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第四話(別名)犬の散歩

実際に犬の散歩をする訳じゃないからね!?

 今更だが、この学園に存在する五つの塔について説明しよう。


 まずは、北にある蔵書塔。ここは旧生徒塔で、現在は様々な本の収納場所となっている。

 その内容は多種多様で、生徒たちは何か調べたいときはここに訪れ、本を借りることもできる。


 次に特別塔。北西に位置し、蔵書塔と共に学園で最も古い塔だ。

 昔は騎士科の修練場として使用されていたらしいが、これも蔵書塔と同じく、新しい訓練塔が出来てからは、宮廷画家や宮廷楽師を育成する芸術科が利用するようになった。常に歌声と筆のタッチが聞こえてくる愉快な塔だ。


 植物塔。南西に位置し、日当たりのいい場所に作られたこの塔は、施療科がよく利用している。薬草学で、植物の研究が頻繁に行われており、珍しい植物はもちろん、王都の専門店でも滅多にお目にかかれない花なども育てられている。


 南東に位置する訓練塔では、騎士科の生徒たちが訓練をしている。彼らは王都での治安維持や団体行動の実施訓練を主とし、訓練塔が使用されるのは、基礎勉学や、トラブルが発生した場合の対処法についてなどを学ぶ時だ。


 そして我らが生徒塔。蔵書塔と訓練塔の間にある最も多くの生徒が通う塔だ。

 ここでは学科が複数別れており、貴族科、文官科、歴史科の三つの構成から出来ている。

 内訳は想像の通りで、貴族科は政治・行政・外交といった国策に関わる分野を。

 文官科は数学を主とした学習を。

 歴史科は過去に起きた事象を資料を用いて読み解き、次に活かす等といった事を行っている。


 そして、これは全学科に共通して言えることだが、テストには『基礎科目』が存在する。


 数学

 国語

 外国語

 歴史


 の四つだ。この四科目は、入学する際の試験で出題され、入学してからもある程度の成績を収めるように学園から義務付けられている。

 ちなみに、その共通テストで学年一位を取ったのが王女様で、二位が俺である。


 と、まあ、ここまでだらだらと説明したが、これには訳がある。


 午前の授業が終わり、昼休み。

 学園の中央広場にあるベンチにて、ぐでーってとしている俺に、シェルが声を掛けてきた。


「こんなところで何をしているんだい、アレン」

「いや、この後の『見回り』が嫌で、ちょっとうつに……」


 シェルがくすりと笑う。


「随分と盛り上がっているみたいだね」

「ああ……」


 力なく頷く。

『見回り』

 この言葉を聞くだけならば、不思議でも何でもないだろう。なぜなら護衛とは、守るべき主人の周りを警戒するものなのだから。

 しかし、問題は予想外の部分に発生していた。


「『腕を組み合って』の見回りだなんて誰が予想したよ……」


 そう、俺はなぜか付き合いたての恋人のような事をさせられていた。

 それも先ほど説明した他学科がいる塔を順に回って、である。


『四日間』


 俺が王女様と共に見回りをした日にちだった。


「はあ……」

「疲れているみたいだね」

「当たり前だろ。おかげさまで大勢の人から、めちゃくちゃ目を向けられるんだよ。昨日とか『アレ』だぞ。生徒塔の裏に呼び出されたかと思ったら、男が二十人待ち構えていたんだぞ? あれ絶対王女様のことを狙っていた羽虫貴族たちだろ。速攻で逃げたわ……」

「……君って、思ってるより口悪いよね?」


 その他にも、語り尽くせない色んなことがあった。

 特に俺の部屋にあるベッドに蛇が乗っていたのは、ビビった。まじでビビった。


 というか俺の部屋に懲りずに遊びに来ていたシェルがその蛇を見て、ぶち切れていた。ものすごい良い笑顔で「思い知らせないと駄目みたいだね……」なんてことを言っていたのがまじで怖かった。

 今後、こいつだけはキレさせたらまずいと本気で考えた夜だった。


 と、シェルが俺の隣に腰を下ろす。

 服のしわのことなど気にせずベンチに思い切り背中を預け、ふぅーと息を吐くシェル。

 普段のこいつすれば、らしくない行為だ。


「おいおい、次期侯爵がそんなにだらしないことをしていいのか?」

「いいさ。どうせ誰も見ていないしね。それに、こうして大親友と一緒にだらけるのに、昔から憧れていたんだ」


 ……相変わらず変な奴だ。

 まあ、次期侯爵ともなれば寄ってくる人も多いだろうし、きっと俺の知らないところで苦労をしているのだろう。


「君が嫌ならやめるけど?」

「いや、ぶっちゃけどうでもいい」

「ふふ、君のそういう所が僕は好きだよ」

「いや、好きも嫌いも、シェルの勝手だろ」


 シェルはううんっと背伸びをした。

 どうでもいいが、こんなにだらけたシェルを見るのは初めてな気がする。


「それで、ストーカー調査のほうはどんな感じだい?」


 まあ、ルグラン侯爵家ならこのくらい当然か。

 唐突な質問だが、大した驚きを感じないあたり、俺も相当にシェルに慣れてきている。

 王家の諜報機関は、伊達ではない。


「……一応、目星はついてるけど、確証がない。とりあえず今日あたりでカマを掛けてみようと思うけど」

「そうなんだ」


 シェルは掘り下げることもなく頷いた。

 そう、俺は犯人についてある程度の目星をつけていた。とはいえ、王女様の状況から見るに、あの人しかあり得ないというありきたりなものだが。

 しかし、その犯人が犯人のために、どのようにこの事件を収めるのか、頭を悩ませている最中だ。

 シェルが何でもないかのように、俺へと話かけてくる。


「ちなみに、君たちの見回りが、周りからなんて呼ばれているか知ってる?」

「いや、知らないけど」

「聞きたい?」

「聞きたくない」

「『犬の散歩』だってさ」

「……聞きたくないって言ったのに……」


 ちなみにどちらが犬なのか、それは答えるまでもない。

 犬と言われて、うなだれる俺をシェルが面白そうにツンツンしてくる。

 ……うっとおしいな! おい!


「アレン様。ここにおらしていたのですね!」


 と、その時、涼しげな声が、頭上から降ってきた。

 美しい金髪を後ろに流し、紫の瞳で俺を見つめる一人の美少女。


「ディアナ殿下。……あ、すみません、お時間を過ぎてしまいましたか?」


 俺は慌て身を整える。


「いえ、まだ時間はありますよ。そうではなくて、私がここに来たのは、そこにシェルがいたからですわ」


 そう言ってシェルに視線を向ける王女様。


「ずいぶんと楽しそうにしているのね、シェル」

「やあ、ディアナ。僕たちは親友だからね。当然さ」


 あ、そうか、あの日、俺に伝言を渡してきたんだから、そりゃ知り合いか。

 かなり砕けた口調で話すシェルと王女様に、俺は二人の関係が気になった。

 随分と仲の良さげな、打ち解けた雰囲気を感じる。


「アレン様の隣は気持ちが良いでしょう?」

「うん。それはもう、僕なんかいつもダラダラしちゃうよ。それもこれも、アレンがだらしないおかげだね」

「おい!」


 言われのない言葉に思わず突っ込む。

 すると、くすくすと王女様が笑った。

 その友に向けたいたずらな笑みが俺の心臓をうった。

 それは普段、仮面を張り付けたかのような笑みを浮かべている彼女からのぞいた笑顔だったからこそ、はっきりと分かる高鳴りだった。

 綺麗ことは元々分かっていた。が、こっちの方が断然綺麗だなと思った。


 ――さわさわさわ……。


 風に揺られ、木の葉のすき間から漏れた日の光が、彼女の横顔を美しく引き立てる。

 何をしていても、似合ってしまうのが王女様の凄いところだが、今の笑顔はなんというか……とても可愛らしいとおもう。

 しかしながら、その思考もすぐに、現実に戻されることになる。

 二人して、俺の方へと顔を向ける。


「さあ、一緒に学園を回ろうじゃないか!」

「たまにはアレン様も友人とともに過ごしたいでしょうから」

「……はい?」


 なにいってんだこいつら?


「回るって、見回りのことですか?」

「うん」「はい」

 え、嫌ですけど……

「え、嫌ですけど……」


 だが、回ると宣言した二人は速かった。

 王女様は俺の左側に素早く回るとがっちりと腕を固定し、シェルは俺の右へと回ると、これまたがっちりと腕を組んだ。

 俺に向けられた栗色の美男子天使の笑みと、金色の美少女妖精の笑顔は、しかし、俺には悪魔にしか見えない。


「ちょ、ま、……二人と一緒に歩くとかどんな罰ですか! 絶対に嫌です!」

「そんな寂しいことを言わないでほしいな。僕『たち』とアレンの仲じゃないか」

「そうですわ。シェルの言う通り! 『とも』に思い出を作りましょう!」

「いやいやいや、結構です!」

「「まぁまぁまぁ」」

「いや、ほんとにけっこう――」


 ………………………………五分後。

 俺は、同調圧力に屈した。


「さあアレン様。本日もエスコートをお願いします」

「お願いしまーす」


 はぁ――。なんだってこんなことに……。


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