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第一話 王女様は人気者

 このフローレンス王国には二つの『国花』があると言われている。

 ひとつ目は、この国の象徴であるアイリスの花。

 この国が信仰している花の精霊様が、特に気に入っていると言われる花で、式典など目出度(めでた)い時は、必ず皆から送られる可憐な青の花。

 

 そしてもうひとつが――


 フローレンス王国の首都ペルティエにあるフローラ学園。

 この国の優秀な若者が一挙に集まるこの学園で、名実ともに国花と呼ばれる人物がいる。

 

 ――ディアナ・ペルティエ・フローレンス。

 

 この国の王女様である。

 美しく、気品があり、お淑やかな王女様の人気は凄まじく、有力な貴族の子息はもちろん令嬢でさえも彼女を取り囲むほど。

 王女様の周りには、常に人で溢れている。


 そんな光景を目にしながら、俺――アレン・オーブリーはパーティ会場の隅の方で食事をしていた。


 なるほど、花とは言い得て妙。

 彼女の着ている濃い赤のドレスは、大胆でありながら、どこか気品を感じさせる一輪の薔薇のよう。

 そして、彼女の周りに群がる高位貴族たちは、彼女の魅力に惹きつけられたミツバチだ。


 ミツバチが花にアプローチをしても無駄なように、無駄だと思えるアピールを行う彼ら、彼女たち。

 傍から見ても、まともに取り合っていない王女様の様子を見ると、どうにも可哀想に思えてしまう。

 まあ、それでも彼女と同じ空間で食事を許されているだけでも羨ましいが。

 俺はというと、ミツバチどころか、彼女を見上げることしかできないミミズのようなものだから。

 彼女は二階のテラスで優雅に紅茶を飲んでいるが、俺は一階。子爵家から平民まで、幅広い人々が集まる人の溢れる会場で、一人、安い紅茶を飲んでいる。


 今日は学園の開校記念日だ。

 学園の中央にある広場で開催されているパーティは華やかで、あちこちに飾り付けが行われている。

 設立からおよそ一〇〇年が経った歴史あるこの学園は、成績さえ良ければどんな者でも受け入れるという一風変わった学園である。

 また、この国もまた優秀な人材を逃さないよう、色々と変わった政策を取っている。


 そのひとつが、婚姻の自由化だ。


 簡単に説明すると、たとえ生まれが平民だろうと、優秀な者であれば貴族と婚姻することが可能になったのだ。


 貴族に憧れる者は多い。なぜなら、一国一城の主なのだから。貴族が働いていない訳ではないが、優雅なイメージを持つ者は多いだろう。


 ――つまりである。

 つまり、子爵家の生まれである俺の周りには、貴族になりたい女子たちが集まってくるはずで、俺も可愛い女の子に囲まれて、キャッキャッウフフ♪ する予定だったのだが……。


「誰も来ない……」


 俺の周りには、俺しかいなかった。

 俗にいうぼっちというやつだ。


 安い紅茶を飲みながらぼーっと王女様を眺める俺。

 二階のテラスでは王女様が代わる代わる色んな人の相手をしていた。俺とは雲泥の差だ。


「おかしいな。成績はいいはずなのに」


 そう、俺はモテるため、勉強を頑張った。平凡だと自負している俺が、良い成績を残すには、努力するしかない。

 そう思い、テストが行われる半年前から、血反吐を吐くようなテスト勉強をこなしてきた。

 そうして迎えた先日のテストでは、なんと王女様に続く学年第二位!

 一位とまでは行かなかったが、それでも十分に結果を残したのだ!

 これはもう、皆が俺を放っておかないだろうと思っていたのに――


「なんで皆、俺が近付くと逃げるんだろう……」


 現実はこれだ。

 俺、なにかしたっけ? 心当たりがない。

 考えられる原因としては、一昔前までは鉱山があり、そこそこの収入だったのに対し、今のオーブリー家には枯れた鉱山しかないからだろうか?

 子爵家とは名ばかりの貧乏人だから、誰もこないのかも知れない。

 ……なんだか泣きたくなってきた。

 ちやほやされたくて頑張ったのに、これではまるで愚者じゃないか……。

 俺の努力はいったいどこに持って行けば良いというのか。

 と、その時のこと。


「……おや? アレンまた孤独でいるのかい?」

「――っ、ミシェル様!」


 俺に優しげな声色で話しかけてくる美青年がやってきた。

 栗色のふんわりとした髪に、やや目じりの下がった柔和な目。線の細い、なのにどこか強者の雰囲気をまとうミシェル・ルグラン。

 ルグラン侯爵家の次期当主だ。


「どうしてあなたが、この場に!?」


 何を隠そう、彼はこの学園で王女様と並び、トップスリーと呼ばれる内の一人であり、別名『魅惑の貴公子』と呼ばれるほどのこの学園一のモテ男である。

 そして、この学園に入ってからおよそ一年が過ぎた今、このミシェル・ルグランは俺の準ストーカーでもあった。


 彼の登場に思わず身体をビクつかせる俺。

 このフローラ学園には、遠方からくる学生のために、寮が建設されている。

 その寮の一室に、俺は住んでいるのだが、貴族としては珍しい部類に入る。

 というのも、貴族は大体が王都に屋敷を持っていて、そこから学園に通うからだ。例外は俺のような貧乏な家か、単純に屋敷と学園の距離が遠すぎて通うのが面倒くさい貴族の子ぐらいだ。


 そして、そんな俺の隣の部屋に、とある高位貴族が住んでいる。

 それがこのミシェル・ルグランだ。

 この学園まで一キロ圏内と好アクセス、他の有象無象とは比べ物にならないほどの設備の充実性を持つ立派な屋敷を持っているのにも関わらず、寮に入ってきた『変態』である。


 今日に至るまで、彼とは様々ことがあり、もはや今となっては、口がついつい悪くなってしまう関係にある。

 とはいえ、今日のような祝い事の時に、話しかけられることなどほとんどなかったのだが……。。

 それが、こんな場所に来るなんて、正直に言うと前代未聞の事態だ。

 と、そこで、俺はとある考えに行き着いた。


「――はっ! ま、まさか、没落……!」

「違うからね?」


 違うらしい。


「じゃ、なんでここに?」

「ちょっと、君に話があってね」

「そうですか。ありがたい話ですが、今回はご縁がなかったということで」

「うわ、まだ何も言っていないのに」


 うるさい! 早くここから立ち去れ! じゃなきゃ、俺のところに人が寄ってこないだろうが!

 あのミシェル・ルグランが俺の元に現れたと、周囲の人たちはヒソヒソとしていた。その目は明らかに俺のことを怪しんでいた。

 くそ、まじでこいつを退かせないと、俺はこのままパーティが終わるまで誰とも話せないぞ!


「まぁそう言わずに、僕と君との仲じゃないか」

「プライベートという言葉を知らないお前がそれをいうのか?」


 部屋に帰ってくると、ベッドでくつろいでいる他人がいる。

 大きいトイレをしていると、鍵をこじ開けてくる男がいる。

 学園の食堂で食事をしていると、横に座ってきて、おかずを食べさせてこようとする美青年がいる。

 これが、正常な俺にとって、どれほど地獄のであるのか、あなたには分かるだろうか?


「あはは、アレンは本当に冗談が上手いなぁ」

「知っているか? 寂しいからと言って、勝手に他人の部屋と自分の部屋の壁をぶっ壊すようなやつには、友達はできないんだぞ?」


 もちろん壁は、俺が自力で塞いでおいた。


「またまた、裸の付き合いって言うだろう?」

「そんな裸の付き合いがあってたまるかッ!」


 ハァ……疲れる……。

 そんなわけで、彼はかなり常識に疎いのだった。

 俺は何百回と、この手の注意したのにも関わらず、全く効果がなかったことについて、心に大きな傷を負っていた。


「ところでなんで『ミシェル』と呼ぶんだい? いつものようにシェルと――」

「お断りします!」

「……そんなに嫌がらなくても……」


 あ、しゅんとした。

 その瞬間、周囲にいる女性たちの圧が急激に増した。

 思わず背筋がぴんと伸びた俺は、ひそひそと聞こえてくる会話の中に、女性たちの恐ろしい感情が含まれていることに気づく。


「ミシェル様を悲しませるなんて……」

「ミシェル様の要望を断ることの罪を知るがいい」

「なんて馴れ馴れしいのかしら、身の程を知りなさい」「……後で締めますか」

「「「賛成」」」


 恐ろしきかな……、女性たち。

 シェルが優しく微笑む。


「さて、この状況を打破するには、どうするべきか? 僕よりも優秀な成績を誇る君になら、分かるよね?」

 この野郎、あえて落ち込んだふりをして俺をはめやがったな。

 なにが貴公子様だ。こんなのただの腹黒イケメンなだけじゃないか!


「せめてシェル様と――」

「シェル」

「シェル様――」

「シェルと呼ばないとどうなるか知らないよ?」

「………………………………………………………………シェル」

「これからもよろしくね、アレン!」


 そう言って、満面の笑顔を咲かせるシェル。


 ……こいつ、俺以外に友達いないのかな?

 思えば、こいつがあんまりに俺にべったりとくっつくものだから、俺たちは学園内で『出来ているのでは?』と噂されているんだった。……ん? 待てよ。そうなるとやっぱり、俺に人が寄りつかない理由ってコイツなんじゃないの?

 衝撃の真実だった。


「あ、そういえば、まだ話が済んでなかったね」

「いや、もう帰ってくんない?」


 すでに精神的にヘロヘロな俺は、投げやり気味にシェルに言う。


「おまえと居ると色々と誤解されてますます孤立するわ」

「……全く。君に人が寄りつかないのは僕のせいじゃないよ。もっと他の理由さ。それよりも君に伝言を預かっているんだ」

「伝言?」

「そ、『一時間後、蔵書塔の秘密の間に来てください』だってさ、ちゃんと伝えたからね」

「……え、それだけ?」

「それだけだけど?」


 秘密の間とは、とある仕掛けによって開かれる隠れた部屋のことだ。

 旧生徒塔で、今は蔵書塔になっている塔にある隠し部屋で、それは改修工事が行われた際に発見されたという。

 大勢の人の前に現れたことから、この秘密の間は、一般に知られるようになり、新しい塔に生徒が移転したと同時に予約制で貸し出すようになり、理由さえきちんとしていれば、誰でも使える公共の場となっていた。

 ちなみに俺も、勉強部屋として使用したことのある馴染みのある場所だ。



 問題は、『誰が』呼び出したかだ。

 シェルほどの権力者でも伝言に使えるとなると、呼び出し人は恐らく彼と同等か、それ以上の人物なのだろう。

 俺は目で誰の伝言なのか問うてみる。


「それは自分の目で確かめるべきだね」

「教えてくれないのか?」

「まあ僕が言ったら契約違反だしね。こればっかりは、君自身が直接確かめるしか方法はないよ」

「……仕方ない。行くか」


 もう既に俺にどうこうできる問題ではなさそうだ。

 俺は呆れにも諦めにも近いため息を吐くと、身なりを整えて蔵書塔へと向きを歩き始める。


「おや? もう行くのかい?」

「ああ、お前を顎に使える人間なんかこの学園だと数えるほどしかいないからな」

「ふふ、そうだね。非常に残念なことに僕はついていけないんだ。ただ、そうだね。アレン、君にはこれから大きな転機が訪れることになると思うよ?」

「……まじで誰なんだよ。おまえにそこまで言わせる人は……」


 なんだかものすごく嫌な予感がする。

 正直に言って、シェルを顎で扱える人間など誰ひとりとして思い浮かばないのだった。

 しかしながら、弱小貴族である俺に行かないという選択肢はない。気が進まないながらも、俺はとぼとぼと歩きはじめるのであった。


次回 予想外の出来事が発生します

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