第九話 王女様からの逆プロポーズ
「将来の私の夫となるお方です」
「……はい?」
何やら豪華な部屋に入れられ、プロポーズを受けてしまった俺。
いや、これはプロポーズなのか? なんかプロポーズってよりか、事後報告のような気が……。
てか、待て。俺って王女様と結婚すんの? え、何時どこでそんな話になったの?
本人である俺にまるで覚えがないんだけど……。
「そう。彼があなたの……」
その報告を受け、静かにそう呟く女性。
正面の格式高い椅子に座っている人に、俺はものすごく見覚えがあった。
王女様とよく似た顔立ちで、穏やかな雰囲気を持つ絶世の美女。
王女様の母。
王妃――エルザ・ペルティエ・フローレンス様だ。
その王妃様が俺のことをじっと見つめている。
一体何がどうして、こんな状況になったのだろうか、王妃様は俺を興味深そうに眺めているが、俺はどうしていいのかまるで分らない。
だが、王妃様との目線を切るのは失礼にあたると思って、全力で見つめ返した。
わずかに王妃様の目が柔和になる。
「ディアナのこと、よろしくお願い致しますね?」
「え、あの、その……は、ふぇ!」
危ない、思わず王妃様の言葉に乗せられて「はい」と言ってしまうところだった。言質を取られてはまずいことになりそうだと俺の危機感がビンビンに告げている。……代わりにめちゃくちゃに変な返事をしてしまったけどね!
くっ、なんだか思い切り噛んでしまった子どもみたいで恥ずかしい……。
「うふふ、面白い人」
案の定、王妃様に笑われる俺であった……。
王妃様は、俺と王女様を交互に見ると一言。
「この様子だと、ディアナ。あなた、また暴走をしているみたいね」
はっとした。
そうだ、俺は今日、何も聞かされていないまま、この場所に連れてこられたんだった!
「……お恥ずかしい限りです」
母親に指摘され、僅かに頬を赤く染める王女様。
そうだ、もっと言ってやれ!
いきなり連行され、殺害予告を受け、着いたらいきなりプロポーズ。全部いきなりすぎて未だに何一つとして消化できていない。
いうなれば、真っ裸で、戦に連れて来られたみたいなものだ。
情報が不足している中で、これではまともに戦えない。
とにかくこの場をどうにか切り抜ける必要がある。
俺は気を引き締め、王妃様と対談する。
「まず初めに、自己紹介をしておきましょう。私の名前はエルザ・ペルティエ・フローレンス。そこにいるディアナの母親です」
「オーブリー家の嫡男、アレンと申します!」
はきはきと自分の家と名前を口にする。
絶対に失言をしないようにしないと。
き、緊張する……。だが、挫けるわけにはいかない。マナー講座についても無駄にいい成績をとっているのだ。ここは俺の日頃の勉学を活かして、スムーズに答えるぞ。
「時にアレンさん」
「何でございますか、王妃様」
「ディアナとはどういった関係ですか?」
「…………」
……やべぇ、いきなり詰まった。
俺と王女様の関係?
そんなの知るか! そもそも俺と王女様が初めて話したのは、ついこの前ことだし、それまでは話しかけることすら叶わない雲の上の人だったんだぞ!
一言で言うなら、
あの常識知らずのボンボンに、秘密の間に行くように言われて向かったら、なんかヤバイ瞬間を目撃して、気づいたら王女様をストーカーから守る護衛の役目をすることになっていて、ストーカーがストーカーされるって世も末だなって思いながら、やりきったら、そのあとにここに連れてこられて、王妃様の前で逆プロポーズされるという関係だよ!
……あれ、最初から最後までまるで意味が分からないんだけど?
……話を戻そう。
つまるところ、俺と王女様の関係ってなんだろう? 友達では決してないし、護衛はこの前終わったし。婚約うんぬんとか、もちろん何も聞かされてない。そういうことは、俺が自由に決めたらいいって両親からも言われているが、あいにくと俺は王女様と結婚などしたくない!
俺は、たっぷり時間をかけた上で、王妃様に言う。
「申し訳ございません。分からないです」
ある意味正直すぎる俺の返答に、王妃様は目を丸くすると、くつくつと笑い始めた。
……なにがそんなに面白いのか?
「ごめんなさい。貴方があまりにも真剣に答えるものだからつい……」
「そ、そうですか」
ちょっと不思議な人だな。
王妃様は、ひとしきり笑い終えると、再び俺に目を向けた。
「ディアナと婚約しようとありもしないことを口にする貴族が多い中、貴方はそういうことを言わないのね」
「事実ですから」
「最近では、妄想と現実の境目がなくなって、ディアナの部屋に侵入を試みた馬鹿もいるぐらいよ?」
「えぇ……」
それは引くわ。
「ああ、あの『悪魔は倒したぞ』といってきたお方ですね。おかしな話ですわよね。私、アレン様に洗脳されたことなんて一度もないのに」
「……え」
ちょっと待った。
「それはいつの話でしょうか?」
「先日ですが?」
「き、昨日ですか」
「ええ、先日、『アレンの討伐には成功した。悪魔の呪いが消えた今、今度こそ私と真実の愛を結びましょう』とかなんとか言っていたので、マリーに後を任せましたわ。そういえば何故かマリーを見て『おぉ、同志よ』と言っていましたが、あれは何だったのでしょうか?」
「……」
それって、マリーが裏で手を引いてたりしない?
「そして本日、アレン様がいらっしゃらない貴族科では、複数の人たちが突然『アレン・オーブリーは悪魔だ。だから、この学園から追い出した』とかなんとか、『討伐した』とも言っていましたね」
まあ、もちろん彼らには痛い目に遭って貰いましたが、と付け加えて王女様は言う。
割と精神的ダメージの来る話だった。
俺はとうとう見ず知らずの誰かに命を狙われてしまう立場になってしまっていた。平和にのほほんと過ごしていた学園での生活に大きなヒビが入った音がする。
というか、その悪魔だの何だの言っていた人の中に、この前俺を塔の裏に呼び出した奴ら絶対入ってるだろ……。
もうヤだよあの学園。行きたくなさすぎる……。
「大丈夫ですよ。アレン様、もしもの時は私があなたを救ってあげますから」
不安に思う俺に声をかけてくれる王女様。
綺麗な笑みを浮かべて、何も知らなければとても嬉しい言葉なのだが、しかし、思い出すのは昨日の言葉だった。
『万が一、アレン様が死ぬようなことがあるとするならば、殺すのは私以外に許しません』
……俺はいつか、誰かに討伐されるよりも先に王女様に殺されるのかも知れない。
俺の中で『救う=殺す』が繋がった瞬間である。そして俺は、王女様から半歩遠ざかったのだった。
「……様子をみる限りでは、仲が悪いわけではなさそうですね」
どこをどう見てそう思ったのかな? 俺、王女様から離れたはずなんだけどな。……って、距離が変わっていないだと!?
俺は内心の驚きを隠せなかった。
こういってはなんだが、俺は一通りの武術は習ってきたつもりだ。
家が貧乏で、おかずをとりに出掛けていたこともあるが、おかげでこの前のマリーの奇襲にもどうにか対応できたし、それなりに自負しているつもりだ。
だけど今、俺の懐には、王女様が収まっている。
背中に冷汗が流れた。
いったい、どうやって気づかれずに俺の懐に入り込んでいるのか、まったく分からない。
「――呼吸――」
王女様が呟く。
「私の師が言っておりました。相手の呼吸の癖を掌握すれば、このような芸当ができると」
「……っ!」
それはつまるところ、俺の呼吸を完全に把握しているというわけで。
「……なんで俺の呼吸の癖を知っているの?」
「それはもちろん、アレン様の全てを知るのが私の役目ですから!」
もちろんって、どういう意味だっけ?
「ディアナ殿下、良いですか。そんな役目はこの世に存在しません。早く目を覚ましてください」
「いいえ、存在します!」
「存在しません!」
「いいえ、存在します!」
――くそ! そんな役目が存在してたまるか! 胸を張っていうな! この……!
俺は、王女様をじっと睨み付けるように見つめる。
王女様も俺に負けまいと見つめ返してくる。
ぶつかりあう視線。俺はここで退いたら負けるような気がして、さらに王女様の目を見る。紫色の瞳に俺の顔が映り込む。
そんなバトルを繰り広げる俺たちを見て、王妃様が言った。
「――あらあら、お熱いこと」
「っ!?」
俺は王妃様の誤解を解こうと、慌てて口を開く。
「ち、違います!」
しかし、王妃様はそんな俺の言葉を聞いて、なぜか温かい目をむけると、分かっているからという表情で頷いた。
やめて! そんな「懐かしいわぁ」みたいな目線を俺に向けてこないで!
これ以上、ストーカーをされるのは監視をされているみたいで怖いんだよ!
「良いでしょう。私エルザ・ペルティエ・フローレンスの名に置いて、両者の婚約を認めます。書類及び、正式な婚約は日を改め、両家の合意があった場合にのみ、行われることとします。両者とも、異論はありませんね?」
ふざけるな! あるに決まっているだろ!
「はい! 異論ありま――っ」
な、何があった!? アレンーーーーー!!!!
次回、あともう一話分くらい話が続きます。