プロローグ 結婚式
開花歴・六三九年四月一七日。
その日、花の国フローレンス王国では国をあげての結婚式が開催されていた。
――カ――ン、カ――ン。
幸せの鐘が鳴り響く中央大広場で、でかでかと建設されたステージを歩く二人。
赤い髪に、深い緑の瞳をした凜々しい青年の左腕に、手を回す絶世の美女。
金色の髪にハナショウブを思わせる紫色の瞳。肩先を出し、陶磁のような滑らかな肌が男の肩に触れ合っている。
国花であるアイリスを形取った鮮やかな青のウエディングドレスが、歩く度にふわりと男たちの視線を奪いとり、幸せなオーラを振りまくその笑顔は、女性たちを憧れへと導いていた。
男の腕に、がっちりと組まれた自分の右腕を見て、とろけそうな顔を浮かべている王女様が、空いた手で民たちに応える。
そんな光景を見た街の民たちは、感慨深そうに頷いた。
「いやー、しっかし、あの二人もようやく結婚かぁ――!」
王都で料理店を営んでいる男は、大声で隣の友人に話しかける。
「王女様もようやく捕まえたって感じだろうなぁ」
「がははは! 違いねぇ! よくもまぁ飽きずに追いかけたもんだ!」
「ああ、全くだ」
「それだけ惚れ込んでいたってことだろうなぁ。くーッ、羨ましいぜ!! 俺の妻もあれだけ可愛かったら良かったのになーっ!」
「……お前、その台詞だけは聞かれるなよ? 殺されるぞ」
「そういや、アレン様は、なんだって、そんなに逃げ回っていたんだ?」
ふと疑問に思ったのか、呟く男。
人の話を全く聞かない友人にため息を吐きつつ、彼の隣でパンを売っている男は答える。
「何いまさら言ってんだ? ……んなもん、王女様と『結婚したくなくなかった』からに決まってんだろ? 本人もそう言っていたじゃねぇか」
「……ならなんで、あんなに幸せそうな顔をしてるんだ?」
「ばぁか、お前。――そんなの『幸せだから』に決まってんだろ」
その言葉に男は、じっーとアレンを見つめた。
アレンは今、王女様から耳打ちをされていた。――羨ましい。
「ま、そのとおりだな!」
結果良ければ全て良し。ラブラブな二人を見て、納得した男は、注文された料理を目の前のお客さんに渡した。
と、その時のことだった。
大広場の中心から、どよめきがあがった。
何事かと身構えると、怒号のような声が聞こえてくる。
「――アレン様が逃げ出した!」
その瞬間、男二人は、否、その場に居る『全員』が動きを止めた。
他所から王女様の結婚式を見に来た者たちは、この事態に慌てふためき、民たちは一斉に王女様がいるステージへと目を向ける。
いったい何が起こっているんだ等と言っている暇などない。
一点に集められる視線。
いまか、いまか、と待つ民達の熱い視線が、王女様に集まっていく……。
どこからともなく現れた女性の従者が、王女様の隣で王命と書かれた紙を広げる。
スッと息を整えた王女様が空いてしまった右手を掲げ、民たちへと命令をかける。
「――いますぐに捕まえます! 捕まえた者には金貨十枚!」
「「「うぉおおおおおおおお!!!」」」
「――さらに1年間パン食べ放題も付けます!」
「「「ワァアアアアアア!!!」」」
民たちのボルテージが一気にあがる。
そして、王女様が最後の言葉を言う。
「さあ、今行きますよ、アレン様!」
「「「アレン様が逃げ出した!!! 回り込め!!!」」」
これは後に、おいかけっこの大恋愛と呼ばれるようになる一人の青年と、恋する乙女の嫌よ嫌よも好きのうちを繰り広げる物語である。
「――うふふ、逃がしませんよ? アレン様?」