第十二話 そうだ、王女様を調査しよう! その二
フローラ学園・校門前。
俺は観察にうってつけの場所に腰を下ろしていた。
校門からは見えにくい低木の影に隠れ、手には黒パンと望遠鏡。
木の葉の上から顔を出し、絶賛観察中だ。
空は雲ひとつない快晴、春日和。
望遠鏡を覗くと、既に登園している学生がちらほらと見受けられた。早朝から登園するのは、訓練を行う騎士科、植物塔で研究を行う薬草科、または品種改良を目的とした農業科などだ。
彼らは忙しい時間の合間を縫って、こうして自らの進む道の研鑽を積んでいる。とくに農業科などは近年では凄まじい発展を遂げており、国を支える大きな収入のひとつとなっている。
「えらいなぁ……」
俺は彼らの頑張りに涙ぐみながら、心の中でエールを送っていると、今度は貴族科の生徒たちが見え始める。
俺も所属している貴族科は、先に説明した国語・数学・外国語・歴史の四つの基礎勉学に加え、政治・行政・外交等の勉強を行っている。
また、貴族科と言っても、別に全員が貴族という訳でもない。
この国フローレンスは、変革の進んだ国だ。
平民でも貴族と婚姻できることから、優秀なものであれば、平民だろうとお構いなしに国政に関わらせる。
良い例でこの国の宰相なんかはこのフローラ学園の貴族科卒業で、元は平民だったりする。
努力次第ではこの国でのし上がることが出来るのがこの国の良いところだろう。
まあ、そうは言っても、貴族たちにもプライドというものが存在するし、栄えある貴族科に入るために、勉強意欲は相当に高い。
エリート思考と言えばいいのか、貴族たちも相当に勤勉なのだ。俺もこの時間は学園に来て予習をしている時間だ。
ついでに言えば、俺の成績が上がったのには、とある人物が関わっている。
何を隠そう、ミシェル・ルグランの存在である。
起床と共に俺の部屋に侵入し、どんなに嫌がっても一緒に登園してこようとする奴から逃れるために、毎朝早起きを強いられていた俺は、ある時ありもしない噂を立てられた。
――アレン・オーブリーはミシェル・ルグランと出来ている。
という噂だ。
まるで『ラブラブの恋人』のように、シェルが接してくるせいで、女性達の嫉妬の目も含め、俺は男色なのかと疑われのだ。
そして、この前の生徒塔での見回りが決め手なり、その噂はさらに大きくなった。
極めて心外である! 俺が好きなのは可愛い女性であり、男になど興味はないっ! そこだけは絶対に譲れないし、おっぱいこそ至上なのだッ!
――ふう、熱くなりすぎた。観察に戻ろう。
再び目を向けたとき、校門の前に立派な造りの馬車が来ていた。
薔薇の家紋だ。ん? あの、緑色の花弁は確か……。
なんか女性徒たちが校門に集まってきた? 貴族の令嬢だけじゃなくて一般の学生まで……いったい何が始まるんだ?
俺は女生徒たちの行動の原因であろう馬車に照準を合わせる。
覗いた望遠鏡から見えたのは、栗色の髪をなびかせて、優雅に馬車から降りてくるシェルの姿だった。
「……は?」
「「「きゃああああ! ミシェル様―――!」」」
突如、大歓声があがった。
……え。なに、あいつ。なんで寮で暮らしているアイツが校門から現れるわけ? そこ寮とは真反対にあるよね。寮で暮らしている人って普通に学園まで歩いて来てるよね?
あれ、なんであいつ馬車で来てんの?
馬車から校舎まで、一直線に敷かれた絨毯の上を歩くシェル。
堂々と歩くその姿は、まさに品のある貴族そのもので、手を振ってくる女子に手を振りかえしている。
その余裕ある姿と、柔らかな笑みはまさしく魅惑の貴公子。
微笑み返した方向からは、さらに大きな歓声があがる。
「ギャアアアアア!!!!」
もはや悲鳴だろ。
ツートーンくらいあがった声は、すべてシェルに向けられている。
……あのうざったらしいくらいにうざいシェルが、なんであそこまで人気あるの? 俺なんか男色の噂のせいで、女性はおろか、男の友だちすらいないってのに……。
俺は、歓声の中心にいるシェルを見つめる。
……この世は理不尽だ。
「へ、へへへ……人は地位と権力に弱いってね」
女子たちに追いやられ、端に集まった男子生徒たちに目を向けると、皆「くっ……」と顔をしかめていた。
その気持ちが俺にはよーく分かった。
世の中には覆しようのない事実が溢れている。
生まれ持った才能や地位があまりに高い時、平凡な俺たちは、その高すぎる壁に為す術もなく敗北してきたのだ。
学園のトップスリーと言われ、おまけに顔までもいいといなると、もはや死角など存在しない。
それはまるで鉄で出来た頑丈な砦に生卵をぶつけるようなものだ。
砦の前に積み重なった無数のしかばねを見た時、人は対抗心を失うのだ。
例えば、国民的の役者に女性たちが歓声を上げていたとしよう。それに対して一般の我々が、いちいち反応を示すかと言われれば、答えはしない。
なぜなら、比べるだけ惨めになることが分かっているからだ。それこそ口にしてしまえばいたちまち喧嘩の火種になりかねない。
「まてよ? つまりだ、俺はシェルのことを心の底では認めていたということになるのか?」
口にしてゾッとした。
「いやいやいや! それだけは絶対にない! あのプライバシーゼロの迷惑やろうだけは絶対にあり得ない!」
そうだ、絶対に有り得ない。
……危ないところだった。大体、俺と一緒に立てられた男色の噂はどうなったんだよ。
……もしかして俺だけ定着とかしてないよね?
いや、あのシェルだ。ルグラン家とのことを考えても自分に不都合なことは裏で揉み消している可能性がある。
俺はシェルの後ろにいるルグラン家を想像し、身体をブルリと震わせた。
「キャ――! ミシェル様――!」
それにしても、人騒がせな連中だ。
声枯れそうな勢いだぞ。
「全く、あいつのどこかそんなに良いのか、俺には理解出来ないな」
「同感です。本当に良い方というのは、外見や家柄などに影響されませんのに」
「うんうん! そうなんだよ! 彼女たちにはもっと周りを見て欲しいね!」
「ええ、ですから私だけはアレン様のことをしっかりと見つめる所存ですわ」
このときの俺は、あまりにも自然にひとりごとに入ってきた彼女に対して、とくに疑問に思うことなく返事をしていた。
だからだろう、一拍置いて、その聞き覚えのある声にヒヤリと汗をかいたのは。
まずい!
何がまずいのかはハッキリとしないが、とにかくまずい!
幻聴であってくれと願うが、しっかりと聞こえてくるスゥー、スッースッヒュ! という聞いたことない息づかい。
おそるおそる隣を見ると、紫の瞳とぱっちりと目があった。
顔の引きつる俺とは対照的に、満面の笑みを浮かべた王女様。
「おはようございますアレン様!」
「お、おはようございます。ディアナ殿下」
あまりの驚きに、望遠鏡を落としてしまう俺。気配すら感じなかった。
王女様を調査するために用意された望遠鏡は、カチャリと音を立てて低木の枝へと落ちた。
「……え、えーっと」
「はい、なんでしょう」
動揺からでた言葉にすら、かわいらしい笑顔で返事をする王女様。
俺は、行き場を失った目を前方へと戻し、再度、望遠鏡をのぞき込む形をとるのだが、それは地面にある。王女様が望遠鏡を拾い、そっと俺の手に望遠鏡を差し込んでくれたところで、正気に戻った。
「と、ところで、ディアナ殿下は、いつからそこに?」
「きゃ! 言わせないでください! 恥ずかしい……」
……いや、どういう文脈ですか?
今ここで、王女様を調査しているとバレる訳にはいかない。俺が知りたいことは彼女が本当に俺のことを好きなのかどうか?
その先にある目的は、誰も傷つかない婚約破棄だ。
俺は出来る限り内心の動揺を出さないようにして、王女様に話しかける。
「ダメですよ、ディアナ殿下。一国の王女様ともあろうお方が、しゃがみ込むなどと。もし、他の誰かに見つかってしまえば、ディアナ殿下の評判に関わります。特にあの護衛兼侍女なんかに見つかれば、何を言われるのかわかりませんよ」
「それもそうですね」
意外にもすんなりと理解する彼女。
よし、まずは普通の会話に成功したぞ!
この調子でいこう!
「ではアレン様は、私の数少ない弱みを握った唯一のお方ということになるのですね」
「……ん?」
「そして、こうも言っている……『このことをばらされたくなかったら、俺の女になれ』と」
……へ? うん? はい? ちょっとまって……どうしてそうなった?
「そんな……まだ夫婦になっていないのというのに、こんなただれた関係になってしまっては……。……え、『そんなの俺の知ったことでない?』あぁ……アレン様! そんな急に乱暴にされては――きゃ!」
想像力たくましいなこの子!
「そんなことをしませんので安心してください!」
「ええっ!?」
ええっ!? じゃないわ!
というか俺のイメージどんな奴だよ!
俺が他人の弱みに付け込んで無理やり襲うような奴に見えるのか? だとするならば彼女の中の俺は、髪をかき上げ、耳にピアスを開けたえげつないドSだよっ!
口癖は「だりぃ」これに尽きるわ!
……なぜ俺は、王女様の妄想を想像しているのだろう……。
中途半端かもですが、長いので一旦ここまでで!
皆さんのお陰でこのところ毎日投稿できてます! ストックが続く限りは頑張ります……!!