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第三話 王女様との密会

「――まずは始めまして、ですね。(わたくし)は、ディアナ・ペルティエ・フローレンスと申します。本日は急なお誘いにも関わらず、よく来てくれました」


 あのトンデモナイ部屋の隣にある秘密の間。

 先の空間よりも一回り小さい、本が平積みされた小さな空間で、俺は王女様と対面していた。


 部屋の中心に置かれたテーブルを挟んで茶色のソファーに座る王女様。

 パーティ用の赤いドレスを着て、美しい金糸を下ろした絶世の美女。

 見る者全てを、魅惑の世界へと引きずり込んでしまうような可愛らしくも色香を漂わせる王女様は、そう言って礼をする。


「お初目にかかります。ディアナ殿下。アレン・オーブリーと申します。ディアナ殿下のお誘いとあらば何時でも駆けつけますよ」


 俺は、彼女の礼に左胸に手を当てながら答える。

 これは、このフローレンス王国における伝統的な挨拶で、私の忠誠をあなたに捧げますという意味だ。


「それは嬉しいですわ。ささ、ゆっくりとしてください。今回、あなたを呼んだのは、とある相談事があるからです」

「そ、相談事ですか……?」

「ええ」


 王女様は凛とした姿勢で俺に言った。

 それは俺のパンツが欲しいとか、そういうことではないですよね?

 俺はさきほどスーハースーハーしていた王女様の姿を思い出していた。

 ゴクリ。

 俺は唾を飲み込んだ。


「実は、ここ最近、どなたからの視線をしきりに感じていまして。ここは学園ですし、私は王族ですから、見られることは多いのですが、それでも少々困っているのです。なんと言いますか、お花をつみに行く際にも……その、後をつけられているような気がして……」

「……なるほど」


 自らの悩みを深刻そうにそう話す王女様だったが……。

 ――どうしよう。話が全く入ってこない。

 俺は先のインパクトが強烈過ぎて、まるで話の内容が理解できないでいた。

 とりあえず分かったこと。


 それは、王女様が『ストーカー』されているということ。


 ……え、それって王女様が、俺にしている行為と一緒じゃね?

 王女様は、目を伏せて深刻に悩んでいるご様子。

 ……え、なんで自分は何もしていないみたいに堂々としているの? むしろ現在進行形でストーカー行為をしている本人にストーカーの悩みを相談するって、なにこれ? ……本当に同一人物なの?


 王家に使える身分として、真剣に聞かなくてはならない場面。だというのに、俺の思考はどう頑張っても、先の光景に引きずられていた。

 しかし、時間が経つと共に、俺にも段々とあの時の状況が整理出来てくる。

 そして発生したのが、混乱だった。


 ……もしかすると、さっき見た光景はすべて夢だったんじゃないのか? 実はどこかで眠っていて、今が現実なんじゃないのか? 思えば、どうやってこの秘密の間に入ってきたのかの記憶がない。やっぱり、さっきのは夢だったのかもしれない。

 俺は、ひとまず深呼吸をしてみた。

 王女様はじっと俺の返答を待っている。


 よし、いいか俺! 落ち着けよ俺! ここは一旦、王女様のストーカー問題について考えよう。いや、俺の方じゃなくてね? 分かってる。王女様のストーカー問題の方ね!


 ……ん? どっちがどっちだっけ?


「……」


 よし、さっき見た光景は一回、頭の中から追い出そう!

 そんなことよりも今は、国花とまで言われるディアナ殿下にストーカー行為を働いている者がいると周りに知られた方がまずいことになる。

 ただでさえ、その美貌(びぼう)で色々と(うわさ)される人だ。もしもそのことが他の人に漏れたら、それこそ国中がパニックになる。

 特に、親バカとの呼び声高い国王様にこのことが知らされたら、どんな事態になるか……考えるだけでも恐ろしい。

 そうして、考えをまとめ、王女様に答えようとした、その時――


「まあアレン様! そんな、『護衛』を引き受けて下さるんですか!」

「……はい?」

「そんな……本当に良いのですか?」


 ……え、まって、まって。

 ……俺いまなんか言った?


「ストーカーから私を守るために、『常に』護衛をしてくれると! そんなアレン様のご迷惑になりませんか? ですか、してくださると言うのならこれほど心強いことはないです!」


 今の一瞬に何が起こったのか、誰か説明をしてほしい。

 ……え、まじで俺が何かを言ったのか? なんかものすごく目をキラキラさせているけど、俺、何か言ったのか!?

 誰か教えてくれ!


 だが、困ったことに一理あるのだ。


 ……いや、だって、こんな重大な事を他人に託して、うっかり広められでもしたらまずいし、警戒されていることがバレて、ストーカー捕獲に失敗でもしたらいよいよマズイ。


 最低でもストーカーの顔ぐらいは見ておく必要がある。

 なぜなら、一度、似たような事件があった際、国王様がその学園に通う生徒全員に対し監視の目をつけたからだ。

 結局その事件では、王女様と同じクラスにいた有力な貴族の嫡男が犯人で、王の怒りに触れたその男子生徒は、二度と王都を跨げないよう遠くの田舎町に飛ばされたという……。

 そして、それ以来、国王様の男を見る目が、より厳しくなった。


 つまりだ。


 もしもストーカー捕獲に失敗し、顔も見れなかったとなれば、この学園に通う男子生徒は、かなり酷い目に遭う。その中に護衛として最も彼女の近くにいた俺なんか、まさしく犯人っぽい。

 いくら冤罪だとはいえ、そうしてこの王都を去ることになるのはめちゃくちゃ困る。将来は宮廷貴族になり、領地とは関係なく安定した生活を送るのが俺の夢なのだ。

 だからこそ今回のことは、情報の機密性が守れる個人の方が、失敗する確率が低いと俺は思った。


 ……それに、そもそも友達がいない。

 一瞬、シェルのことが頭に浮かんだが、あいつを友達だと認めた覚えはないので、きっと気のせいに違いない。

 まあ、もしも無理だったら……本当に無理だと思ったのなら、力を借りるとしよう。

 あいつなら多分、大丈夫だろう。

 それに王家の諜報機関とも呼ばれるルグラン家の次期当主だ。もしかすると、この件についても、何かしら情報を掴んでいる可能性もある。

 後で、それとなく、気づかれない範囲で聞いてみるか。


 考えをまとめたところで、王女様が一枚の書類を差し出してくる。


「では、この書類にサインを」

「……あの、これは?」

「秘密を共有する書類ですわ!」


 そう言われ、差し出された紙を見る。

 名前を書く欄が上に二つあり、一つには王女様のサインが書かれていた。

 そしてその下には秘密を共有するという旨の書かれた項目がいくつか書かれており、どれも子どもが考えたみたいな文言ばかりだ。


「昔からこういう密偵なみたいなことに憧れていたんです!」


 ……この王女様、なんか楽しんでないか?


「あ、そうですか……」


 俺は、深く考えたら駄目だと思い、大人しくサインを書く。

 王女様はそれを確認すると素早く引き寄せ、にこにことした顔で書類を眺めている。


「ありがとうございます。これで楽し……こほん、安心して学園生活を送れますわ」


 あ、やっぱり楽しんでるな、この王女様。


「そうは言っても、まだ気が早いと言いますか……」

「そうです。せっかくです! よろしければこのままお話をしませんか?」


 両手を合わせ、そう提案する王女様。

 まあ、別にいいか。今のところ別にへんなことをさせられている訳じゃないし。


「では、少しだけ」


 そうして了承をしたその瞬間――


『――ゾク』


 首筋に鋭い寒気が走った。

 な、なんだ? 今一瞬……。


「うーん。ここの茶葉って一体どこにあるのでしょうか?」

「って、ディアナ殿下! お茶なら私が!」


 しかし、そんなことに気を留める間もなく、思ったよりも大胆に茶葉を探す王女様。平積みされた本がぐらぐらと揺れていることに気づいた俺は、慌てて彼女の代わりに茶葉を取る。

 この秘密の間にも本が大量にある。


 本が崩れて万が一にでも怪我をされたら、俺が殺されるわ!


 先ほどの寒気はきっとこのことだったに違いない。

 俺は内心ヒヤヒヤしながら、入れ慣れた紅茶を王女様へと差し出した。

 何事もなく問題が解決しますように、と願いながら。

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