炎。
騎士科の制服に身を包んだ少女。それは、王女様の護衛兼侍女を務める『マリー』と呼ばれる女子生徒だった。
「なぜ私だと分かった?」
マリーが俺に訊ねてくる。
「貴様は私の殺気に気づいていないはずだ」
「演技をしていた」
「あり得ない」
「嘘じゃない。俺がお前をここに誘ったんだ。騎士科のあんたになら、分かっているはずだ」
「……」
黒髪の少女はなにも答えない。
その代わりと言わんばかりに、彼女は腰から隠していたナイフを引き抜いた。
「ちょっと待て! 俺にお前を害するつもりはないぞ!」
俺はそのことにめちゃくちゃ焦りつつ、彼女に矛を収めて貰うように話しかける。
いきなりナイフを抜くとか、コイツマジか!?
「……このことがバレてしまった以上、貴様は生きては帰さん」
「え、人の話聞いてる? 俺別に君が王女様にストーカー行為をしていたとか、そんなこと告げ口するつもりないんだけど?」
「死ねぇ――!!」
「うわ!」
ブン! とナイフが俺の近くを通り抜ける。
ヒ、ヒヤァアアア!!! こいつ本気で振り抜いて来やがった――!!!
「ちっ! ちょこまかと」
「ま、まって! 落ち着け。落ち着いて話をしよう、な、な!?」
ちょっ……、ヤバい。本当にヤバい奴だ!
てか、見ていた時から思ったけど、コイツ身長高くね? 俺とほとんど変わらないどころか、俺が負けている気がするんだけど!
長い手足を活かして、ビュン! とナイフを振り抜くマリー。
俺はそれを死ぬ気で避け――というか避けないと死ぬ! を繰り返し、どうにか距離を取ろうとする。
しかし、そこは訓練を常から行っている者と行っていない者の差。
彼女は鍛え上げられた身体を俺に向かってぶつけてきた。
タックルである。
足を持ち上げられ、そのまま背中から俺は倒れる。彼女はその上に、跨ると、振り上げたナイフを俺の顔に突き立てようする。
俺はそれを間一髪のところで食い止めた。
「まって、本当にまって! なんで俺を殺そうとするんだよ!」
彼女の両手を掴み、叫び声を上げる俺。
彼女との間で力が僅かに拮抗し、彼女の刃がジリジリと迫ってくる。
「なんでだと?」
彼女は俺の質問に対し、鼻でふっと笑うとその目に激しい怒りの炎を燃え上がらせた。
「き、きさまが――」
「俺が?」
「――殿下に好かれているからだ!」
「…………」
……あーうん、何となく想像ついてた。
「憎たらしい! 私の方が殿下のことを大切に思っているのに! 私の方が大切にできるのに……。なぜ、殿下のことをなんとも思っていない貴様なんぞに、奪われなければならん! 薄汚い貴様らのことだ! どうせ殿下に惚れ薬でも使用したに違いない!」
「薄汚い貴様らとは、貴族たちのことか?」
「そうだ! 光に群れる蛾のように、殿下の周りをうじゃうじゃと群がる貴様らは信用ならん! 特にアレン・オーブリー、お前は特に信用ができん!」
……俺、群がるどころか、ストーカーされているんだけど……。
「昔のことだ! 王城でパーティが行われた夜! 殿下が裏庭の水やりに行って以来様子がおかしい! 聞けば、あのミシェル・ルグランも貴様に幻術に掛けられたそうではないか! 一体なにをした!」
「――ハァ!? 何もしてねぇよ!」
なんだよ、幻術に掛けるって! そんな使い手がいてたまるか! てか、ここでもシェルが登場するのかよ! あいつ、マジで俺にどんな恨みがあんだよ!
そんな攻防を続けている間にも、切っ先がじりじりと近づいてくる。
剣先がプッ……と薄皮に突き刺さり小さな血だまりが出来た時、いよいよまずいと思った。
このままでは、本当に殺されてしまう。
俺は、反撃の言葉を口にする。
「というか、お前の方が、ディアナ殿下を苦しめているじゃねーか! お前がストーカーなんかするから、こんなことになったんだよ!」
そう、彼女が王女様をストーキングしなければ、どこでも構わずついていこうとしなければこんなに事にはならなかった。
マリーが大人しければ、俺はあの日のパーティで何も起こることなく、後悔するようなこともなく、ただただ日々を安心して過ごせたというのに……!
「俺を殺せば、お前もただじゃすまないぞ!」
「フン、殿下は心の広いお方だ。私が心配をしていたと伝えれば、それだけで済む話だ」
マリーは自信満々にそう言ってのけた。
彼女は王女様の傍付き兼護衛。幼い頃から積み上げてきた信頼があるということか、彼女の目の色はみじんも揺らがなかった。
くそ、これはいよいよ俺の運も尽きたか?
もはや挽回することは叶わないと思ったその時のことだった。
「――一体なにをしているの? マリー?」